VOICE  


「いつもそんなぶっとんだ話し方してるの?」
「いぇーい!即答即効大否定!」
「いっただっきまーす!ってミサカはミサカは」

「あくせられーた!」「置いてっちゃうよ」

 
ふと気付くと再生されている馴染みの音声。
離れていると、ときにリアルで目が冴える。
で、何故かそんなときに携帯がコールする。

「あくせられーた!今いい?!あのねあのね・・」
「いいから焦ってしゃべンな。あと声デカイっつゥの。」

仕事で無い限り対応するが、いつだって大急ぎで話し掛けてくる。
俺がのンびりと受け答えすれば次第に落ち着きを取り戻してゆく。 
不思議なことにごく偶にこっちから掛けるときはワンコールで出る。

「あのね、びびびってくるからアナタからだってすぐわかるの!」

だそうだ。俺にはそんな能力はないが、予感のようなものが的中するので
微弱な電波を俺も拾っているのかもしれない。アイツほど的確ではないが。
焦ったりするほど重くない内容の話ばかりだが、一応ランクがあるらしい。
俺の心配を除けば打ち止めの感動したことが最大重要項目だ。その次は 
それら感動体験を次回俺とするので予定に組み込めという半ば命令だったり。
いずれにしても・・・
耳元をくすぐる声、声、声。囁くようなときは心配してるとき。
甘ったるいものは会いたいよ、というまるでラブコールのような。
寂しそうな声はめったにない。無理しているとすぐにわかるので
そんな場合はなんとかくだらない話題を引っ張り出してみたりする。
とにもかくにもラストはいつだって緊張してるのが辛い。
”切りたくない”と口にしないのに伝わってくるからだ。

「じゃアまたな。」となるだけ平坦に区切りをつけてやる。
「ウン、またね。」とアイツは察しているのか平静を装う。

そしてまた、切れた後音声が脳に刻み込まれていくのを確かめるのだ。
軽い溜息を一つ。アイツの希望をなるべく叶えられるよう予定を組み替える。
眠れないときは子守唄にもなる。声は耳元に優しく繰り帰し撫でてゆく。


「お帰りなさい!ってミサカはミサカは感動を伝えるべく猛ダーッシュッ!!」
「毎回毎回テロみてェな突撃はヤメロ。そンなにひっくり返りたいンかァ?!」

小さなガキとはいえ、遠慮なしに突っ込まれると支えるのに一苦労だ。
力を使えばどうってことないのだが、ここは男の(くだらねェ)プライドだ。
変わらない対応、温かな湯気の立つ食事。家族、と言って憚らない保護者たち。
そぐわないとかはもう気にするだけ無駄だ。実は未だに慣れたとも思えないが。

夕食後、黄泉川が打ち止めが用を足しに部屋を出たタイミングで話し出した。

「聞いてじゃんよー!打ち止めがさ、アンタの声聞きながら眠ってるって知ってるじゃん?!」
「あ?・・まさかそれ・・」
「携帯での会話を一部録音してたらしいじゃん。朝、携帯抱きしめてるとこ見ちゃってさ〜!」

「あら、もしかしたらアナタも?だとしたらお互いに決めたことなのかしら?」
「なにー!?なにそればかっぷるじゃん!からかってやろうって思ってたのに大失敗じゃんか。」


「ヒドイっ!違うもん、それは彼には内緒だったんだよっ!?ってミサカはミサカは・・・」


いつの間にか戻ってきた打ち止めが大音響で叫んだ。恥ずかしいのか顔は真っ赤だ。
ばかーっ!と捨て台詞のように叫びつつ、どうやら自室へと走って逃げていった。

「どうやら違ったみたいだわ、愛穂。悪いけど一方通行・・慰めてきてくれる?」
「やー、めんごめんご。悪かったじゃん。アンタをからかいたかっただけじゃ〜ん?!」
「・・・言うことはそれだけかよ?・・・ったくなンでこォなるンだっつの。」

面倒くせェことこの上ないが、頼み込まれて打ち止めの部屋を久しぶりに訪れることになった。
部屋に鍵は掛けられておらず、一応「入るぞ」とノックして空けた扉の向こうに打ち止めは居た。
こちらを一瞥もせずにベッドに突っ伏している。腕にはぬいぐるみが抱きしめられているようだ。

「・・そンな恥ずかしがることでも・・ねェンじゃねーの?」

験しに言ってみると、打ち止めは赤い顔で勢いよく振り向いた。相当に・・心外だったらしい。

「アナタはっ!よくてもっ!!・・ううっ・・このキモチを説明する語句が見つからない・・」
「・・眠れなかったりしたンか?」
「!?・・・もしかして・・・アナタも眠れないことがあるのね!ってミサカは驚いてみる。」
「誰ンでもあるだろ?」
「このお家ではいつも寝てるイメージがあるから意外だったのかもってミサカは分析したり。」
「オマエこそ、眠れないとかあるンか?」
「あるけど・・どうして眠れないからアナタの声を聞いてたってわかるの?」
「・・・・・・なんとなく。」

