Love in you & me  


「・・・いま・・したよね?」

打ち止めは眼の前の人物にゆっくりと確かめる。
紅潮した頬はそのままにして口元を軽く覆って。
ぽかんとした表情だった。しかし至極真剣だった。
 
「したっつゥか・・当たっちまった、っつゥか・・」
「む・・そんなのヤダ。ってミサカは不満をぶつけてみる。」
「だったらどォしろってンだァ・・?」

未だに赤い頬を打ち止めはふっくりと膨らませた。
それが子供が拗ねる顔そのもので笑いそうになる。
たったいまの出来事をなかったことにしてなるものか、
打ち止めはそんな意思でもって一方通行を睨み付ける。 

「ミサカはそういうの”当てよう”と思わなければ当たらないと思う。」
「そォとも言い切れねェだろ。事故ってのは不測の結果起こるもンだ。」
「事故だなんて言い逃れするのっ!?失礼極まるってミサカは大憤慨!」

打ち止めの言葉は幾分抑えようとしていたが、どんどん声高になっていく。
一方通行という男はとうとう観念する。元より誤魔化しは通用しない相手だ。
というか、実際は誤魔化したかったわけではない。単なる照れ隠しだった。
打ち止めが指摘したように、彼はちゃんとわかっていて”当てた”のである。
自らの唇を、赤い頬で睨みつける目の前の少女のそれに。

ふゥと軽い吐息を吐き、一方通行は諦めたような顔付きをする。
そして徐に片手を打ち止めの頬に添え、他方の手で彼女を引き寄せた。
眼の前で拗ねた顔をしていた男が今度は明確な行動に移してきたのを
夢の続きでも窺うように、打ち止めはぼうっと見ていた。されるがままに。
唇が再び触れ合う寸前に目蓋を下ろした。誰からか教わったわけではなく、
直前に伏せられた男の長い睫に軽い風を感じて同じように目を伏せただけだ。

さきほどとは違って今回は言訳のしようもない長い間、触れ合っていた。
打ち止めは目を閉じたまま、呼吸も忘れて体を強張らせているとわかる。
一方通行は重ね合わせていた唇をほんの少し離すと、打ち止めの耳元へ
「・・息しろ。」と小さく囁く。その声にぴくりとして目蓋が開いた。
「・・どうやってするの?」頼りなく、おかしな質問が返ってくる。
空いていた二人の隙間はそのときにやや大きく幅を広げてしまった。
それでも向き合う二人の間には10cmもない。普通より近すぎる距離だ。

その普段より進入し過ぎたパーソナルエリアで見る打ち止めは新鮮だった。
呟かれたのは混乱した子供が言うような台詞だったのに、その表情は真逆。
おそらく誰もみたことのないくらいに女で、男の胸を鷲掴むのに充分な。
強い心音を感じた。どちらのとも言えない。打ち止めも静かに見えてそうではない。
脈打つ血の流れを共有しているようだった。呼応する体温と熱と鼓動を烈しく感じる。

ところがそんな高まる興奮を少しも感じさせない冷静な声で一方通行は囁く。
「息を吐き出せ、長く。・・そォだ。」
打ち止めが言われた通り素直に従うのを見守り、吐かれて吸われる音声に耳を欹てる。
息が整ったことを数秒間確かめた後、打ち止めが身構える前にすばやく口を塞いだ。
小さな唇だが、柔らかい。心地良い弾力だけでふるっと体が歓喜するのがわかった。
確かめるように緩慢に打ち止めの唇は彼の唇で辿られ、啄ばまれ、優しく撫でられる。
初めての口付けはそんな風な柔らかで優しい接触だった。それでいてリアルで確かな。
離れていった一方通行を感じて打ち止めが目を開ける。くらりと眩暈を感じながら。

「・・・お」
「お・・?」

目蓋を開けてもどこかぼんやりとしていた打ち止めの口から音が漏れた。
その「お」という音に一方通行はどの単語の端を示すものかと怪訝な顔になる。
なので聞き返した。「お・・・」に続くのはどんな言葉かと。

「お・・いしかった?」

それは相応しいのかどうか図りかねる単語だった。驚いてすぐに返事ができない。
しかし一方通行は打ち止めのそんな言葉に返事をする。意図はこの際二の次にして。

「あァ・・ごちそうさン。」

返事を聞いた打ち止めの顔が真っ赤になった。湧いたヤカンが啼くような勢いで。
一方通行は鮮やかな色彩変化に感心して一瞬目を瞠ったが、直ぐに穏やかさを取戻す。

「あ・あの・・おいしかったんなら、えっとミサカは・・ミサカはぁっ・・けふっ!」
「なに慌ててンだ、ゆっくり話せ。」
「ごほごほ・・ん・ん。ごめんなさ・・おかわり、する?ってミサカはミサカは・・」
「・・おかわりだァ・・?!」
「初めてで緊張してなんにもわからなかったのって本気でしょんぼりしてみたり・・」
「・・はァ、そォですか。」
「いい?ってミサカはさすがに照れながらおそるおそるおねだりしてみるけど。」
「・・・」

