背伸びして踵をあげて 


ひたひたと夜の街に微かに響く足音
毛布一枚に包まる子供の冷えた足先

遮断された音の無い世界で気付いた
呼ばれていたこと 探してくれていた
音声が甦ると 世界は生まれ変わった



打ち止めは浮かせていた両の踵をゆっくり下ろす。
その動作に合わせ、一方通行の背中は伸ばされた。

「・・あと5cm。大きくなりたいってミサカは不平を述べてみる。」

背を伸ばした一方通行と打ち止めの身長差は約25cm程度だ。
出遭った頃より互いに成長しているのだがそれでも尚25cm。
一方通行にとって大した項目ではない為いつも聞き流しているが、
打ち止めには身体的のみならず精神的に多少の苦痛を伴うらしい。
その件に関して詳しく聞いていない一方通行はそう理解している。

「まァまだ伸びないこともねェ・・かもしれンが・・」
「わかってるよ。操作とかしないで。放っておいてってミサカは・」

一方通行の言わんとすることを遮って打ち止めは手を挙げた。 
そして挙げた手を敬礼にかえて一方通行に別れを告げる。

「ではっ、ミサカは今朝の特別任務を完了したのでこれにて失礼します!」
「あァ・・届け物、助かった。気を付けて学校行って来いよ。」
「了解しました。行ってきます!お仕事終わったら早く帰って来てね!?」
「?言ってなかったか?俺は今晩遅くなる。夕飯はいらねェって黄泉川に」
「ええっ!?聞いてない!聞いてないよ!どゆこと!?昨夜はそんなこと」
「今朝方電話で・・あァお前は洗面所に居たか。」
「そうなの!?寂しい・・そうだ、ミサカ差し入れを持って来てあげ・・」
「夜中に一人でウロチョロすンな。絶対に来るなよ!いいな?!」
「ミサカはもうそこまで子供じゃないって思うんだけれど。」 
「・・・そこまでガキじゃねェから言ってンだろォが・・!」

苦々しげな眉間の皴を見ると打ち止めは機嫌を良くし、にこりと微笑む。
それならば寂しさを紛らわす分の『オマケ』を頂戴と一方通行に迫った。

「・・・・しょうがねェなァ・・・」

ガリガリと頭をかきつつ一方通行は打ち止めに向かい合って屈みこむ。
ほんのりと頬を染め、打ち止めは再び両踵を思い切り上げて背伸びする。
目蓋を下ろし、二人が一点で繋がる。先程は軽い挨拶程度だったが今回は
離れた際リップ音の響くものだ。同時に目を開けた打ち止めは溜息を落とす。

「あなたコーヒー飲んだばっかり?ってミサカは推察してみたり。」

一方通行はそれには答えず、じゃアなと言って打ち止めに背を向けた。
振り向かずに行く彼の背中に「お仕事頑張ってねーっ!」と声が掛かる。
正面のエレベータに乗り込み振り向くと、打ち止めが投げキスをした。

呆れ顔で苦笑を浮かべる一方通行。だがドアが閉まる直前小さく指で
自らの唇に触れるのを打ち止めは見逃さなかった。一瞬で全身を熱くする。

”えっ!?まさかの!?お返し・・いや私のを受け止め?!どっち!?”

何れにしても打ち止めには意外だった。普通なら望めない素直な?反応。
本番の口付けよりときめいたかもしれないと打ち止めは胸を抑え思った。
隠し切れない喜びを全身から溢れさせながら彼女もまた学校へと向った。

打ち止めと別れた後、一方通行は恥ずかしさを噛み殺しつつ職場へ戻る。
すると間の悪いことに会いたくない人物が彼の眼の前で待ち構えていた。

「書類は打ち止めが持ってきてくれたんでしょう?一方通行。」
「あァ・・これだ。」

どうもと受け取る同僚の顔が普段より冷ややかなのは気のせいではない。
しかしここで口を開けば負けとばかりに一方通行はやり過ごそうとした。
そんな彼に少し近付き声を抑えて囁かれた言葉にうっかり掴る。

「・・残ってるわよ?口元。」

咄嗟に体が反応し一方通行は口元を抑えた。その2秒後にはたと気付く。
カマをかけた芳川桔梗という元研究者で現同僚の医局スタッフは笑っていた。

「お熱いことね。顔を見ただけでわかるわ。」

「うるせェンだよ!とっとと仕事しろっ!!」

悔し紛れでみっともない台詞に自己嫌悪が走る。しかし後の祭りだった。
「そうするわ」とひらひら手を振って芳川桔梗は持ち場へと去っていく。
冷静を取り戻したかった。仕事に影響するようでは許されないことだ。
気持ちの強制終了を試みて苦労はしたものの、彼は平静を取り戻した。



