悪戯 



そわそわ そわそわ ”どうしようかな”
むずむず むずむず ”でもやってみたいな”


「うーん・・・」りんは目を瞑り腕組した。
その様子を怪しんだ邪見は我慢できずに尋ねた。
「りん、先程から何を悩んでおる?」
「え、ううん!なんで?」
「嘘をつくな!なんじゃ、さっきから落ちつかん」
「邪見さま、殺生丸さま遅いねえ」
「話を反らすでない!何をたくらんどるんじゃ」
「たくらむって何?邪見さま」
「良からぬことを考えておるのじゃないかと言っておる」
「良くないこと?ううん、違うよ」
「じゃあ何で殺生丸さまを待っておる?」
「ええとね、それは内緒!」
「やっぱりたくらんどるんじゃないか!」
「だから違うってばあ」
「・・・五月蝿い」
「あっ殺生丸さま!」「お帰りなさい」
「お帰りなされませ」「りんの奴めが」
「何かまた良からぬことを・・」
「だから違うって言ってるのに〜。ひどい」
主はぷいと離れて傍の木にもたれ眼を閉じてしまった。
りんはがっかりした。「せっかく帰って来てくれたのに」
「いいからこういうときはお邪魔するでないぞ、りん」
「はあい、わかってるよ」
それでもりんはちらちらっと主の様子を覗きみては
ふうと軽い吐息をもらした。
やがて邪見はこっくりと居眠りを始めてしまい
りんはなんだか取り残されてつまらなかった。
”殺生丸さまは眠っているんじゃないと思うけど・・・”
りんはこっそりと主の傍へと寄ってきた。
”怒られるかなあ?!”そう思いつつ主を見る。
りんが近寄ってきたことは当然気付いているはずである。
彼は匂いではるか遠くの情報を知ることも出来る。
ましてやよくふらふらと遠くへ行ってはつまんで戻されるりんである。
ずいぶん危険を回避できるようになったとはいえ
幼い人の子は妖怪たちにとってやっかいなほど保護が必要で
その行動は知らず知らずに注意を引き、絶えず監視下にあった。
そのうえ従者から何かたくらんでいると聞かされたのである。
充分に警戒してりんの気配を探っていたのだった。
何せこの子供の行動は予測が難い。
やっかいだと思ってはいるが実のところ
主は退屈はさせないとも密かに感じているのだった。
その幼子が今己にゆっくりと近づいてくる。
その気は邪気無くただそおっと主を窺っている。
叱りを覚悟して少々緊張気味だ。
”何をするつもりか”興味もあったので黙って待った。
すると何もせず近くまできて溜息をつく。
何か逡巡しているようである。
「何だ」痺れを切らして主は目を開けた。
「わっびっくりした!」りんは胸を押さえて汗までかいている。
「何の用だ」少し強く尋ねた。
「あのね、殺生丸さまちょっと目をつぶったままでいて?」
「何故だ」
「りん、確かめたい事があるの」
「私にか」
こくりと頷く様は特に悪気もなくいつものりんである。
「それでねじっとしててね。殺生丸さま」
「絶対怒らないでね」
「注文が多いな」
「お願い〜!」
やれやれと溜息交じりで妖怪は目を閉じた。
りんの小さな手が己の首を包み顔が近づく。
幼子は果実のような甘い香りがする。
じっとしているとりんは匂いを確かめるように鼻をくっつけた。
くんくんと子犬のように匂いを嗅ぐりん。
”何を確かめるというのか”妖怪は奇妙に思った。
目を開けようとした瞬間に飛び込んできたのは
りんの少し尖らせた唇だった。
柔らかいそれを妖の口へ押し当てる。
そのときどれだけ間抜けに目を見開いてしまったか
一瞬ではあったが妖怪は己に呆れ眉間に皺を寄せた。
「殺生丸さま、まだ目を開けちゃだめだよ〜」
りんが不満顔で同じように眉間に皺を寄せる。
「でも殺生丸さまの匂いは確かめられた!」
「匂いだと?」
「うん。あのね殺生丸さまの匂いがね昨日見つけたお花と似てるの」
「それで比べてみたけどちょっと違ったよ」
「殺生丸さまのほうがすうっとする匂いだった。」
「・・・・そうか」どう応えてよいか妖怪は軽い疲れを感じた。
「それとね、殺生丸さまにちうっとしたら美味しいかなと」
「その花の実も柔らかくて美味しかったんだー」
”そんなことか”りんの言いぐさに妖怪はかなりあきれた。
その口に舌でもねじ込んでやろうかと思ったがかろうじて抑えた。
「満足したのか」怒りを抑えるように言った。
「ほんとはね、そうしたら殺生丸さまは怒るかなって思って」
「それを確かめたかったんだ」
りんは愉快そうでなおさら腹が立つような気がした。
「怒ったらどうするつもりだったのだ」
「怒らないと思ったよ。そんなことで怒ったりしないよね?」
”やられた”と内心舌を打った。そう言われては怒れない。
「怒ったと言ったらどうする」悔し紛れである。
「怒ったの?ごめんなさい・・・」
「りんを叱る?ぶつ?」りんは哀しげに尋ねた。
この子供は護られていることを知っている。
”始末におえん”妖怪はあきらめた。
「ご飯抜き?それとも・・・」ちょっと後悔気味な様子になだめられた。
「そうだな・・・」りんのしょげる様子に満足を覚える。
上目で心配そうに見つめる子供。すっかり怒りは消えている。
その子を膝の上へ抱き上げ座らせた。
何をするのかと身構えている。
子供の着物の襟を少し開き胸元に顔が埋められた。
喉の下、胸元に熱を感じて「ひゃあっ」と悲鳴を上げた。
すぐに無表情で顔を離した妖怪は襟を元通り戻してやった。
「なあに?痛いよ、殺生丸さま」りんは半べそである。
「痛くないと仕置きにならんだろう」
「あ、そうか」りんは納得してしまった。
「邪見さまに内緒にしていい?」罰をくらって恥ずかしいらしい。
「ああ」そのほうが面倒がないと主はふてぶてしく思った。
「ごめんなさい、殺生丸さま」りんは殊勝に謝った。
「もうよい、済んだ」妖怪でも多少後ろめたいのだろうか。
「殺生丸さま」
「なんだ」
「もいっかいちうってしていい?」
懲りてないのか解っていないのかりんがねだってくる。
「殺生丸さまがびっくりしたとこ見れて嬉しかったから」
妖怪はがっくりした。弱みを握られた気がした。
確かにあのとき間抜けに驚いたのは己だ。頭が痛い。
「ねえ、ダメ?」子悪魔がささやく。
かなり乱暴に頭を引き寄せくちづけてやった。
今度はりんがびっくりした顔で目を大きく見開いた。
「これでいいのか」むっかりとした言い草だ。
「一瞬でわかんなかった」
「なにがだ」
「殺生丸さまの顔」
「わからんでいい!」少し怒った声にりんはたじろいだ。
「はあい・・・」りんは首をすくめて大人しくなった。
しかしそのあとぺろっと舌を出し、「えへへ」と笑った。
りんの思いついた悪戯は功を奏したらしい。
りんはお留守ばかりの大好きな主を困らせたかったのだ。
”いつも寂しいんだもん”そう心で呟いた。
主は遊ばれたような気分ではあったが”まあよい”ともう許している。
膝の上が嬉しくてりんは足をばたつかせた。
かまってほしくてじゃれるりんによからぬお仕置きをもうひとつとか考えたり、
実のところ、妖怪の方も構われて幸せそうであった。





ひのみさんへの捧げ物です。
ありがとうございました。