●犬のおまわりさん2●



殺生丸が少女を自宅へ連れかえると聞いて
二人の部下たちは困惑して顔を見合わせました。
「あのー、殺生丸さま、女のこですよ。まずくはないですか?」
七宝が勇気を出して聞いてみました。
「記憶が戻ったらすぐに対応できるだろう?」
「いえ、そういうことではなく、殺生丸さまも独身ですし・・・」
邪見も怯えつつ口を出しました。
部下たちの言わんとするところがわかったようです。しかし、
「子供ではないか。私がそんなに不自由しているように見えるのか」
少女は手を胸の前で組んで両者の意見を聞きながら不安そうです。
「そんな!彼女に失礼じゃあ?」
「くどい!もういくぞ。」くるっと回れ右して、さっさと歩き出しました。
 殺生丸のあとをあわててついていく少女。
 どうやら彼には逆らえないらしいと思ったのかもしれません。
 部下たちは少女のことを心配しましたが、仕事は真面目な上司でしたし、
 あきらめて二人の姿を見送る邪見と七宝でした。
 「大丈夫かのう?」
 「ほんにのう・・・。」
                                   
 さて、さっさと歩く大きな背中の後を小柄な少女はついて行きました。
やがて立派なお屋敷の前で立ち止まり、「ここだ」と告げました。
少し驚いた顔の少女。口がきけないのでぺこりと頭をさげると
 殺生丸はじっと少女の顔を見つめました。
無表情な端正な顔に深い金の眼。自分を見つめる眼差しに気づくと
少女は頬を染めました。森で倒れていたせいで少女は汚れていたのです。
「汚れているな」ぼそっとつぶやくと彼は門を開けて自宅への
扉へと進み、玄関を入るとすぐに浴室へ向かいました。
玄関でどうすればいいのかわからずつったっていた少女は
手に何かを持って現れた殺生丸に「何をしている」
「さっさと入って扉を閉めろ!」と言われてあわててそうしました。
「風呂へはいれ」とパジャマらしいものを目の前に突き出しました。
 おろおろしている少女の腕を掴むと引っ張っていって浴室まで案内しました。
 乱暴ですねえ。ぽいっと浴室へ放りこまれて少女はとまどいつつもお風呂に
入りました。そして着替えたのですが、おまわりさんのパジャマはXLサイズで、
 Sサイズの少女にはぶかぶかです。ズボンのほうはとても穿けず、
 上だけにしました。とっても危ない姿になってしまいました。
男なら”ストライク”な格好です。危ないぞ、少女!
ところがむっつりなのか何も感じないのか無表情なままのおまわりさんは
 「記憶が戻るまでここで好きにして良い。」「私は昼間は仕事だ、何か不都合が
 あれば紙に書いて伝えろ。」とか事務的なことを告げると黙ってしまいました。
 少女はなんだか怖そうなわりに面倒見の良いおまわりさんだなと思いました。
 そして自分のこともわからなくてあんなに不安だった気持ちが妙に落ち着いている
 ことに内心驚いていました。
 しばしの沈黙のあと、「私は殺生丸だ。とりあえずおまえの名がないのは不便だな。」
 と言って少し悩んでいるようです。少女も途方にくれたように首を傾げました。
 そのときです。”リーン”とベルがなりました。電話です。レトロな呼び出し音です。
 一回きりで切れてしまいました。おまわりさんのおうちに”ワン切り”?!
 ではなくて、邪見から連絡下さいの意味なのでした。それはともかく彼はふと
 思いついたように「りん、でいいか?」と言いました。・・・単純ですね。
 ぽかんとしてしまう少女でしたがすぐに自分の呼び名の事だと分かりました。
 そしてなんだか真面目な顔でそういう彼が可笑しくてぷっと噴出してしまいました。
 「何が可笑しい?」少々むっとしてそう言いました。
 その様子もまた何とも言えず少女は笑いました。そしてごめんなさいと謝るように
 頭をぺこんと下げると彼に向き直り、”いいですよ”の意味でにこっと微笑みました。
 殺生丸はその笑顔に笑われた事に対する不快感もどこかへ消えてしまいました。
                                     
 邪見に連絡を入れてりんのところへ戻ると彼は
 「腹は空いているか」と尋ねました。
 りんがこくっとうなずくと彼はキッチンへ向かいました。
 りんもついていき、何か手伝おうと思いました。
 彼はキッチンに掛けてあったエプロンをつけると長い銀髪を慣れた手つきで
 さっと束ねました。やる気まんまんです。(料理を、ですよ!)
 りんは彼のエプロン姿が可愛くて微笑みました。
 そして手伝いたいと自分を指しながら彼のエプロンを引っ張りました。
 「手伝いはいい。そこで待っていろ。」と返されました。
 仕方なく傍の椅子に腰掛けて見守っていると、
 てきぱきと手際良くおいしそうな匂いとともに料理が出来上がっていきました。
 途中で思わず拍手するりん。とても感心して眺める少女の手前
 ちょっと得意そうな殺生丸です。こんな姿を普段彼の周りに居る者が見たら
 青くなって固まってしまいそうでした。
 殺生丸とりんは二人で夕食を取りました。
 味も文句無しでした。殺生丸は誰かと食事するのは何年振りかと思いました。
 そして意外にも悪くない気分でした。思わずワインの瓶を開けたくらいです。
 りんと名づけてもらった少女もまた同じように楽しいと感じ
 なんだかこのおまわりさんのことがとても好きになりました。
 そんな風に犬のおまわりさんと迷子のりんちゃんは仲良く暮らし始めました。




                                続く