Tender・・・ 


柔らかく温かく 只管優しいものでできている。
体ごと、髪の一本すら。微笑みも言葉もあらゆる全てが。
その一つとして持たない者なら、眩しくても当然だろう。
隔てるものはたくさんある。しかしそれらを乗り越えて
差し伸べられ、差し出され、惜しみなく与えてくれる。
この幸福を、感謝を、敬意をどう伝えるべきか知らない。



すっかり習慣のように二人は寄り添い眠る。
睡眠を多く必要とするのは人並みを超える演算能力維持の為。
一方通行はそんな理由からも安全な場所では頻繁に仮眠をとる。
戦闘モードへの切り替えは早いが非常時以外寝起きは良くない。
そんな彼でも寄り添う打ち止めに気付いて体勢を変えてやったり
寒そうならば抱きかかえるなどは誰に教わるでもなく学習した。

彼に護られるように眠る打ち止めはその状態が自然のようだった。
スリムな体に添ってスルリと猫のように忍び込んでは安らかな寝息。
今や保護者達には見慣れた光景だった。それは平穏の象徴のようで
あの番外でさえからかいはするものの基本邪魔をしたりはしない。

二人にとってはどうなのだろうか。打ち止めが自然と捉えているとするなら
一方通行は少しでも寄り添っていたいかのように息を潜めてるとも見える。
初めて得た幸福を手放したくない、二度と手に出来ない時を怖れるような、
そんな痛々しさを含んでいると果たして保護者達は気付いているのか。
少なくとも番外は感じ取っていた。だから目を背けてしまうこともよくあった。

”当に奴の弱みって感じ・・”

打ち止めを抱えて眠る様子に番外はよくそう思うのだった。
けれど彼女は知らない。目を背けているからかもしれない。
彼が時折目を覚まし、打ち止めを確かめている、その様子を。
息をしているか、体温や脈拍はどうかなどといった情報もそうだが
まるでそうしていることが現実か否かを疑うかのような心細さ。

その時も彼は先に目覚め、打ち止めの姿を間近に心は宙を彷徨っていた。
横になっている打ち止めは寝返りを打って彼から背を向けた状態だった。
それが寂しいとでもいうように彼女の上に覆いかぶさり寝顔を覗き込む。
打ち止めは身動ぎする一方通行に気付かず、瞳は目蓋に隠されたまま。
彼ら以外は出払ってしんと静まり返った部屋の中では誰も咎めようもないが
幼げな少女を両腕の中に見下ろし、間近に覗き込む少年の目は紅く鋭い。
何か危険な状況が起ころうとしていると見るものがあれが感じるだろう。
実際は膠着して固まったままだが、時の針は刻々と休み無く動いている。
いつまで保たれているのか、次の瞬間に少女はどうなってしまうのか、
物音が僅かでもすれば飛び上がりそうな静寂の中、打ち止めの目蓋が動く。

目が覚めたら、普通なら悲鳴を上げてしまいそうな場面だがしかし、
穏やかに開かれた瞳は直ぐ傍の彼に微塵も驚きを示すことはなかった。
逆に驚くほどのんびりとした動作で目を瞬くと彼に向って微笑んだ。

「・・・あなた起きたのね・・でもミサカはミサカはまだねむいかも・・」

結局何も危険なことは起こらなかった。一方通行は少女から既に距離を取って
何事も無かったかのように背を向けてしまっていた。眠そうな打ち止めだが
彼が背を向けたことに不満気な顔をすると、ぴたりと背中に張り付いた。
瞬間びくりとした一方通行にゴロゴロと喉を鳴らす猫のように擦り寄る打ち止め。
振り向いてヤメロと打ち止めの頭を軽く小突き、体を捩って引き離そうとした。

「断固阻止!ってミサカはミサカはこのポジションを死守してみる〜っ!」
「寝るにしたって俺を抱き枕にすンじゃねェよ!」
「抱き枕にしてはあなたは固すぎてイマイチなんだけどあったかさは手放せないし!」
「お前の体温のが上なのに温かいとかおかしいだろ!?離せ、暑苦しいっての。」
「むむむ、いつになくはげしい抵抗にミサカはムキになってみたりい!!」

一方通行は派手に舌打ちする。しかし打ち止めにはなんの効果ももたらさない。
とうに目は覚めてしまっていたが、意地でも離さないと打ち止めは抱きついている。
終いに諦めて力は抜かれるとわかっているのだ。そしてそれを肌で感じると、
打ち止めはにこにこと笑う。嬉しくてたまらないといった表情を浮かべて。
溜息が落とされ、好きにしろォと投げ出された彼に打ち止めは少し腕を弛める。
そして片方の手を彼の頬に添える。母親がするような慈愛に満ちた仕草だった。

「さっきミサカのこと見てたね。寂しかったの?ちゃんとここにいるのに。」

囁きはますます子供をあやすようで、一方通行は言葉に詰まり顔を歪ませた。

「いいんだよ、怖かったら何度でも確かめて。ミサカはどこにもいかないから。」

甘やかしているとは思っていない。言葉には彼を思いやる気持ちで占められていた。
一方通行は目を閉じた。受け止めるだけでも幸せ過ぎて彼には重いのだ、その重みは
彼を甘やかすどころか裁きを受けて丸裸に暴かれる罪人が感じるものに似ていた。
けれどそんな重い苦しさも幸福なのだ。打ち止めが与えるものは彼にとって全てが。

圧し掛かられて体勢の入れ替わった彼らだったが、今度は危険な香りは皆無。
そこには猛獣を飼いならしてしまったような威厳に満ちた少女の強さが感じられる。
喉元に噛み付くどころか屈服させられてはいても、猛獣は大人しく頭を下げている。
しかし彼は猛獣の本性を一部に持っていたとしても殻は普通の少年だった。
撫でられて甘やかされてそれをすんなり歓ぶにはまだまだ未熟で歳若いのだ。
添えられていた手に細いが大きな男の手を重ね、起き上がると再び顔を近づけた。

「?・・・なになにっ!?至近距離で見詰められるとドキドキしちゃうってミサ」
「確かめていいっつっただろ?」

にやりと口の端だけを上げる不敵な笑みを副えて、一方通行は打ち止めの口を塞ぐ。
言葉や態度とは裏腹にどこまでも優しい口付けは、想いに少しでも報いるためだろう。
やがてゆっくりと下りていった打ち止めの目蓋を確認して彼も同じように目を閉じた。
お互いの存在を強く確かめるため。優しさに優しさで。弱さと強さに。二人の絆に
愛を絡め深く繋がる。どこまでもこうしていられますようにとの祈りをも込めて。







A tendare kiss にするかどうか悩んだですが優しいのはそれだけじゃないので