一方通行に多少逡巡はあったが真っ赤になった打ち止めに「目ェ、閉じろ」と呟く。
言われてぎゅうっと大げさに瞳が閉じこまれるのを見て、はァと微かな溜息が零れ落ちた。
それでも口付けは再開された。今度は打ち止めに変化があった。確かにさっきは無反応、
しかし今は違う。打ち止めの唇が微弱な震えを伝えてくる。怯えているのとは違っていた。
唇を触れ合わせたまま、一方通行はまた囁く。「・・オマエ、感じてンのかァ・・?」
打ち止めの体が大げさに跳ねた。当然唇は離れてしまうが一方通行の口元は弛んでいる。
その奥の喉が鳴る。くっくっと笑いを堪えるような音が漏れてくると知って打ち止めは

「なんてこと言うの!?っていうか、笑うってどういう・・まさかミサカ遊ばれてる!?」

慌てておろおろし始める打ち止めにそんな訳があるかと思うのだが笑えて言葉が出ない。
終いには体をくの字に折り曲げて笑い出す一方通行を打ち止めはぽかすかと叩いて揺さぶった。

「どっちなの!?ねぇ!失礼なのは大目に見るからちゃんとミサカに伝えてっ!?」

必死の形相になっている打ち止めの目尻に滲んだ涙の粒を、一方通行はぺろりと舐めた。
その後打ち止めは仰向けになって今度は唇だけでなく、その奥に進入されて別のパニックだ。
もがいたが、いつの間にか覆いかぶさっている男の体のせいで、ほとんど身動きが取れない。
パニックは続く。舌らしきもの(いや舌そのものなのだが認識がはっきりされていない)が
打ち止めの咥内を蠢いているのだ。しかし口よりも背中からびりびりと電気が走って仰け反る。
まるで溺れているように打ち止めの手は彷徨い、やがて一方通行にしがみついた。
思う存分好き勝手にされて、結果溺れてぐったりと疲労したがなんとか生還した打ち止め。
荒い息のせいで、喉まで痛い。反して少しも息の乱れのない一方通行が憎らしいと思えた。
数センチ上方から見下ろす顔は満足そうな、どことなく笑っているようで楽しそうにも見える。

「うめェなァ・・こンな美味いとか反則だろォが。ガキのくせしやがってよォ。」
「うう・・わかんない・・アナタに食べられそうになって嬉しいんだかなんだか・・」
「そォだなァ、ヤバイヤバイ。止まらなくなりそォだった。」
「ねぇ、もうお終いにして。これ以上はミサカ耐えられそうもないよ・・って敗北宣言。」
「・・打ち止めってかァ・・!くかか・・」
「アナタ浮かれてる?!ってミサカは口惜しさを滲ませながらぼやいてみたり。」
「ウン、浮かれてンな・・オマエ次からは気を付けろよ。」
「・・何に気をつけるの?」
「思わせぶりに口を尖らせるな。それと人の目を近付いて覗き込むンじゃねェ。」
「・・・・ミサカいつそんなことした?」
「あァア!?しらばっくれンなよ、クソガキが!」
「だってそんなことした覚えないものっ!ってミサカはアナタに反論するよっ!!」
「してンじゃねェか、事実。オマエがっ!オマエ・・・から・・」
「わかった。アナタってばミサカのせいにしたいのね!?ってジト目を送ってみるけど。」
「そっ・・」
「男らしくないというか、ズルイというか、ヒキョウモノっていうかもだけどっ!」
「ぐ・・・」
「アナタを陥落したって思うとものすごく気持ちいいのでアナタ限定で許してあげる!」
「・・・オマエ・・番外に似てきてないか・・?あンま影響受けてンなよ・・・」
「意地悪い?そんなミサカはキライ?ってミサカは不安な眼差しでおうかがいしてみたり。」
「・・・・まァ・・オマエ限定で許す。」

一方通行の苦しそうな、だけどどことなく嬉しそうな顔に打ち止めの胸が甘く痛む。
手を伸ばして一方通行に「起こして」と強請ると抱き起こしてもらえて嬉しく微笑む。

そしてきゅっと抱きしめあった。それも初めてで、打ち止めは熱い頬を摺り寄せた。

「どうしよう・・顔がにやけちゃう。」
「確かにしまらねェ面してンな、オイ。」
「わかってる?アナタもなんだよ?!」

一方通行の頬を打ち止めがツンツンと突くと、お返しに打ち止めの頬も引っ張られ、
イタイ!くすぐったい!と互いに文句を言い合う。けれど堪えきれないのが笑顔で。
「にやけてるー!」「オマエほどじゃねェし」結局じゃれあい、抱き合って笑い転げた。







いちゃいちゃしすぎ・・・かも;