My Dears <5>


打ち止めが勢いよく部屋を飛び出していったのを見送った一方通行は
着替える前に座り込んで頭を整理した。寝起きは彼のウィークポイント。
一緒に暮らさなくなって油断もしてしまったらしい。そう、昔はよくあった。
彼の寝起きを襲うのがライフワークだなどと打ち止めが言っていた記憶もある。
このままではその言葉通りになってしまう。対策を立てねばと彼は思う。

一方、打ち止めはバタバタと玄関まで引き返したところで立ち止まった。
このまま帰ってしまってどうする!?と我に返るとぱっと方向転換する。
一呼吸してみた。こんなことくらいで慌るなと胸に手を当て自分に言い聞かせる。
あの人の妻になるというのに。”は・・裸くらいどうってこと・・ない!”と
無理矢理に思う。彼だって気まずいだろう。さっさと謝って楽になろうと考えた。
そうと決めると、彼が着替えを済ませるのを居間で待つことにしてそちらへ向った。

居間もソファとテーブルと椅子の3点があるだけのあっさりした部屋だ。
入った直後、テーブルの上に目が留まる。彼の生活圏では見慣れないものが在る。
打ち止めはそれを見つけて思わず微笑んでいた。ゆっくりとそこへと足を進める。

それに見惚れるようにして佇んでいると、居間の扉が開いた。
打ち止めが振り向かずにじっとしているのを一方通行は怒っているのかと疑う。
なのでつい神妙な声音になった。しかし彼も早く楽になりたいのは同じなので

「・・悪かったな、驚かせた。」と、まずは謝罪した。

ゆっくりと打ち止めは振り向く。頬はほんのりと色付いたままだ。
そして一方通行に笑いかけた。花が咲いたような笑顔に彼の心臓が飛び跳ねた。

「ミサカもごめんなさい、大騒ぎして。」と打ち止めもぺこりと頭を下げる。

ぎこちなく頷く一方通行だったが、何を言おうとしていたかを綺麗に忘れた。

「お花を活けてくれてありがとう!ミサカのもらった薔薇も元気だよ。」
「・・そりゃ・・良かったな。」

打ち止めが見詰めていたのは一方通行が活けたであろう一輪のチューリップだ。
花瓶が無かったらしく細長いグラスで代用されていた。仲直りのつもりで買った花、
それは今では出世してプロポーズの花にもなってしまった。お蔭で裸のことは忘れた。
にこにこ上機嫌な打ち止めに考えてはみたが忘れてしまった計画は流して次の台詞へ。

「・・そろそろ出掛けるか?・・別に・・急ぐ必要はないが。」
「ウン行こうっ!てミサカは賛成の意を表してみる。」

途端に「で、どこにあるの?」「どうやって行く?」「ここから遠い!?」と質問攻勢。
打ち止めが嬉しそうなこと、先ほどのことを忘れていることに一方通行はほっとした。



二人で足を運んだ場所は一方通行の職場と打ち止めたちの暮らすマンションの丁度
中間に位置する高級住宅街だった。打ち止めは初めのうちは家々に見惚れていたが

「この辺のお家って・・お家賃高そうだねってミサカは不安を滲ませて呟いてみたり。」
「ここは分譲ばかりで賃貸は無かったな。」一方通行の答えに打ち止めは考え込む。

贅沢は望まない。しかしこれまでに簡単なバイト以外に経験がなく貯えはあまりない。
『家計管理』の単語が頭に浮かぶと、結婚への不安材料が新たに打ち止めに加わった。

「手付けは払っておいた。前の家主は引っ越した後でいつでも住める。」
「えっ!てことは候補じゃなく決定なの!?ミサカは相談して欲しかったかも・・」
「オマエが気に入らなきゃ没にすりゃいい。・・新築が良かったか?」
「仮り押さえということ?ううん、そこに拘りはないってミサカは否定しておく。」

そんな会話を交えてしばらく歩くと、一方通行は足を止め「ここだ」と告げた。
家は豪邸ではなかった。寧ろその辺りでは珍しいほどごく一般的な家屋だった。

「可愛い!よくこんな住宅街に在ったねっ!?どうやって見つけたのか気になったり。」
「紹介。以前住んでた奴が市外へ転勤だってンで・・譲ってもらったよォなもンかな。」
「そっか!良かった。それならばお値段も安心なのかなと思ってみたり。」
「あァ。デカイ家でなくてもいいだろ?新築じゃねェがそれほど年数は経ってねェし。」
「問題なし。っていうか赤い屋根と白い壁の素適なお家にミサカ大感激!」

つい最近引っ越したという元同僚の家は改装の必要もなく内部も綺麗なものだった。 
家具類も置いてあってそのままで使えそうなもの。特に打ち止めが気に入ったのは
さほど広くは無いが庭があったことだ。打ち止めはテラスから裸足でそこへ出てはしゃいだ。

