My Dear <2> 


まだ日は高いというのに、春の空は少し重い雲を含んで
晴れ間は微かに霞んでいた。刻々と変わる様も春らしい。
都市の天気管理も高度になって、まるで自然界の空同様だ。
路面を走る電車の窓側の席に座る打ち止めの手には一輪の花。
しかしそれは膝の上に置き、窓の外の広い空へと目を向ける。
今日の約束の場所へ向かう途中、数日前のことを思い出しながら。

「・・だから、アナタだって・・!」
「オマエのことだって俺は・・そこまで縛った覚えはねェよ!」

そんな口論は今までにもたくさんあった。数など数え切れない程。
答えの出ないそんなやり取りにどちらかというとうんざりしていた。
けれど心のどこかでそのことにほっとしてもいた。変わりないことに。
このままずっと他愛無いことで言い合って好きにしろと言われ続けて
そうしていたい気持ちは確かにあった。打ち止めだけではないかもしれない。
どんなに怒っているように見えても彼は打ち止めに怒りをぶつけたりしない。
じゃれていると評されるくらいに端から見てもそうとわかるのは彼の優しさ。

”アナタを独り占めしていたいミサカは・・・拗ねたの・・”

まるで生まれたときからの兄と妹のように、気の置けない会話が楽しかった。
矛盾した想い。兄や、まして親だなどと称される度に腹を立てていたくせに。
黄泉川家での生活はそれほどに彼らにとって居心地が良かった。『家族』、
そう言ってなんの抵抗もなくなるほどに馴染んで、とても幸せで・・・

「謝らないよっ!」
「そォかよ、勝手にしろ!」

意固地になって背を向けた。とても大人気ない行動。子供の頃のままの。
彼が仕事先の誰かから紹介された女性とお見合いしただなんてことを知って。
一々断る必要もないと言われて逆上したのだ。自分はアナタの何なのかと。
そんなことを尋ねても仕様が無いのに。家族という括り以外に何もないのだから。
一方通行・・・なんて皮肉だろうか。彼の想いと自分の想いは交差しない。
知っていたのに。望まれていないことを。一方通行が求めているのは家族であって、
打ち止めという固体ではないのだ。愛して、愛される対象として存在していない。
ならば殺されたいと願った。他の誰も代わりにならない。あのヒトだけが唯一なのに。
傲慢だと詰られても事実そうなのだから。あのヒトがいなければ他の何をも愛せない。

”わかって、一方通行。ミサカは・・ミサカで終わりにしてほしいの!”

見上げる空は鉛色を濃くし、今にも雨が落ちてきそうな表情に変わっていった。


芳川桔梗と別れた後、手に持った一輪に目を落とすと一方通行は一つ息を吐く。
らしくなかろうと、そう決めた。だから余計なことは考えまいと首を竦めた。

花は薔薇。愛を請う言葉を持つ物言わぬ生きた伝達物が彼を見詰め返す。
陳腐で使い古された手なのかもしれないその植物に縋るように手に携えて。

”こンなもンでも・・・アイツなら喜ぶンだよ・・やるせねェくらいにな。”

くだらなくても、どれほど安っぽい言葉であっても、それが自分からならば。
一方通行の紅い瞳に灯る光。思い浮かぶのはいつもその笑顔と姿だった。
姿は様変わりしていったが、笑顔は変わることなく彼の眼の前にあったから。
どんどん女らしくなって目を細め、距離を置こうとしても追い詰めて来られた。
デリカシーだの、女心だなどと、わかるはずもないものを要求されて辟易した。
それでも目を離すことはできなかった。この世に生きる意味も変わりようは無く。
喜ばせたくて、なにものからも護りたくて、愛しさに幾度も身を焼かれそうになって・・ 

”もうとっくに答えなンか出てるってェのに・・・何万回演算したって同じことだ”

だが打ち止めにいざ向き合うとまた誤魔化してしまわないか?思うと冷えた汗が出る。
ぼんやりとしている場合ではない。約束までに時間はあるし場所もすぐそこだが、
早めに行っておいた方がいいだろうと一方通行は規則正しく床を打って歩き出す。
やがて数分ほどで目的地に辿りついた。誰もいないガランとした広い空間が出迎える。
そこは医療検査などを研究者たちに提供するビルで、何度か利用したことがある。
普段から健康診断や特定の検査しか行っていないので時間外は利用者も見当たらない。
一階から3階までは吹き抜けになっていて、ガラス張りのビル内中央にはオブジェ。
5メートル近いものだ。高い位置に金色の大振りなアナログ時計が嵌めこまれている。
時計は正確に時を刻んでいて、待ち合わせまであとどれくらいかを知らせていた。

コツ・・と女物のヒールの音が遠くから響いた。振り返るまでもなく誰だかはわかる。
こんな場所に用もなくやってくる者などめったにいるはずもないのだが、そうでなく、
一方通行には打ち止めの歩調や歩幅などからすぐに彼女だと特定できるからだ。
背中越しに響いてきた靴音でそうとわかり、彼は手にしていた一輪を隠すようにして
振り向いた。そこに、やはりその人物がゆっくりと近付いてくるのが見えた。

長めのスカートやブラウスは春らしい色で打ち止めの好みでもあり、似合っていた。
手を後ろで組んでいるようで見えない。もしかすると・・彼は一つの予想を思い描いた。
同じような格好で向き合うことになって確信する。打ち止めの背にあるものはおそらく、

「まだ時間あるのに・・早いね、ってミサカは3日ぶりのアナタに挨拶してみる。」
「そっちもな。俺が遅れたらこンな何もないとこで待ちぼうけするところだ。」
「アナタが早く来てる気がしていたり。当たっていたって鼻を高くしてみる。」
「高くなってねェけど?あ、こりゃ元からか。失礼!」
「ゴホン!今日は仲直りのつもりだったんだけどってミサカはアナタを睨んでみたり。」
「そォか。なら、そういうコトにしとくか?」
「ただし、条件があるの!ってミサカは先手必勝でアナタに告げてみるよ。」

一方通行は少し目を瞠った。打ち止めは背筋を伸ばし、髪をさっと後ろへ流す。
挑むような目付きだが、やはり両腕は何かを隠し持つように後ろに反らされていた。
そんな打ち止めの持ち出した条件に耳を傾けるべく、一方通行も同じように姿勢を正した。










ぐわあっ・・・とろいペースっ!ごめんなさいっ;