犬のおまわりさん4

●犬のおまわりさん4●



殺気立ったオーラが沸き起こりおまわりさんの眼が紅く染まりました。
彼が女の方へ間合いを詰めるのと女が舞扇を一振りするのはほぼ同時でした。
扇から凄まじい風が舞起こり、おまわりさんの周囲を竜巻のように吹き飛ばしました
しかしおまわりさんは飛ばされたりせず、一気に女の喉元近く踏み込んでいました。
彼の手先が光り、毒を持つその爪が女を狙って振り下ろされようとした瞬間。
大きな羽根とともに女の身は彼の頭上に浮かび上がり、その爪をくらいませんでした。
「ふう、危ない。速いね、あんた。」
おまわりさんは女を睨み付け、「逃げられると思うのか」と凄みました。
「あいにく相手をしている暇はないんだ。お使いの途中でね。」と女は言いました。
「問答無用」彼がもう一度攻撃を仕掛けようとしたときです、
「この村に14くらいの娘が迷い込んでいないか?」と問いかけられたのです。
おまわりさんは一瞬手を止めてしまいました。それで女は察したように、
「その娘のことを聞きたかっただけさ、そこいらに倒れてる連中は知らなかったようだが」
「その娘に何の用だ」攻撃の狙いをつけたまま尋ねました。
「何、ちょいとお迎えに来ただけさ」
「誰が迎えにだと」
「奈落って野郎さ」
その名はおまわりさんには聞き覚えがありました。
つい最近、人間のとある城主があちこちから娘を攫ってきては殺すという
物騒な事件の情報がこの村にも入ってきていました。
その者は妖怪に獲りつかれて何かの計画に娘たちを利用しようとしているのではないかと
予想されていました。その妖怪の名だったのです。
「そいつは今どこにいる?」
「さあ、知らないね」女はそれだけいうと隙をみて高く舞い上がり、飛びさってしまいました。
「ちっ」おまわりさんは取り逃がすという失態に舌打ちしました。
しかし、りんのことが心配で追うのを躊躇したのです。
駆けつけてきた部下達に村人の手当てを頼むとおまわりさんは自宅へと急ぎ足を向けるのでした。



おまわりさんは急いで自宅へ戻るとりんを呼びました。
「りん、どこだ!」
家の奥から現れたりんの姿を見とめて彼はほっと胸をなでおろしました。
まだここは見つけられていなかったかと安堵するとりんが心配そうに彼のもとへやって来ました。
「りん、奈落というヤツを知っているか」
りんはびくっと身体を緊張させました。
「いつから記憶が戻っていたのだ?」「口はきけるのか?」
いきなりの問い詰めにりんは真っ青になりながら、彼を見つめました。
がくがくと震えだし眼には涙がにじんできていました。
しかしおまわりさんは容赦なく「答えろ、りん」強く尋ねました。
りんはゆっくりと両手を胸の前で組み、懇願するように、
「殺生丸さま、ごめんなさい・・・」可憐な声が答えました。
おまわりさんは先を促すため黙っていました。
「初めはほんとうに何もかもわからなくて、口もきけなかったの」
「ついこの前、買い物の帰りに頭が痛くなってうずくまっていたところを
地念児さんに助けてもらって、薬草を煎じて飲ませてもらったの。」
毒消しの効果もあったらしくてそのとき口が利けるようになって」
「その夜、夢を見たんです。それでいままでのことを思い出して・・・」
りんは一生懸命に震える身体を抑えつつ話しました。
「なぜ、わたしに言わなかった」
りんはまたびくんと身体を震わせました。
「・・・殺生丸さまのところにいたかったの・・・」
小さくこぼれるようにつぶやき、潤んだ眼を彼に向けると、
「ごめんなさい!」
言うなり駆け出して玄関のほうへ出て行こうとしました。
逃げようとするりんの腕をおまわりさんは掴みました。
「りん、逃げるな。」掴んだ腕を引っ張ると自分の胸へ引き寄せ、
バランスを崩したりんを支えるように抱きかかえました。
「おまえを責めているのではない」そう言うと、りんを抱きしめ
「私も気づいていた」と言いました。
驚き、見開くりんの眼から涙が零れ落ち、殺生丸の顔を見上げると
「ここに、私の元に居ろ」とまっすぐにりんの瞳を見つめて言いました。
ぽろぽろと零れる涙ごと殺生丸の広い胸に顔を埋めるとりんは泣きました。
声をあげ、すがりつき、全てを彼に預けるように泣くりんを
おまわりさんは優しく髪をなで、包み込むように抱いて支えるのでした。



         続く