犬のおまわりさん8


●犬のおまわりさん8●



 そこはおあつらえ向きといった山の谷合いにある洞穴でした。
かなりな妖気を放っていましたが、それが却って胡散臭いようでした。
おまわりさんはしばし考えましたが、直感でここを罠と判断し、引き返そうとしました。
「どうした、入らないのかい?」いきなり覚えのある声が降ってきました。
ちらと確認するかのように一瞥しただけで何も言わず引き返そうとするおまわりさん。
綺麗な顔が怒りに染まり「怖気づいたってのかい!?」と叫びました。
「おまえに構っている暇は無い」そう言うと飛び立とうとしました。
舞扇が振るわれ大きな風が轟と巻き起こり、あたりを巻き込む風の渦が生じました。
それは地形を計算してあったのかいつもより烈しい風の渦で、辺りの物がすぱすぱと
切り取られていき、おまわりさんは油断したのか、腕に傷を負ってしまいました。
思いの他深い傷で、腕からかなりの血が滴りました。
「この間の礼はできたようだね」口元に笑いを含んだ声が響きます。
「だが、これで終わりじゃねえよっ!」
「!」おまわりさんは油断したというより、予想外でした。
洞穴ががばっとおおきく割れ、巨大な妖怪、なにか集合体のようになそれが襲ってきたのです。
おまわりさんはすばやく身を捻って攻撃をかわし、その巨大な化け物の頭めがけて攻撃しました。
あっさりとくだける化け物の頭部分。しかし、すぐに元へ再生してゆきました。
おまわりさんはもう一撃打ち込んだかと思うと一瞬その姿が掻き消えてしまいました。
風使いの女がおまわりさんを見失ったと思った次の瞬間、女はピタリと動きを止めました。
いつのまにかおまわりさんが女の背後から喉下に狙い定めて現れていたからです。
「! いつのまに・・・」女の額から一滴の汗が伝い落ちました。
「奈落はどこだ」殺気の籠もった低い声でした。
「・・・わかってんだろ、そんなこと」女は言い捨てた後を覚悟して続けました。
「あんたの大事なおじょうちゃんのとこに・・・」おまわりさんの指に熱気が籠もった瞬間!
「決まってんだろ!」女は決死の覚悟で舞扇を振り下ろしました。
ところが風は虚しく舞い上がり、おまわりさんを捕らえることは出来ませんでした。
「・・・早いね、もう行っちまった・・・」女は命拾いをしたというのに何故か寂しげでした。



おまわりさんが奈落討伐へ出かけてそれほども経たないうちに村には異変が起きていました。
重苦しい雲に覆われ、辺りに立ち込める異様な妖気に、
りんを守っていた弥勒をはじめ村に残った皆が緊張に包まれました。
「こちらへおいでなすったか」弥勒は錫杖を構えました。
「く、来るなら来い、わしらが相手じゃあ!」七宝です。
「でも来なくてもよいぞ〜、っていうか、来るなー!」邪見でした。
皆がりんのために、そう思うとりんは胸を熱くしながら、
「絶対、大丈夫」と天生牙を胸に抱きしめて言いました。
その直後、ドドーンと大きな地鳴りとともに地面が揺れました。
その場は元集会所のあったところで仮の簡単な小屋でしたから、倒壊を免れるため、
「皆っ、外へ出ろっ!」という弥勒の声とともに皆外へ飛び出しました。
揺れが烈しいために足をもつれさせながらもりんが必死で皆について外へ飛び出したそのとき、
りんの背後から闇の空間から現れた一本の腕がりんを捉えてしまったのです。
「ああ!」りんは天生牙を落としはしませんでしたが、身体をひょいと大きな腕に握られ
驚き見上げる他の者たちより遥か頭上へと掲げられてしまいました。
「りん、元気だったか」「会いたかったぞ」薄気味の悪い声が囁かれました。
「奈落! しまった」弥勒は歯噛みしましたが、りんは大きな腕を背中から生やした
あきらかに人ではない男が現れてりんを奪ったのを確認し、あせりました。
皆はそのいきなり現れた男の不気味さに顔を蒼くしています。
「ああ、あああれが奈落か〜」七宝はがたがた震えていました。
「き、気持ち悪いやつじゃあー!」邪見は率直な感想を述べました。
「さて、りんよ、わしのところへ戻ろうな。おまえの大事なおまわりさんも待っておるぞ」
その台詞にりんは真っ青になり、わなわなと震え出しました。
「殺生丸さまは・・・まさか」
「くっくっく・・・さあ、息をしているかは定かでないが。いや、そう簡単にはくたばっておらんじゃろう」
「早く、会いたければわしにさからわんことだ」
奈落はそう言いながらりんを連れて生じた真っ暗な闇の渦と消え去ろうとしました。
しかし、うつむいていたりんがキッと奈落を見据えると
「殺生丸さまは絶対負けない!」そう叫び「離せっ!」と言ったと同時でした。
どくんと天生牙が脈打ったかと思うとりんの身体が光輝き始めたのです。
一行は驚き、奈落は眼を背けてりんの身体を宙に離してしまいました。
光はどんどん膨らんでいき、大きな形を成してゆきました。
その光が造る形はおまわりさんが化け犬になったときに酷似していました。
「こ、これは?!」弥勒は眼を凝らし眩く光るその姿を確かめようとしました。
”この娘は我が宿主、汚らわしき輩よ、去れ”玲瓏とした声が響きました。
「きさまは何だ?」奈落は意外そうでした。
”この娘が妖力をはね返すを見て利用しようと思うたか?”
”生憎、どのようにしたとてこの娘を取り込めはせぬ。”
「あなた様はもしや、白神様ですか?」弥勒が尋ねてみました。
”そのように祭る人間もおる””が、神ではない”
”さりとてこのような者に好きにさせるほど甘いものでもない”
びりびりと痺れるほどの気の高まり、それは奈落より強大なのは間違いようもなく
奈落は当てが外れて退散を決めようとしていたらしいのですが、阻止されました。
「おまわりさんっ!」「殺生丸!」皆が一斉に声を揃えました。





                       続く