「わーいわーい!お庭だ。嬉しい〜!ってミサカはくるくると廻り踊ってみたり。」
「ここなら犬でも猫でも飼うのに問題ないだろ。」と一方通行が呟くのを聞き逃さず
「それもちゃんと考えてくれたの!?」と感激して打ち止めは彼に駆け寄ってくる。
「ありがとうっ!一方通行。」と勢いよく抱き付き、一方通行に全身で感謝を伝えた。

子供の頃と変わりない無邪気な打ち止めに目を細め、彼はその体をきゅっと抱き締めた。

「わっ!わっ!いきなりは心臓に良くないから離して欲しいかなってミサカは思ったり。」
「いきなり抱きついてきたのはそっちだろォが。ってか離せってのはどォなンだよ!?」
「イヤがってるのではなくて困っているの。だってだって・・ねぇ、近いよ!?」

真っ赤になっている打ち止めに一方通行は意地悪く口を歪ませて笑うと一層抱き締めて
じたばたもがく打ち止めの耳元に「これくらいは困っとけ。」と開き直るような一言を囁く。
文句を言うべきかこのまま身を任せるべきかと打ち止めは悩んだ。既に余裕は失われている。
むむぅ・・と困惑していると、一方通行は突然真面目な表情に戻って打ち止めを見た。
それに気付くと至近距離でどぎまぎしつつも打ち止めは彼を「どうしたの?」と気遣う。

「あの・・なァ、オマエに断っておく。」
「真面目な話ならちょっと腕を弛めて欲しいって動悸を鎮める意味でもお願いしてみたり。」

打ち止めが懇願すると腕はゆるめられ、ふっと開放感に包まれた。ところが離した後に
一方通行の両腕は打ち止めの両肩に乗せられ、真剣な眼差しが真正面から差し出される。

「これからオマエをたくさん泣かせるだろォってことだ。」
「・・?・・ぁ・・」

打ち止めが疑問を口に出す前に唇を封じられる。それはこれまでのキスとは随分異なっていた。
思わずぎゅっと目を瞑ったのは反射的なもの。一方通行の片手はまだ打ち止めの肩にあり、
もう片方は頬に添えてあった。打ち止めはキスを受け止めるのに精一杯で足元がふらつく。
それに気付いたのか一方通行は再び腰を引き寄せた。打ち止めの動揺は当然大きくなった。

こんな風な彼を知らない。打ち止めは余裕のない頭の隅で思った。

ぼんやりと遠い記憶を思い出す。一面の雪景色。そこで初めて一方通行に抱き締められた。
あの時彼は世界を救うために飛び立っていった。打ち止めは浮かぶ彼に必死で手を伸ばした。
身が引き裂かれるかと感じた。今でも覚えている。けれど、あのときの抱擁とは違う。

再び愛すべき日常が戻ってきた。彼が帰還して自分と番外を救い出してくれたから。
胸の熱くなる幸せな思い出だ。二人をまとめて抱き締めた一方通行は頼もしくて眩しかった。

自分は彼を保護者だと思ったことはなかった。ずっと護られているとも感じていたのに。
当時ははっきりと自覚していないが、彼をもまた、自らが護りたいと切望した。今もそうだ。
優しさや労り。彼自身が気付いていない純粋な心を傷つける何もかもから救い出したくて
だから懸命に手を伸ばし、彼に触れた。暖かい自分に気付いてもらえるようにと、縋るように。
何故なら彼は怯えて手を伸ばすことを忘れてしまっていた。甘えることも当然のように知らない。

彼の想いが見え隠れするともどかしい。求めて欲しかった。どんなに我侭でも。

そんな一方通行が今現在示している狂おしいと思えるほどの熱に途惑う。
歓喜を覚える一方で圧倒されている。求めを受けるつもりはあるのに体は悲鳴を上げた。

「っ・・・っ・・はっ・・・あっ・・く・・る・・しっ・・」

上手く息が継げず打ち止めはもがいた。声らしきものを搾り出すとやっと解放された。
肩が上下するほどの荒い息に打ち止めの顔は真っ赤に紅潮している。一方通行はしかし
対照的なほど静かだった。息を荒げているのは自分だけだと思うと羞恥心が煽られる。

「すまン・・加減したつもりだったンだが・・」
「ごめん・・なさ・い・・ミサカもしかして・・ヘタ・・なのかな?」
「上手くなくていい。俺だってこういうことは知識だけで己の技量すらわからねェ。」
「他の人と比較しないでね?!ってミサカはコワい想像しそうになって焦ってお願いしてみたり。」
「しねェよ。オマエがいい・・ってか俺はオマエじゃないと駄目だ。」

