犬のおまわりさん9


●犬のおまわりさん9●



 「おまわりさん!」「殺生丸!」皆が一斉に声を揃えました。 
怪我をしてはいましたが、おまわりさんの眼は鋭く奈落を捉えていました。
おまわりさんの登場に一気に反撃ムードが高まり、奈落は苦い表情です。
空間を渡り逃げようとしましたが無駄でした。
前方は新たな脅威に見張られ、背後からはおまわりさん。
勝負はあっけないものでした。おまわりさんは現れるとすぐに化け犬の姿に変身し、
化け犬の双璧の攻撃は初めてとは思えぬ息のあったもので、奈落は四散して霧状になり消えました。
その後姿を戻したおまわりさんは白いもう一体の化け犬にこう言い出しました。
「母上、あなたでしたか。」
”久しいな、殺生丸よ”
その場にいた全員がびっくりして双方を見比べました。
「なぜ、この娘のなかに?墓は要らぬとは申されましたが」おまわりさんは疑問をぶつけてみました。
”稀有な穢れ無き器ゆえ。人であったが一興じゃと思うての”
”ここへは闘牙(天生牙)の気配を感じてまいった。”
「それでりんはここへ逃げ込んできたというわけですか。」
”闘牙(天生牙)の力を借りてしばらくぶりにこの姿をとることもできた。”
”もう眠るとする。達者でな”そう言うと光は次第に絞られていき、
すうっとりんの内に吸い込まれていきました。
意識を失っているりんの身体をおまわりさんは受け止めました。
「りん」周囲が驚き顔を赤らめるほど優しい声で呼ばれた少女は
すっと眼を覚まし、おまわりさんを認めてそれは嬉しそうに笑顔を咲かせました。
「殺生丸さま、おかえりなさい!」そう言っておまわりさんに抱きつきました。
満足そうに抱き寄せるおまわりさん。周囲は呆気に取られていました。
「こほん、お邪魔してはなんなんですが、殺生丸?」弥勒が勇気のある声を掛けました。
「ああ、ご苦労だった。」おまわりさんはいつものとうりですが機嫌はよさ気です。
「邪見、七宝」呼ばれてびっくりする部下達でしたが
「捕らえられていた者達の救出に向かったやつらから連絡は?」と聞かれ
「い、いや、まだです。」「って、まだおまわりさん達が出発してからそんなにたってませんよ!」
「そうじゃ、そうじゃ!」部下達は安心したのか元気になってきました。
「りんがはやく戻れと言ったからな」おまわりさんがしれっとそんなことを言うので
一同は別の意味でへろ〜と疲れてしまい、その場へへたり込んでしまいました。
「どうした?」りんをしっかり抱いたままで何を言っても締まらないことを気づいていないようでした。
こまったおまわりさんですね。



その後別働隊からの報告で琥珀をはじめとする奈落に捕らえられた者が保護されました。
奈落の一味だった妖怪達は逃げたらしく、洞穴でおまわりさんを襲った巨大な妖怪だけが
その付近にばらばらになって死体で転がっていたということでした。
弥勒は琥珀を保護してから嫁の所へ帰るので、りんと名残を惜しんで別れました。
「しばらくしたら琥珀にお礼をしにお伺いしますね。」りんがそう言うと
「おお、来てください。琥珀もきっと歓びますよ、泊りがけでいらっしゃい!」
そう言った弥勒はおまわりさんに殴られていました。
「そのときは、私も行くからな」と言われてりんは眼をぱちくりさせていました。
おまわりさんの怪我もすぐに良くなって、日常が戻って来ました。
そんな或る日。
「おまわりさーん、殺生丸さまー!」邪見がおまわりさんを捜して村をきょろきょろしていました。
「邪見さま、ご苦労さんですだ」地念児が挨拶しました。
「おお、ご苦労さん。すまんの、殺生丸さまを見かけんかったか?」
「あっちの丘のほうへ行かれただよ」親切で優しい百姓妖怪は答えてくれました。
「おお、そうか。よかったわい」喜ぶ邪見でしたが
「んだども、彼女と一緒だったから、邪魔しねえほうがいいんでないか?」
そうのんびりと言われて固まってしまいました。
「何?!」「殺生丸さまが仕事をさぼって逢引・・・!」邪見は引きつっています。
「いいでねか、たまには。そっとしておいてあげるだよ」にこにこと嬉しそうな妖怪です。
「まあ、それほど急な用でもないかのう?」おまわりさんに睨まれるのを怖れたようで
邪見は「わしもさぼっちゃおうかのー」とつぶやき、そそくさっと戻っていってしまいました。
残された地念児は「そのうち祝いがいるだな、きっと」と丘の方を眺めつつ言いました。
で、そのうわさのおふたりさんは・・・
丘の上の原っぱでのんびり腰をおろしデート中でした。
「そういえば、おまえの元の名は?」
「あ、りんです。一緒よ、殺生丸さま」
「!?えらい偶然だな」
「りんも不思議。もしかしたら殺生丸さまのお父様、お母様が教えてくれたのかな?」
「違うだろう」
「殺生丸さまに会えたのはお二人のおかげでしょう?」
おまわりさんはむすっと顔をしかめました。
「どうしたの?殺生丸さま」りんは首を傾げました。
「関係ない」
「え、何が・・?」
「父や母はたまたま引き会わせたかもしらんが」
おまわりさんは口調は怒っているのですがなにやら顔が赤いです。
「・・・惚れたのは」なんだが決まり悪そうです。
「おまえだからだ。必然だ。偶然でも運命でも誰かの思惑でもない」
りんもそれを聞いてぽっと顔を赤くしました。
「はい」そう返事をしてにっこり笑ったその目には涙が光っていました。
ぎょっとして慌てるおまわりさん。彼の場合、見た目にはさほど変りないのですが。
りんは嬉しくて泣き出したのですが、まずいことを言ったか?とあせります。
「りん、泣くな」それだけ言い、おまわりさんは困ってしまいました。
「犬のおまわりさん」ですから、それでいいんです。
空は晴れて、雲雀が鳴き、丘にはそよ風吹いて村は平和です。
初々しい若い恋人に戸惑うおまわりさん。ま、頑張ってね。
てなわけでとりあえずはこのへんでさようなら。



                       *おしまい*




終了です。お疲れ様でした。
読んでくださってありがとうございました。