My Dears <3>


カエル似の医者は揃って頭を深々と下げる二人に笑いかけた。
困ったときは何時でも力になるとの言葉に頭を上げられなくなり、
一方通行は俯けたままの顔を歪ませた。そんな彼をやや小柄な医者は

「君は随分大人になったね。頼もしい若者にしか見えないよ。」

そんな風に下から覗き込むように言うので益々一方通行は動けない。
寄り添ってそんな彼を気遣う打ち止めに対して彼は顔を上げると、

「君達は僕の患者だ。遠慮なくこれからも頼って欲しい。」
「それに君達のことを見捨てることは”許さない”人と約束したのでね。」

それは芳川桔梗のことだと二人にはすぐにわかった。どういう関係なのか
詳しく語られたことはないのだが、彼らには何らかの繋がりが感じられる。
年齢的には芳川はかなり下であるはずなのに何故か彼女は敬語を用いない。
ただ二人の間に流れるものが何であれ、結びつきは温かいものと思われた。
医者との面会は「次の患者が待っているので失礼するよ?」と打ち切られた。


「ここってなんだか昔のお家って感じもするなぁ・・なーんて!?」
「最初に培養液に漬かってたのはここじゃなくて研究所の方だろ。」
「とするとここは2番目の転宅先ってことかなって思ってみたり。」

一方通行と打ち止めがそんな風に病院のロビーから玄関へと向かう途中でのことだ。
見慣れた顔と出会った。先の医者の世話になっている数名の妹達の内の一人だった。

「相変わらず仲睦まじい様子ですね、とミサカは別に羨んではいませんが敢えて言ってみます。」
「コンニチハ、元気そうだね?!10032号。」
「・・・他の妹達も変わりねェか?」
「何かあれば上位固体を通して伝わるはずですのでその質問は無用とお伝えしているはずです。」
「えーっと・・言い方は変わりないけど伝わってるよね?ってミサカはアナタを窺ってみたり。」
「あァ、要するに心配すンなっつゥことだろ?今のは。」
「その通りです。今日は妹達を代表してお祝いの言葉を”おめでとうございます”と述べます。」
「どうもありがとう。また連絡するからね。」
「はい。ですが惚気の類はご遠慮します、とミサカは暗に冷やかす意味で付け加えておきます。」

相変わらず無表情な妹ではあったが、去り際に口元が微笑んでいるように見えた。
一方通行はその微笑に少し似通った不器用な笑顔を返しつつ、「ありがとうな。」と告げた。
去りかけていた妹は振り向くと会釈し、「どういたしまして。」と小さく返事した。

「アナタと妹達の関係も随分変わったよねってミサカは改めて感動に胸を打たれてみたり。」
「・・もう他人じゃないしな。」
「良かったね、これからは堂々と心配してるって主張してもいいんじゃない?」
「ンなアピールしてどォすンだ。」
「皆わかってくれてるよ。イイ子達でしょ?!」
「・・そォだな。血は争えないってことか。」

弄ぶように彼が奪い取っていった妹達の命。彼の犯した罪は消えない。消せるはずもない。
本来ならば我が身の幸せなど省みる資格もない一方通行という咎人を妹達は恨まない。
恨まないことが更なる痛みを彼に課しても、あの番外が昔糾弾したように「許さない」と
呪詛のような言葉を投げ掛けたとしても、もうどちらでも彼は受け入れてしまっていた。

生と殺、苦しみと喜び。出逢った打ち止めが語ったように、そんな血塗られた過去も含めて
一方通行という人間なのだ。彼は傍らの自らを気遣うように見る打ち止めに赤い目を細めた。
全て受け入れて、飲み込んで、今。幸福を傍らに抱えて生きている。これからも生きてゆく。

「オマエだけはどうしたって・・失えない。俺一人のためってンじゃねェ。」

打ち止めは一方通行の手を取ると、同じ気持ちであることを伝えたくてしっかりと握った。

「アナタだってそうだよ。ね、一緒だから。ずっと・・」
「打ち止め」
 
二人は互いに見詰め合った。それは二人にとってはごく自然な流れだった。のであるが、
拙かったのは場所だった。まだ病院内で玄関先には人目も多い。周囲から視線を浴びる。
慌てた二人はその場を去ろうとしたが、急いだせいで足をもつれさせた一方通行がよろけ、
咄嗟にそれを庇おうとした打ち止めを巻き込んで倒れこんだ。周囲の視線は更に集まった。

「こんなとこで押し倒すのはマズイんじゃないのかー?!白い兄ちゃん。」

いつの間にか出来ていた人垣の中からそんな声が掛かった。二人は一気に頬を染める。
必死でそれらのギャラリーを押し退けて玄関を出ると、目の前のタクシーに飛び乗った。

「くっ車で来なくて正解だったねっ!ってミサカはミサカは結果オーライを喜んでみる。」
「そっそォだな。っつうか押し倒してねェから!転ンだンだよ、わかってンだろォな!?」
「わかってるよ!ちょっと重くてびっくりしたけど、そこは目を瞑ってあげるってミサカは・・」

「あのー・・・どちらまで?なんなら適当に走らせときますか!?」

タクシーの運転手はどうやらベテランらしく、状況に動じることなく対応した。
ところがそうさらりと訳有りなカップル扱いされたことで二人は一層顔を赤くする。
一方通行が何とか口を動かして行く先を告げることができるまで、数秒の時間を要した。

「はぁ・・良いお天気だからここから歩く?」
「・・・・昼飯でも食ってくか?」

急いで告げた行く先は病院からそれ程離れていなかった。適当に言ったせいである。
黄泉川のマンションを告げても良かったのだが今の状態が到着までに治まるか疑った。
そういえば昼時だと思い至ったので一瞬の判断で飲食店の並ぶ通りを指定したのだった。
打ち止めも賛成し、どこで何を食べるかを悩み、とあるレストランへと足を運んだ。
彼はその判断を正しいとしたのは、打ち止めの意識した態度が変わらなかったためだが、
自分もぎこちない態度が続いていることに落胆する。食事により二人共落ち着くことを願った。

