掌の幸せ 


一方通行は膝の上に当然のように座る少女を見る。
体重は重くなく軽くもなく彼に心地良い負荷を掛ける。
落ち着かず話の途中でもぞもぞと動くのでくすぐったい。
膝だけでなく、圧し掛かる身体や髪の柔らかさも含めて。

「でね、ミサカはそう思うんだけどアナタは?って」
「・・・別に・・特に意見はねェ。好きにしろよ。」
「そんな投げやりな!自身の意見は優先すべきってミサカは」
 
少女の意見に従うと彼は暗に示しているというのに通じない。
かといってそれを説明する気も起きず、一方通行は聞き流す。
少女の方もそれでめげるでもなく、距離を詰め更に言い募る。
力説のあまり握り締められた小さな拳が彼の薄い胸板を叩いた。
痛くもなくむず痒いだけだが「ヤメロ」と拳を手で押し退けた。
彼女の幼いままの小さくて柔らかな手が少し固く握られたそれ。
想いのまま掴んで欲しい、平和な未来と平凡な日常をその掌で。

ゆるく手を包み込まれた少女、打ち止めは目を瞠り頬を染める。 
彼の目には過去には見ることのなかった穏やかさが浮かんでいる。
そのことが嬉しくて胸が鳴る。キュンと音も聞えたような気がした。

「アナタの指は長くって羨ましいなってミサカは呟いてみたり。」
「普通だ。お前のが小さいだけで俺は特別でもなンでもねェよ。」
「そうかな?比較したことはそういえば無いかもだけど・・長いよ。」
「何を対照にしたンだよ、その意見。」
「妹達とかヨミカワとかの知人全て。」 
「へェ?」
「一人ひとり似ているけど違うものだって改めて感じて驚いたり。」
「俺は・・ンなこと考えたこともねェな・・お前の手ならわかっけど。」
「っ!?そ、それは光栄だなってミサカはミサカは照れ笑いしてみる。」
「照れるトコかよ?」
「ミサカの手だけはわかるって・・アナタには特別ってことでしょ!?」
「まァそォ・・だな。」
「うへへ・・顔がゆるんじゃう。ね、アナタ。指を少し開いて?」

意味のわからないまま一方通行が軽く囲んでいた手を弛めると指が絡む。
打ち止めの手がいっぱいに広がってそれぞれの指と指の間に収まった。

「うん!やっぱりこうでしょ!?これがいわゆる恋人繋ぎ・・痛っ!?」

一瞬握り締められ悲鳴を上げる打ち止め。しかしそれはすぐ解放された。

「あっ離しちゃダメ!握ってて。ってミサカはミサカは」
「痛いっつっただろ」
「いいから。遠慮しないでぎゅぎゅっと。さあさあ!!」
「・・・・・」

打ち止めの手を握ってしまったのは何故だろう。恋人というワードに引っ掛かる。
けれどむかついたのではない。あまりにそぐわない言葉だったからだろうか。
一方通行は自分の行動でありながら訳がわからず、打ち止めの為すがままになる。
先刻よりはきつくない力加減で小さな指に自らの指を絡ませてその繋がりを見る。
不思議だった。恋人であろうがなかろうが、少女と自分が今こうしていることが。

「幸せ!ってミサカはミサカは心情を吐露してみたり。」
「幸せ?こうしてることがか。」
「こうしていることもアナタがミサカに素直でいてくれることもね。」
「すなお・・!?」

どう考えても似つかわしくない形容詞を打ち止めはよく一方通行に使用する。
あまりにも掛け離れて思いつかないものばかりで途惑う。そして考えてみる。
血に塗れて消えることの無い邪な掌を投げ出すことが『素直』であるのかと。
好きにしたらいいという自暴自棄とも違い、これは望んだ結果ではないだろうか。
打ち止めが喜ぶであろうと予想したし、実際嬉しそうに笑顔を向けてくれている。
恋人ではなくとも少女は彼の何より大切な存在で、確かに特別な存在に違いない。

なんの躊躇いもなくのばされる一方通行を望む掌。一秒で粉々に出来る状況で
抱く感情は畏れに似ている。世界をいや宇宙をも手にしたような充足感がする。

「俺にできることだよなァ、・・こンなことでも。」

珍しく思うことを呟く一方通行に打ち止めは優しい視線を向けた。

「アナタにしかできないことだよ、って訂正してみる。」

「俺だけってことねェだろ?」
「このミサカがたとえ小さな手でも支えたいのはアナタだけ。」
「小さかろうが関係ない。お前にはなんだって掴めるハズだ。」
「アナタにも言えることだって伝えているんだけど、わかる?」