一方で浮かれてしまう気分を抑えながら打ち止めは道を歩いた。
さっきまでの出来事をリピート再生し、仕分けてバックアップする。
妹達と共有しない特別フォルダがどんどん埋まっていき嬉しい悲鳴だ。
身長差に不平を漏らしていた自分だったがそれも些細なことに思えてきた。
少し記憶を遡ってもみた。彼との身長の差を気にした始まりはどこからか。
やはり最初のとき、キスをしたときにほかならないと打ち止めは確認する。
最初から小さかった。培養を故意に遅らせ未熟なまま放り出された体だった。
一方通行に接するようになって強く思った。早く大きくなりたいと。
黄泉川のように大きくなって一方通行を抱きすくめるほどになりたかった。
最初は母性のようなものだったのかもしれない。彼に対する愛情は。
しかし愛情には変わりない。今はそこに思慕が加わっただけのことだ。

”でも今はもう・・あのひとは怯えて竦んでいた子供じゃないんだ・・”

初めて一方通行を抱き締めたのは暴走して壊れそうな姿のときだった。
よろけても必死で支えた。結局膝をついた彼と共に自分も膝を折る。
それからも夜中にうなされる彼に気付いてはベッドに潜り込んだ。
ぽんぽんと背中を叩いたり摩ったり、さながら母親のように抱き締める。
愛おしくて縋ってくる手を頬に当てた。震えも途惑いも包みたくて。
額や頬にはその頃から触れていた。彼からは返されることはなかった。
それでも不満などなく、いつも目一杯背伸びして彼に手を伸ばした。
いつからか打ち止めの願いは変わった。きっとあのときに違いないと
その日、打ち止めは一日中そのことを考えて過ごした。





その日の深夜、ひっそりとした住宅街の外灯の下を一方通行は歩いた。
帰宅時間は予定より遅く、打ち止めも眠っている頃だろうと思いながら。
何度も仕事で不在期間はあったが、結局は帰ってくる元保護者の家へ。
元保護者の黄泉川は相変わらず独身のままで先に家を出た芳川も同様だ。
打ち止めは正式に黄泉川の養子となっているが一方通行はそうでない。
養子縁組を拒んだのは彼自身だ。ひと悶着あったがそれを押し通した。
いつだって彼に手を伸ばしてくれる保護者達、そして打ち止め。
それを思う時、己がいかに幸運な人間かということを思い知る。
返しきれない恩、返すことすらおこがましい想い。何れも受け取って。
その上更に、打ち止めは女としても自分を欲してくれるのだ。
一方通行はこの僥倖にどうすればいいのかをずっと考え続けてきた。
からかわれても、莫迦にされても蔑まれても命が枯れるまでずっと・・

足音が響かないように廊下を辿り、扉を開けるべく鍵を用意する。
一方通行が開錠しようとすると、何故か扉は内側からカタンと開いた。
一瞬で最悪の事態を想定するのは癖なのだが、しかし一瞬で終わる。
彼の眼の前には打ち止めがにこやかな笑顔を向けて立っていた。

声を抑えたまま「なンで起きてンだ、美容に悪ィと言ってたろォ?!」
後ろ手で扉を閉め施錠しながら、もう片方の手は打ち止めの額に落とす。
打ち止めはほんのすこし肩を竦めて舌を出しただけでまだ笑っている。

「オカエリなさい。目が覚めたら窓の下にあなたが見えたの。だから」

夜更かしして待っていたのではないと打ち止めは悪びれず言い訳した。

一方通行の疲れが心地良いものに変わる。打ち止めの姿を見た途端にだ。
今日一日お疲れ様と打ち止めが踵を上げたとき、一方通行は思い出して言う。

「5cmでかくなりたいとか言ってたが・・あれなァ?」
「あらま奇遇ね!ってミサカは目を丸くしてみる。私も思ったのって」

背伸びする打ち止めの腰を支えて自らも屈みながら一方通行は続けた。

「お前が納得済みならいい。つまりこンくらいあった方がいいだろ?」
「そうねって同意してみる。つまりあなたもミサカに近付きたいの?」

ふっと目を合わせ微笑むと二人同時に目を閉じる。後はお決まりのキス。
否、少々長くて深い口付けに抱き合う腕がどちらともなく強くなる。

「・・・続きは?」
「先に行って待ってろ。あと話は・・休みだし明日でいいか・・」
「いい話なら明日でもいいよってミサカは大らかに頷いてみたり」

深夜の再会もいつもより大人っぽくていいね、と打ち止めが笑う。
彼女が制服に離別する季節に二人で家を出ようという提案を抱えて
一方通行はとりあえず愛しい女を抱くために仕事着を脱ぎ捨てる。
打ち止めは落ちている鞄などを片付けて部屋へ戻って彼を待つのだ。

ひたひたと足音が響く 彼はもう逃さない
彼も足音を忍ばせながら そこへ急ぐから
毛布一枚で充分足りる 二人が寄り添えば
廻る世界は色も音も鮮やかな背景となる







いちゃいちゃいちゃしてるだけのとある未来の一日。
わかりにくいですが病院勤務している一方サンと芳川。
黄泉川は夜勤です。二人の関係にはとっくに気付いてマス。
捏造甚だしいお話で失礼しました。医者一方サンから妄想。