犬のおまわりさん3

●犬のおまわりさん3●



 その姿を見て七宝と邪見は顔をぴしっと硬直させました。
「お、おはようございます・・・。」
かろうじて口を開いたのは七宝の方。
「ああ」
おまわりさんはいつもと変わらず愛想のない挨拶です。
邪見もおそるおそる「おはようございます、殺生丸さま。」
「今朝はすっきりしたお姿で」と言ってみた。
「うん?ああ」
明確な答えは得られませんでしたし、それ以上はつっこめない部下たちでした。
二人はこっそりと耳うちしました。
「・・・ウワサが広まるのもむりのないことじゃな」
「うむ、まったく。びっくりしたわい。」
「何をこそこそ言っている。」
びくーときおつけする、邪見と七宝は「なんでもありません!!」
声をそろえて言いました。
「さっさと仕事にかかれ」
「はいー!」飛んで逃げるようにその場を後にしました。
「変なやつらだ」
彼は全くもって天然さんぽくつぶやきました。
ですがこのところ機嫌の良い彼は今日の予定をこなし始めました。
外は初夏の風が漂う良いお天気でした。
窓から爽やかな風が入りおまわりさんの髪をいつものように
銀に輝かせましたが昨日のようにさらさらと髪は揺れません。
彼の長い銀の髪は後ろで綺麗にみつあみされていて
おまけに可愛らしくリボンまで結いつけられていましたので。
部下たちがびっくりしたのはそこだったのです。
普段必要以上に関わられたり、触られたりの嫌いな彼でしたから
部下たちが驚いたのもそういうわけでした。



ところで少し前からおまわりさんは迷子の少女を自宅に住まわせ
いっしょに暮らしていました。その頃からおまわりさんには
いろいろと変化が現れ、当人は知りませんでしたがウワサがあちこちへ
伝わっていました。部下たちが言っていたのもそのウワサが
真実かもしれないという意味でした。
そのウワサの一つを当人が知ったのはこのあと村を巡回しているときでした。
とある畑を大きくて潤んだ目の心優しい妖怪が耕していました。
彼がおまわりさんを見つけるといつもなら軽く会釈するだけの
大人しい妖怪はおまわりさんを呼びとめたのです。
「おまわりさん、これ祝いにもらってくれるかね?」
地念児というその妖怪は少し内気なのでそれだけ言うと
持ってきた籠いっぱいの作物やら薬草の束を差し出しました。
おまわりさんは意味が理解できずに「祝いとは?」と聞いてみました。
「お、おらたちお世話になってるのにこんのくらいしかできねえで
申し訳ねえけども、気持ちだけでもと思って・・・」
「いや、そうではなく、何の祝いかと聞いているのだが。」
「え、おまわりさん、めんこい嫁御さもらったろ?」
「嫁?」聞き違いかと思ったがどうやら確かに嫁と言ったらしい。
「わたしは嫁などもらっていないが。」
「えーと、あのめんこいりんという・・・」
殺生丸はやっと理解してとまどいつつも誤解を解こうとしました。
「りんは確かにうちで預かっているが、嫁にしたわけではない。」
地念児はびっくりしたようです。
おまわりさんも表情こそ変えていませんが内心は驚いていました。
丁寧に”お祝い”を辞退するとおまわりさんは回れ右して急ぎ戻るのでした。



勢い良くドアを開けるなり、「邪見!」と呼びました。
デスクワーク中の部下は非常事態かとあわてて飛びあがりました。
「は、はい!ここに居ります。」
「”ウワサ”を知っているのか?」
「えっ、ウ、ウワサでございますか。」
「なぜ知らせなかった。」
「そ、それは〜・・・」「殺生丸さま、いったいどちらで。」
まぬけな自分に腹を立てつつ、おまわりさんは努めて冷静に
ウワサの詳細を説明させようとしていたそのとき、再びドアが勢い良く開きました。
「たいへんじゃっ!怪しいやつらが村を襲っとる!」
七宝は叫ぶとおまわりさんの姿を見つけて「あっ、殺生丸さま!」
「ここにおられたんか。すぐに東の集会所へ行って下され!」
おまわりさんは七宝が最後まで言い終わらぬうちに飛び出していました。



東の空には暗雲が立ちこめ、びりびりするような強い邪気が漂って来ていました。
おまわりさんがかけつけたとき、集会所の前は血の匂いがしていました。
見るとそこかしこに村人が倒れており、ぴくりとも動きません。
邪気の発するほうへ目をこらすと、出入り口の奥から艶やかな舞扇と
燃えるような紅い眼をした女が現れました。おまわりさんを見とめると
「へえ、ずいぶんな優男が来たね。」紅い唇が少し乱暴に言いました。
「おまえの仕業か」
声は静かでしたが彼の周りからは殺気を含んだオーラが立ち上り始めました。
ばきばきと音を立て彼の爪が鳴りました。
どうやらおまわりさんを怒らせてしまったようです。
闘いは避けられそうもありませんでした。


                            続く