打ち止めは真剣に訴えた。人一人の手に掴めるものなどたかがしれている。
一方通行が打ち止めに掴んで欲しいのは絶望とは逆のベクトルが指す方だ。
それを一方通行にも掴めると訴えている。彼女は強い熱情と共に信じていた。

「この手で・・お前を・・」
「そう、アナタも私もこうして繋がって互いを支えあう。そうでありたい。」

彼女の真直ぐな視線の力強さに眩暈がした。思わず手に力が篭ってしまう。
けれども打ち止めは痛いとは言わなかった。同じだけ握り返そうとしていた。
以前のそれは溺れるものが縋るような気持ちだった。それは白い雪原の記憶。
今ここに在るものはそれよりずっと確かな結び目だった。解れることのないような。
手が離れたとしても切れない、絆とも呼ばれるかもしれない見えない繋がりだ。

「お前が信じるならそれは叶うはずだ。いや違ェな、叶える。必ずな。」
「ふおお・・素直で正直なアナタに眩暈がするよ。これ現実だよねってミサカは」

打ち止めは紅潮した顔を空いていた片手で押えると天を仰いで目を閉じた。
一方通行は繋がっている手に唇を寄せると、打ち止めの指の一本に口づけた。
閉じていた目をあっけなく開けて「なな・・!?」と慌てふためく打ち止め。
気障だとか、恥ずかしいとかそういった感想はそのときには浮かばなかった。
後になっても打ち止めはそうと感じない。妹達が口やかましくそう述べても。

入れ替わるように目を閉じている一方通行は祈りを捧げているかに見えた。
心を落ち着けるように軽く深呼吸して、打ち止めは同じように目蓋を下ろした。
握り合った手と手を互いに捧げるように目を閉じている。一対の像のように。
彼らの間に流れるものは優しい電波に乗っって全身を包み、そして響きあう。

”まるで音楽みたい・・・心地良いな・・”

打ち止めは一方通行から流れ込む温かい波が音のように心地良いと感じたのだ。
対する一方通行は少女と触れているときに常に感じている漣に身を任せていた。
響きあう波と音。目を閉じると広大な海に泳ぐ鯨になったようだ。音は声でもある。


”安らぎってのは・・こォいうもンか・・”

出会わなければ味わうことも感じることもこんな風に身を委ねることも知らない。
少女はまるきり母親のようだ。産み落とされ漂い、学んで成長を促してゆく。
では父親のように自分はなれるだろうか。見守り、遠い未来へ迷わぬように。


「一方通行」
「ン・・?」
「愛してる」
「アイ・・」
「言ってみて?」
「アイシテル。」
「う〜ん・・イマイチ気持ちが入ってないけど今はコレで満足してみたり。」
「も一度、言ってみてくれ。」
「いいよ、こう言うの。気持ちを込めてね?・・・愛してるよ、アナタを。」

今はまだうまく言えそうにないと一方通行は思った。なので口にはしなかった。
その代わりに打ち止めと握り合った手を通り越し、愛を告げた唇に唇を当てる。
ゆっくりと押し付けると小さな口が震えた。同時に長い睫もふるりと揺れる。

”アイシテル?・・愛、している・・愛したい・・愛している、これからも”

繋がった唇も振動して身体全体へと広がった。繋がるという感覚。電源なしにだ。
そういえば人間は微弱な電気を備えているのだ。打ち止めは通常より多いだろう。
だからだろうか、繋がると流れるような感覚。血が通い心も躍る。生を実感する。
 
押し当てただけで唇を離したが、打ち止めはふにゃりと彼目掛けて落ちてきた。

「ァ・アナタったら・・どこでそういうこと・・・覚えてくるのってミサカは・・」
「教えた本人が言うのかよ。俺はお前から教わったンだ。『アイ』ってヤツもな。」

目をまんまるにした打ち止めが一方通行を窺うとそこにはいたって真摯な態度。

「アナタはとっても教え甲斐があるのね。ってミサカは悔し紛れに言ってみる」
「俺にも教えられるコトがありゃイインだが・・なンも役に立ちそうにねェな」
「そんなことないよ。ミサカはなんにも知らないの。アナタのこと教えてね?」
「全部持ってけ。趣味がイイとは言えンが俺から何を取っても構わねェから。」
「じゃあここ。ここが欲しい。」

打ち止めは一方通行の左胸を少し恥ずかしげに指差した。

「ンなもの・・とっくにお前のだ。」

天然の殺し文句に打ち止めは打ちのめされ、再び愛しい男にもたれかかった。







天然というか、一方サンって素で恥ずかしいこと言いそうかなと思いまして;