「そういえば、最初はファミリーレストランで一緒にお食事したよね!?」
「あァ、そうだったな。」

一方通行の願いはあっさりと叶い、打ち止めは楽しそうにメニューを眺めて言った。

「う〜ん、何にしようか悩む・・むむぅ・・どれも美味しそうってミサカは・・」
「好きなモン何でも言っとけ。”ゴチソウ様”まで帰ったりしねェから。」
「うふふ・・懐かしいね。アナタとはそれから何度も”いただきます”したけれど。」
「まさかなァ・・あん時はンなことになるとは・・」
「そうだねってミサカは素直に肯定してみる。これからもいっぱい言おうね!?」
「あァ。ってか二人だけってのは久しぶりだな?ホントにあン時以来か・・?」

出逢った頃を懐かしみながら、食事中は和やかだった。
ところが会計を済ませて外へ出た途端、一方通行に仕事先から電話が入った。
休日であるのにどうしても彼でなければならない用件らしく、一方通行の顔は曇る。
せっかくのデートらしき二人の時間が打ち切られるのは、打ち止めにも歓迎はできない。
しかし、ここは大人な態度を取ろうと決意したらしい打ち止めは一方通行の話が終わると

「心配しなくてもここから一人で帰るから、アナタはお仕事へ行って?」

笑顔を浮かべてそう言う打ち止めに一方通行は小さく息を吐く。

「悪りィ。また連絡する。・・・オマエ寄り道しねェでとっとと帰れよ?」
「なんでそんな目で見るの!?迷子になんてならないよ!?ミサカを幾つだと・・!」
「他にも心配する事あるだろ!大人ンなった気がしねェのはオマエの言動にも一因あるぞ。」
「他!?他って・・えっと・・例えば?誘拐とかはさすがにもう無いと思うんだけれど?」
「・・・・拉致が常習ってイヤな過去だな、オイ。くだらねェナンパとかあるだろ!」
「ナンパ!?って、ミサカないなぁ・・もしや魅力に欠けるの!?って戦慄してみたり。」
「そりゃア偶々だろ。・・タクシー拾うからそれで真直ぐ帰りやがれ。」
「過保護。いつまでお子様扱いなの!?奥さんにしようってヒトつかまえて失礼だよっ!」
「オマエの危機感の無さだけはどーしよォもねェな。いいから言うこと聞け、クソガキ!」
「また!その呼び方いい加減に止めてって言ってるのに、アナタも口調が直ってないよ!」

意識していたかと思えば、気付くと二人はいつもの調子の言い合いになっていた。
深刻なものでなく他愛無い部類ではあるが、路上で言い争っているとまた人目を引く。
しかし口喧嘩には慣れっこになっているせいか、今回は視線に気付かない二人だった。
結局喧嘩別れのような結果になった。保護者たちがいれば間違いなく呆れているだろう。
将来を誓ったとはいえ、彼らはまだまだ若造であり、人生経験は豊富だが特殊過ぎた。
つまり日常という一般人の常識からすれば、豊富な経験は生かされていないようだった。

プンプンしながらアホ毛を揺らし打ち止めは通りを歩いた。タクシーを拾う気はないらしい。
意地っ張りだとか、子供っぽいという自覚はある。なので多少の落ち込みを隠す意味で
威勢よく腹を立てていますといった風に歩く。だが次第にその歩調は緩み、気分も凪いでいく。

”あのヒトのこと責めたりできない・・ミサカったら何やってんだろね・・?”

「打ち止め!?偶然だな、打ち止めだろ?」
「あなたは・・久しぶりだね!?」

打ち止めは俯きかけていた顔を上げて声の方を振り向いた。その先に立っていたのは
黒髪短髪のごく普通に見える青年だ。上条当麻。因縁は深いが接することは少ない男だった。

「やー、随分綺麗になったなぁ!?アイツから時々惚気られてっけどもな。」
「なっ今なんて!?聞き捨てならない台詞を耳にしてしまった!とミサカは驚愕してみる。」
「へ・・?」

打ち止めはその後、寄り道をする。再会した知己と別れ難かった、というよりも
彼の口から一方通行に関する自分の知らない情報が得られそうだと期待したためだ。
上条は普通の外見と違い特殊な仕事をしている。そしてその仕事に一方通行は無関係ではない。
簡潔に言うと、彼らは学園都市を牛耳る暗部を一掃するという目的で共闘した過去があった。
壮絶な闘いを終えた後、彼らはそれぞれの特技、能力を生かした仕事へと分かれていった。
学園都市の外部との折衝役のような仕事をしている上条と、都市の頭脳代表である一方通行は
関わりが深い。仕事の内容は全く別物だが、切り離せない位置に存在しているのだった。
つまりは一方通行とも付き合いがあるということ。打ち止めが知るのはそれくらいだった。

「あのさ・・俺はもう行かないと。打ち止めは帰らなくていいのか?」
「・・時間の経つのって早いね!ミサカは時間を確認して少々焦ってみたり。」

お茶を飲みつつ凡そ2時間は一緒にいた二人はそんな風に別れ、打ち止めは帰途へ着いた。
打ち止めは予想外の情報を得ることもできた上条との邂逅を単純に喜び、機嫌良く帰宅する。
しかしその『寄り道』が後に厄介なことを引き起こすとは思いも寄らなかった。








3話は繋ぎのようなものなってしまいました。続きます。
次こそはいちゃいちゃさせたいんですけれど〜!?><;