●犬のおまわりさん7●



「やあ、殺生丸。帰りましたよ。」威勢のよい良く通る声です。
なかなかの美声に負けず劣らず人好きのする二枚目です。
彼はおまわりさんの同僚で、事件の調査で長く留守にしていたのです。
如才なくなんでもこなし、殺生丸と違って愛想の良い彼はもてもてでした。
おまけに結構な女好きでしたからいまわりさんとは対照的にあれこれ交友関係は派手でした。
しかし意外にもおまわりさんとは息が合い、コンビを組んで事件を片付けることもありました。
一年程前、隣村の珊瑚というキレイで腕っ節の良い人間のおまわりさんと結婚していました。
しかし一向に女好きは変らない彼でした。
殺生丸は彼自身を嫌っているわけではなく、女癖の悪いことを嫌っていました。
「調査報告をしろ、弥勒」
「帰ったとたんにそれですか。それより噂の彼女を紹介してくださいよ。」
「おまえにか」とても嫌そうな顔をしたおまわりさんに弥勒と呼ばれた彼は微笑みました。
「おやおや、噂に違わず彼女にぞっこんのようですねv羨ましいですなあ」
「喧嘩を売っているのか」
「とんでもない。しかし陰でこっそりよりおまえに紹介してもらった方がよいでしょう?」
「・・・奴は弥勒だ。仕事は信頼できる。だが半径1m以内に近づくな。」
「酷い紹介ですねえ、お嬢さん。初めまして、弥勒と申します。」
それまでおまわりさんの後ろではらはらと見守っていたりんがひょこっと顔を出しました。
「あの、初めまして、りんです。よろしくお願いします。」
「おう、なんて愛らしい。お会いできて嬉しいですよ。こちらこそよろしく願います。」
「あのう、どうして半径1m以内に近寄ったらいけないんですか?」
「殺生丸はね、とても嫉妬深いのですよ、りん」
「誰がだ。おまえを良く知っているからだっ!」
「???」「えーと」
「殺生丸、りんが困っていますよ。やきもちも程ほどにしないといけませんね。」
「・・・いっぺん死んで来い」おまわりさんがコワイです。りんは驚きました。
「そ、それであの、私を助けてくれたのは弥勒さんの義弟さんなんでしょうか?」
昨日おまわりさんから聞かされた予測のひとつがそれでした。
とたんに真面目な顔に戻るふたりのおまわりさん。りんの顔も真剣でした。
「ええ、おそらく。奈落という奴は最近力を大きくして我々も懸念していたのです。」
「義弟の琥珀も子供ながら腕は確かでしたが、予想外にも奴の手に・・・」
「私のせいで酷い目にあってないか心配です。それで、奈落の居場所がわかったんですか?」
「かなり怪しい場所は特定できました。」
「それでこちらから出向くことになったのですが、やはりりんの安全も確保せねばなりません。」
「私が帰って来たのはそのためもあるのです。」
彼はなかなかの術者でしたがこの村では珍しい人間でした。
奈落は妖術を使う上、強大な力を持っていましたから、
殺生丸の方が奈落を向かえ討つことになったのです。
おまわりさんは実は妖怪では並ぶものがないほど強いのです。適任者と言えました。
しかし、りんが奴に狙われている以上、村へ置いて行くのも危険でした。
「やはり、りんは私が護った方が良いと思いますが、不安ですか?殺生丸」
「だが、りんを護りながら奴を仕留めるのも難しい。仕方ないな。」
「手を出したりはしませんから、御心配なく。」
「そういうことを言うから余計怪しまれるのだ。」
「やれやれ、おまえがこんなに嫉妬深いとは知らなかった。ファンも減ってしまいますね。」
「・・弥勒・・・」おまわりさんから異様なオーラが出てきました。
「おお、コワ。私はいつだって真面目ですのに、心外ですなあ。」
「殺生丸さま、お気をつけて。早く帰って来てくださいね。」
りんは心配そうでしたが笑顔を作って言いました。
「心配いらん。おまえこそ、天生牙を離すなよ。」
「はい、殺生丸さま。」りんはこっくりと頷きました。
天生牙というのはおまわりさんが父の形見に受け継いだ刀の名でした。
おまわりさんはその刀のことをすっかり忘れていたのですが、
りんを残して奈落のところへ向かうのが不安で思案していたときふと思い出したのです。
天生牙は護りの刀で父の妖力と刀鍛冶の妖力とで持つ者を護るのです。
彼の父は偉大な妖怪でおまわりさんは小さい頃から尊敬していました。
彼は死ぬ前に「これはお前に残してやれる唯一の宝だ」と言いました。
「お前とお前の大事な者を必ず護るであろう」
おまわりさんは何もかも捨てて若い女を助け命を落とした父のことが許せませんでした。
しかし、どうしても遺言となってしまった父の言葉と形見を捨てることができませんでした。
りんにそのことを打ち明けると「ありがとう、殺生丸さま。話してくれて嬉しい。」
「これはお父様と殺生丸さまの大事なものだもの、大事にしなくっちゃ。」
「殺生丸さまを護る刀なんだもの。りんにとっても宝物だよ。」そう言って微笑むのでした。
おまわりさんはその心からの言葉と笑顔に胸を打たれました。
そしてやっと父を許せなかったのは父の気持ちを理解してやれなかった自分のせいなのだと気づいたのです。
素直で真っ直ぐなりんの眼差しに頑なな心が解されていくようでした。
そんな自分にとってりんがどんなに大事な存在かということもまた確かに感じるのでした。
そしてきっとこの天生牙と弥勒が信頼に応えてくれると確信して奈落をうつ決意をするのでした。



        続く