My Dear <1> 


こんなにも幸せなのに、人は我侭にできている。
打ち止めという名の年頃の娘はつくづくそう思う。
生きている。大切な人達に囲まれて。それでいて
些細なことに一喜一憂。自分が単純なせいもあるが。
一番贅沢だと感じるのはそんな自分を想ってくれる、
大切な大切な、出逢ったときから唯一のあのヒト。
あのヒトを困らせたり、拗ねてしまったりすること。

「お嬢さん、これでいいですか?」
「わ、素適。ありがとう!可愛い。」

花屋の店員は一輪だけ買い求めた客に優しい目を向けた。
綻んだ笑顔に見惚れるように。打ち止めは機嫌良く店を出る。
仲直りの標しは店先で見つけた桃色のチューリップだった。
打ち止めも同じ色のスカートを着けていてお揃いになった。
リボンは悩んだ末に赤にした。あのヒトの瞳の色も好きなカラーだ。
仕事は今日早いはず。彼の勤め先には知人が多いので情報は硬い。

打ち止めはどんな風に謝ろうかなと色んなシチュエイションを描く。
きっと彼は許してくれるとわかっているから笑顔になる。何故なら
世界中で一番、彼は自分に甘いと自覚しているから。自惚れでなく。
何を隠そう、打ち止めもそう思っている。例え彼が全世界を敵にして
彼自身も許せないほど疎まれていたとしても揺るがない確固たる自信。

”だってミサカは一方通行バカなんだもん”

数え切れないほど告げた愛の言葉。呆れるほど繰り帰し語った夢、未来。

”一生、離れない。アナタと生きていく。ずっとずっと・・”

打ち止めは出逢ってから一度もその望みを揺るがせたことはない。
どんな運命だって越えてみせるとあのヒトのためならそう思うことができた。
軽やかな足取りでその彼の仕事先へと向かった。都市の中心部に彼はいる。
髪は随分伸びた。あのヒトがそれを愛しげに梳くのが嬉しくてそれからだ。
一筋のクセ毛は相変わらずだが、それも彼のお気に入りなので敢えて目を瞑る。
待っていた。待ちくたびれるほどに。一人では生きられないと解ってもらえる日を。

”もういいでしょう?・・このケンカは乗り越えるべきものなのでしょう?”

道すがら、打ち止めは数日前の口論を振り返る。
アナタはまるで拗ねているようだった。もどかしく絡みついた言葉。
解いてしまえばいい。そうすればきっと見えるはすだ。繋がっている糸が。
信じているから。打ち止めは一方通行の赤い瞳孔を思い起こし、自らを励ました。
近付いていくと胸がざわつく。あのヒトの元へ向かう足が期待と不安でよろめく。

”でも行くの。もう待っていられない。だから・・”

目を閉じて、勇気を胸に溜め込み、打ち止めは顔をまっすぐに前へと向けた。



「コレ一本でいいの?」
「ああ、その蕾ので。」

一方通行は都市の中心にある勤め先から少し離れた一角にある研究所の庭に居た。
そこは個人所有の小さな庭だった。そこで見知った研究員に花を一輪分けてもらう。
花屋へ行く勇気が持てず、思い出した結果ここへ来たとき、知人は目を丸くしていた。 

「・・その花を贈る意味はわかってるの?」
「あァ。代金は・・何で払えばいい?」
「それは・・そうね、報告で。事後報告を希望するわ。」
「・・わかった。どうせ情報はすぐに伝わるだろォが。」
「楽しみにしておくわね。愛穂は既に赤飯の用意までしていたわよ。」
「チッ・・どいつもこいつもおもしろがりやがって・・」

芳川桔梗が出向している研究所を後にすると、一方通行は仕事着のまま帰宅する。
これからのことで頭が一杯で着替えを忘れている。ともすれば眩暈すら感じながら。

”いざとなるとどォしてこォ・・アイツのこととなるといつもカッコわりィ・・”

どこの誰に対しても怖れない彼がこの世で唯一、我を忘れるほどの相手、打ち止め。
出逢ってから彼とて努力して成長もしたが、それだけは退行しているかのようだ。
即ち彼女に対してだけはどんどん弱くなっている気がする。いや、なっているのだ。

”しかし今日のところはコケる訳にはいかねェ。ウン、絶対にだ。”

呼び出そうとしたらそこは先を越された。今日の仕事帰りに会う約束だ。
これ以上は先を越されてはならない。彼は何度かシュミレーションを試みた。
しかしその都度余計な可能性を挟んで思うような結果にならず、途中放棄した。
つまり出たとこ勝負という、彼の頭脳を持ってしてそんな結論だ。
その勝負の目的は打ち止めとの喧嘩をの終息。目標は彼女を喜ばせること。
クリアできたら、次だ。この一輪の花に託すには些か重過ぎる提案をする。
結果は見えている。だからこそ失敗できない。一生引きずり得るトラウマとなる。

”覚悟しやがれ、俺。何度覚悟してンだかしれねェンだがまだ足りない”

打ち止めのことを記憶で再生しながら一方通行は気概を溜めて口を引き結んだ。







仲直り未来版です。続いてしまった・・お待ちください!><;