My Dears <2>


芳川桔梗は相変わらず化粧っ気のない顔で微笑んでいた。
彼女は随分大人になった印象の打ち止めと一方通行に対して、
時を止めたかのように数年の月日を感じさせず変わりない。

芳川は過去の彼らとの因縁に関わることは口にはしなかった。
しかし先ほどの一言には深く関わった者の自責が重く滲み出ていた。
打ち止めはそんな彼女の前に跪く。そして涙を湛えた瞳で芳川を見た。

「・・ヨシカワはミサカたちのことが好きでしょ?って尋ねてみたり。」
「ええ、勿論よ。とても好きだわ。」
「ミサカもヨシカワが大好き。・・ただそれだけなんだよ。」

泣き出しそうな顔色とは裏腹の力強い声で、打ち止めは芳川に告げる。
芳川桔梗は少し目を瞠り、愛しそうに眼の前の打ち止めの前髪を退けた。

「ふふ・・そうね。余計なことを言ってごめんなさいね。」

にっこりと打ち止めは笑顔になり、芳川の膝に甘えるように頭を乗せる。
子供をあやすようにその頭を撫でると、傍らの一方通行に向けて、

「何もかもを乗り越えてきたあなた達を、私は誇っていいかしら?」
「ああ、いいぜ。資格とかくだらねェモンは必要ねェ。身内としてな。」
「はぁ・・なんて幸せなのかしらね。生きていてよかったと思うわ。」
「ヨシカワったらそれじゃおばあちゃんみたいだよっ!ってミサカは・・うぐぐ」
「”お母さん”程度にしておきなさいね!この子ったら。」

流石に祖母扱いは独身女性には酷であったようで、打ち止めは頬を抓まれたのだ。
けれどその小さな痛みは彼らが築いてきた信頼の証であると彼らは理解している。
色んな想いを抱えて、それでもこうしているのは打ち止めの言った通りなのだと。
負い目や贖罪などでなく、お互いに寄せる信頼と愛情が育てたものに他ならない。

三人がそんな気持ちを温めあっていたところへ突然別の声が掛けられた。

「・・・ただいま!っつってんのに聞こえた〜!?ミサワがお帰りですよ〜!」
『お帰り!(なさい)』嬉しそうな打ち止めと芳川。一方通行だけは顔を顰めた。

番外固体は飲んできたわりに素面な様子で、酒臭さもほとんどなかった。
一方通行にまず視線を送る。しかし無言で過ぎると打ち止めに近付いた。

「まだ第一位の毒牙に掛かってなかったみたいでミサワほっとしちゃった〜!」

言いながら打ち止めに縋るようにして甘えた。先の芳川と打ち止めのように。
昔よりは大きくなったが、打ち止めの方が小柄なので、押し潰されそうな勢いだ。
しかし打ち止めは慣れた手つきで番外を抱きかかえるようにする。そして背を摩った。

「心配しなくていいのにってミサカはぼやいたり。可愛い妹だから許しちゃうけれどね。」
「ねぇ今晩はミサワと一緒に寝ようよ。いいでしょ?なんか睨んでる奴いるけど無視してさ。」
「そうね、もう遅いし順にお風呂入って寝ましょうか?あ、一方通行の部屋は掃除しておいたから。」
「そりゃどーもォ・・」
「フフン、なぁに?その不満顔。もしやもう新婚気取りなの、”お兄ちゃん”は?!」
「不満なンかねェ、オマエにしちゃ早めに帰ってきたし、あンま酔ってないしな。」
「兄キ風吹かせちゃってヤな感じ。ねぇ、今晩コイツが悪さしないように締めとく?お姉ちゃん。」
「久しぶりの兄妹喧嘩もいいけど、たまには仲良くしてみせてくれないかなって思うなぁ。」
「ヤダよ!エロいことされそうになったら直ぐ泣いて逃げなよ?それが一番効果あるから。」

「はいはい、そのくらいにして。あなた達はそういうのは愛穂の起きてるときになさいね?」

一方通行はいくら番外が何か言ってもむすっとしてはいるが何も言い返さない。
抑えているのとも違うようで、その表情を読んだ番外はどこか寂しげな笑みを浮かべた。 
皆が寝室に引き取り、黄泉川家に静寂が下りる。打ち止めの部屋には番外がいた。
枕を並べ同じベッドに横になると、打ち止めは番外の方を向いた。

「久しぶりだね?一緒に寝るの。」
「嬉しい?それとも途中でアイツんとこ行っちゃう?」
「行かないよ。あのヒトだって困るんじゃないかな?」
「困んないよ!何度でも言うけどアイツ絶対ヤラシイし、何するかわかんないって。」
「う〜ん・・じゃあ寝込みを教われないように引っ付いて寝ようか?!」
「いい考えじゃん・・ね、キスくらいしたよね?」
「え、なんで?ってミサカはちょっと途惑ってみる・・」
「悔しいんだ・・・憎らしい。」
「ミサカのことが?」

打ち止めの瞳が翳ると同時に番外の瞳も曇った。「・・・・」番外は言葉が出ずに黙る。

「欲張りなミサカのことが憎い?」
「憎んだって・・しょうがない。」
「大好きなの。それしかないんだよ。」
「わかってる・・・ごめん。我侭言って・・」
「いいよ、我侭で。イイ子になんてならなくていいんだよ。」
「うん・・だから今夜は・・ここに居て。」

