●犬のおまわりさん1●



  昔々或るところにそこそこ大きい村がありました。
そこは妖怪たちが住んでいて、わりかし平和に暮らしていました。
その平和を護るお仕事をしているおまわりさんは犬の妖怪でした。
銀の毛並みでそれは立派な化け犬でしたが、姿がでかすぎなので
不自由が多く普段は人の姿をしていました。
わりと人型でいる妖怪はたくさんいるのです。
おまわりさんの名は「殺生丸」、
物騒で変な名前ですが本人はあまり気にしていません。
というか、あんまり頓着しない性格らしいのでした。
 外見はきれいなお兄さんでしたが無口で無愛想で怒るとコワイので
 嫌われているわけでもないのですが、いつもは一人でいる
 ことが常でした。本人は仕事は真面目にこなしましたが
やはり他とのつきあいは面倒くさいと思っているようでした。
 そんな性分もあってもちろん、独身です。
 面倒くさがりのせいもありますが、家事も器用にこなせましたし、
 不自由はありません。おまけに部下の「邪見」という老妖怪が
 とても世話焼きなので、わりと面倒を押し付けたりしてたのです。
 ぱっと見はもてそうなのに、あまり女にも興味なさげでした。
 ひょっとして昔父親が若い人間の娘に惚れて家出したあげく、
 娘のせいで命を落とすといった過去が影響しているかもしれません。
 彼は父を尊敬していたのでこのことは結構トラウマなのかも。
 ま、そんなことはともかく、彼はのんびりとたまに谷あいや
 村境で出没する盗人をこらしめたりして暮らしていたのです。

 さて、或る日部下の緑の小妖怪、邪見があわてて殺生丸のところへ
 やってきました。 
 「殺生丸さまっ!!」
 「うるさい」
 一睨みされて少々怯みつつも、「あっあのう、事件です!」
 「何だ?」
 「森のはずれで行き倒れが見つかったそうで。」
 ちょっとめずらしい事件にほんの少し眉をひそめましたが
 すぐに無表情に戻ると彼はさっさと現場へ向かおうとしました。
 「って、殺生丸さま。お待ち下さい!」
 いつもながらほとんど無視〜な彼のあとを邪見はとたとたと
 付いて行きました。
 おまわりさんの行動は速いです。あっというまに現場に到着です。
 そこには行き倒れていたという娘が木陰に運ばれているようです。
 これまたおまわりさんの部下、子狐妖怪の七宝が介抱していました。
 七宝はおまわりさん達に気づき手を振りました。
 「あっ殺生丸さま」「ここですよー!」
 近づくと倒れていたという娘はまだ幼くせいぜい十三、四くらい。
 顔はうつむいて泣いているようで、見えません。
 とりあえず職務質問するおまわりさんでした。 
 「泣くのをやめて顔をあげろ」
 犯人でもないのにひどい聞き方です。
 びっくりして顔をあげた少女はいきなり現れたコワイお兄さんを
 見つめてかたまってしまいました。可愛らしい少女でした。
 「殺生丸さま、女の子なんですからもう少し優しく・・・」
 言うだけ言ってみる部下たちでしたが無視されました。
 「なぜここに倒れていた。」
 少女の大きな黒い瞳は涙で潤んでいてとても可憐だったのですが
 さっぱり感じていないのか質問を続けます。
 少女は首を振りました。そしてまたうつむいてしまいます。
 「あの〜、殺生丸さま、この娘口がきけないようなんです。」
 七宝が答えました。
 「何?」
 名前もなぜここに倒れていたのかもわからないらしく、色々な
 質問に首を横に振るばかりなのです。
 さすがのおまわりさんも困ってしまいました。
 「どうします?殺生丸さま。」部下たちは問いかけました。
 黙って考えていたおまわりさんは少女に向かって
 「立って歩けるか。」と聞きました。
 少女が不安げにうなずくと「ついてこい」と言いました。
 部下たちに何か起こればすぐ知らせるようにと言い残し、
 おまわりさんは少女を自宅へ連れて帰ることにしました。
 他に泊まれそうなとこはなかったのでしょうか?ひょっとして
 面倒くさかったのかもしれませんがこうして記憶をなくした
 少女と犬のおまわりさんは一緒に暮らし始めたのでした。


                       続く