気まずい沈黙が数秒。余りにも下手な嘘だった。同じように感じてると思い込んでいた。
そのことに気付いて居た堪れなくなった。結果、誤魔化したい気持ちが下手くそな嘘にしてしまった。
打ち止めは抱いていた大きなうさぎのぬいぐるみをベッドに置いて立ち上がり、俺に近付いた。
さっきと同じように、つまりぬいぐるみのように抱きかかえられて少々動揺するが黙ってされておく。

「そうなの、寂しかったからなんだってミサカはミサカは白状してみたり・・」
「別にいいけどよ・・」

ぎこちないと自覚できるがそれでも自分なりになるだけ優しく打ち止めの茶色い髪を撫でてみる。
するとくすぐったそうに俺の腹に伏せていた顔からふふっと笑う声が小さいが漏れ聞えてきた。

「あのね?『オヤスミ』って一度言ってくれないかな?そしたらそれを思い出すことにする。」
「録音すンじゃなくて、か?」
「うん。できるだけゆっくり言ってってミサカは微妙に難易度を上げてみるけど、だいじょぶ?」

俺は自分をあたたかく縛めている打ち止めの体を抱きかかえ、顔を自分の目の前へ持ってきた。
驚いている打ち止めに構わず、耳元へと顔を近づけた。頬が触れた瞬間打ち止めはぷるっと震えた。

片手で腰抱きにして、もう片方の手で耳に掛かる髪をかき上げると、唇を打ち止めの耳に当てた。

「オヤスミ・・打ち止め。」

小さく、けれど確かに聞えるように囁いた。打ち止めの体がきゅっと緊張したように締まった。
ゆっくりと、という要望には応えたはずだ。先と同じくゆるやかに打ち止めを床に下ろした。

黙ったまま打ち止めは俺を見上げていた。不満そうではないが無反応なことに多少不安が過ぎる。

「ダメ・・か?ゆっくり言ったぞ?」

俺の決まり悪い声にやっと打ち止めが動き出した。どォも固まっていたらしい。

「う、ううん!いい。ありがとう、あくせられーた・・」
「そりゃよかった。」
「あのっ・・アナタは?!・・ミサカもアナタに言っていい?」
「イヤ別に。」
「ええっ!?拒否されるなんて!?ってミサカはミサカはうろたえてみる。」
「したいンならすりゃアいいけどよ、オマエの声ならいつでも再生可能だしなァ・・」
「!!??」
「?・・どォした!?なンか喉にでも詰まったンか?!」

なんでもない!と主張する打ち止めの顔はどう見ても動揺というか、狼狽して苦しげにも見える。
息が詰まったようでもあるので、思わず背中を摩ったが、首を激しく横に振って否定する。
その後、部屋を出た打ち止めはやはり顔が赤くまるで熱に浮かされているようで気になって仕方がない。

「黄泉川ァ!体温計どこだァ!?」
「あれま、どうしたじゃん?!打ち止め真っ赤っ赤じゃんよー!」
「熱ないとか言ってやがるが、もう寝かせる。氷嚢あるのか、芳川?」
「だっ大丈夫だから!ミサカはミサカは・・もう〜!過保護すぎるよって睨み付けちゃうんだから!」

数日後、電話の向こうではまだそン時のことをグチっている打ち止めがいた。

「だからあれはアナタの声の威力に撃沈しただけなのってミサカはミサカは責めてみる。」
「へ〜・・そンなもンか?耳が弱いだけじゃねェの?それって。」
「でっ・デリカシー0なアナタに乙女心をどう伝達すればいいか真剣に悩むよってミサカは・・」
「言われたとォりしただけだ。人が睦言囁いたみてェに・・ガキが。」
「ぐぬうう・・・悔しい。じゃあ今度はアナタに撃沈してもらうってミサカはここに宣言する!」
「へェへェ・・お好きにどォぞォ?」
「・・・・・・・・あくせられーた」
「ォ・・ォウ・・?」

「・・・・・・・・すき・・・」

打ち止めは小さな小さな声で呟くと数秒後電話を切った。アイツから切るのは珍しい。
耳元には通話を終了した「ツー」という無味乾燥な音が続いていた。・・俺は固まっていたらしい。
はっと気付いて携帯を畳んだ。おそらく最後の台詞は、目を閉じてほとんど息だけで吐き出された。
そう確信する。聞いたことのない声だった。もしかしなくても・・・女の・・そういった・・・

「ふっざけンじゃねェよ!・・・これじゃァ・・逆に眠れねェじゃねーかっ!」

眠れない夜、思い出していたアイツの声、声、声。
余分過ぎる音声が加わった。脳内を響き渡り、体へも巡る。
どうしてくれンだ。眠れなくなる。己の何もかもが冴え渡る。
会いたくなる。そォか、それが狙いか!ガキの策にまンまと嵌った。

一人寝の寂しい夜に今日もアイツの声が俺を包む。震えて狂いそうになる。













声ネタ。まだ他にも書けそうな気がする!