静かだと思ったのは勘違いだったのかと打ち止めは考え直した。一方通行の腕や舌と同じく
彼の瞳も赤々と燃えるようで、打ち止めでないとと告げた声も表情も切なさで苦しげだった。

「ミサカも・・アナタじゃないと嫌。アナタが好き。愛してるの。」
「・・・最強だな、相変わらず・・何度でもそうやって俺を・・・」

一方通行は途中で言葉を途切れさせた。泣きそうに顔が歪んだかと思うと
打ち止めの肩に頭部を乗せ、華奢な体に子供のように縋る。大きな背を丸めながら。
よしよしと母親のように打ち止めは撫でる。そういえば迷子だった彼を見つけたときもそうした。
ほとんど意識の飛んでいた彼は今よりずっと小さな打ち止めに凭れかかると黒い翼を消し去った。
あのときも愛を感じた。離したくない、ずっとこの人の傍にいたいと強く希んだ。

「・・オマエに触れたら・・傷つけてしまいそォで・・触れたくて堪らなくても・・できなかった。」
「そうか・・うん。ミサカわかってた。いいんだよ、これからは遠慮しないで抱きしめてね。」
「何度も心臓を抉られるかと思った。オマエの言葉に、手に眼差しに貫かれて・・・死ぬかと・・・」
「死なないで。アナタ自身の心も殺さないで。死にたいと思わないで。何度もそう思ったんでしょう」

彼は無言で頷いた。「何度も死にそうに苦しくて」「いっそ殺されたかった」と、言えなかった。
実際に血塗れの手をしていて、それを知っていても愛してくれる美しい魂と穢れない打ち止めに
「殺して欲しい」とはどうしても。言えない分苦しみが増そうとも一方通行は構わないのだ。

「でも・・もう決めてくれたんでしょ?これからは・・抱いて、キスもしてくれるよね。」
「・・・したい。きっとする。オマエがぎゃんぎゃん泣き喚いても・・全部俺がもらう。」
「わぁコワい!でもとっても嬉しい。アナタも怖いならおんなじだし。大丈夫だよ。」
「くっそ!・・カッコわりィ・・つうか・・オマエがカッコ良過ぎ。ヒーローかよ。」
「なんという賛辞!?アナタだってミサカのヒーローなのに。この世でアナタだけ。」
「そォか、そりゃア・・めでてェ!ずっと俺はオマエのそれになりたかったからな。」
「ミサカもアナタの願いを全部叶える無敵のヒロインになりたい!」
「そりゃもうとっくの昔に叶ってるぜ?」
「うにゃにゃっ!!??」

打ち止めが50度の熱湯風呂にでも漬かったように真っ赤に茹る。一方通行は慌てた。

「とっときどきアナタの繰り出す天然アタックにミサカかなり・・免疫機能も働かないし・・」
「・・?何言ってやがる!?脳みそ沸騰したみてェな顔して。大丈夫かよ?!」
「あbうW・・・ダイジョウブ。それより誉めて一方通行!電撃を出さずに抑えられたの!!」

一方通行は「そうか」とだけ返した。心配そうな顔で真っ赤な打ち止めの熱を手で測ったりしている。
打ち止めはそんな彼の様子がおかしいやら可愛いやらなのだが、まだ彼からの言葉に酔った状態のまま。
ストレートな愛の言葉より効果がある無意識の台詞。彼はとても女性にもてるだろうと日頃から思っている。
そしてもしも特殊な環境と能力のない一般人として彼が育っていたならば・・更に相当苦労しただろうとも。
出会う女の子を次々と撃沈して(本人自覚無しに)打ち止め自身もそうで。だからだから・・・

「ミサカはミサカはアナタがアナタで本当によかった!ってこの世に感謝を捧げてみる。」
「はァ?!・・・オマエがオマエでなかったら、この世なンざとっくに滅ンでるかもな。」
「それはあまりにも悲観的過ぎない?ってミサカは大げさなアナタに眉を顰めてみたり。」
「俺が狂って地球を丸ごとブッ壊したりしないためにもしっかり生きてろよ。打ち止め。」
「・・・もう!またキタ!?一方通行!責任取って。ミサカ体が熱くてたまんない!」
「えェと、つまりそれって・・誘ってンのかァ?!?」

とうとう地雷を踏んだらしい彼に打ち止めは涙付きの猛抗議を開始した。多少電気漏れもしている。
いきなりの可愛い憤慨と電撃に困惑する一方通行。新居となる家には初っ端から甘い空気が流れた。






おっお待たせしました!!ぐぬう・・何度書き直させてくれんのかな、この二人。
なんとか希望通りいちゃいちゃに成功・・したようなしないような・・続きます!