二人は手を繋いで目蓋を下ろした。二人だけの夜を抱きしめるように。
言葉はもう打ち切った。言い尽くせないから手を握る。強く握り締めた。

”幸せもネットワークのように繋がってる。だから幸せでいてね。”打ち止めは願う。

”悪意以外は全部くれたよね。だから返すよ、幸せでいて。”番外はそう願いながら。


翌朝、黄泉川愛穂は一番に起きて皆を起こして廻った。
炊飯器からは朝から様々な匂いが漂い、彼女の張り切りを応援していた。

「昨夜は私だけ除け者で不満じゃん!だからその分も一緒に朝ごはん食べるじゃーん!」

その宣言通り賑やかな食卓になった。一家勢揃いも久々の貴重な朝である。
黄泉川の音頭で乾杯までさせられ、2名ほどは苦い顔をしたがそれでも従った。
打ち止めからの結婚報告と一方通行による今後のことなども少しばかり語られた。
そんな中、番外固体は

「あーミサワもついでだから報告。ミサワ”お付き合い”することになったから。」

という爆弾発言をして家族一同を驚かせたが、それ以上説明しようとはしなかった。
そんな賑やかな食後に、改まってされた一方通行の感謝の言葉に黄泉川は涙ぐみ、

「こっこんな立派んなって・・ああやっぱ涙出たじゃんよ!こいつうううっ!!」

羽交い絞めにされた上、頭部を鋼に匹敵する拳でぐりぐりされ一方通行は呻いた。
打ち止めは必死で止め、芳川はやんわりと「メンテナンスに困る」からとたしなめ、
番外は「もっとやれ!」と囃し立てる。黄泉川家の団欒は変わらずに其処に在った。

「私らはこれからも家族だ。皆忘れるんじゃないじゃん。」黄泉川はそう言った。

昔ならば甘ったるいと吐き捨てたような言葉を一方通行は厳かに胸に刻んでいた。
反抗して「馬鹿だ」と目を背けていたことも今は懐かしさのする優しい記憶だった。
怪物と怖れられた小さな子供はもういない。何もかも飲み込んで一人立っている。
そうしていられるのは彼を取り巻く全てを跳ね返すことなく受け止めてきたからだ。
一方通行は打ち止めを見詰める。彼女との出逢い。全てそれが始まりだったと。
繰り帰し気付かせようとしてくれていた打ち止めに抱えきれない想いが溢れる。
ふと彼の視線に気付いた打ち止めが微笑んだ。そしてそっと近付くと手を伸ばす。
互いに何も言わず、ただ指を絡ませた。頬を染めた打ち止めが一方通行を見上げる。

「・・ミサカだけドキドキしてるのかな?こーいうのって。」
「俺はもう通り過ぎたっつうか・・昔オマエは平気そうだったが。」
「・・今アナタは平気ってこと?ちょっと不平を抱かないでもないってミサカは・・」
「それよか、抜けるぞ。いいな?」
「へ?どこ行くの!?」

「黄泉川ァ、ちょっと借りてくぞ。行き先は芳川に言ってあっから。」

繋いだ手をそのまま引いて、一方通行は黄泉川家を出た。
杖をつかなくなったとはいえ、彼の体が全身元通りになったのではない。
リハビリの末なんとか、といった具合だ。それでも人並み以下の速度しかない。
なのに打ち止めが早足に見えるのは単純に歩き方と歩幅が原因だった。
つまり身長の差がそのままコンパスにも影響して大柄な彼の方が速いのだった。
どこへ行くのかを尋ねても一方通行は教えない。しかし途中で打ち止めは気付いた。
何度も通った馴染みの場所だ。そこが馴染みというのは特殊な出自のせいでもある。
そこは病院で高名なとある医者が腕を奮っている。高齢であっても今も現役だ。

「お医者さんのところだね。ミサカは昨日ヨシカワと話してたのに忘れてたよ。」
「あァ、連絡済みだと。忙しいから掴まえるのは結構難しいだろォから助かったな。」
「流石はヨシカワだね。知ってる?ヨシカワってあのお医者さんのこと・・・」
「そういうことは黙っておいてやれ。」
「あ、やっぱり知ってたのね。ってミサカはアナタの意外に情報通なとこに感心したり。」
「MNWに個人情報流すなって言ってるのは俺達のことだけに限らないからな。」
「アナタはそんなこと言うけど、ミサカは皆の最終信号だというのに結構不自由していたり。」
「・・妹達に不適切な情報はオマエに行かないように言ったのは俺だ。」
「なななっ!?ちょっとそれって・・?!」
「賛同してくれたぜ?番外すら賛成したからな。オマエを護るためだっつって。」
「まさかの新事実に憤ってみたり!ヒドイよ、そんなの。そのせいでミサカはミサカはっ」
「大人向けの情報のごく一部だけだ。知らなくていいことだけだから気にするな。」
「もうミサカだって大人だもの!それで検索してもエラーになったりしてたのか〜!?」

二人の間にまた口論が起こりそうな不穏な空気が漂ったが、そこは既に目的地の病院の前だった。
打ち止めは一先ずもやもやを心に仕舞い、恩のあるカエル似の医者の元へと向かった。
つい今しがた手術を終えたらしい医者は、術服を着たまま彼らとの面会に応じてくれた。
その柔和な目が細められると、一方通行と打ち止めの二人は自然と頭を深く下げた。






2話目はいちゃいちゃできなかったです、残念!(ワタシが)