「いつかのハナシ」 


打ち止めは自分の口が開いてしまっていることに気付いていない。
それくらい驚いているということだ。おまけに固まった体は石だ。
夕暮れの公園と言っても、高級住宅街にあるそこでは珍しい光景だった。
暗くなったら家路に着かないと一番に心配するのは年にして6つ程上の彼。
打ち止めと同じく保護されている身の上だが、彼女の兄でもなんでもない。
途方もない運命によって引き合った二人は今とりあえずの平和に甘んじている。
打ち止めは元々活発な子供で、今日も色んな探検や遊びを経て夕暮れを迎えた。
何の気なしに帰ろうとして近道をしようといつもの公園の茂みに足を踏み入れ

そこで高校生くらいの男女が隠れるようにしてとある行為に没頭していた。

固まったことを自覚はしたが、いつまでもこうしていては気付かれる。
打ち止めは必死で元来たコースをビデオの巻き戻し宜しく戻ろうとした。
幸い年若い二人はお互いの熱を分け合うことに夢中だったため気付かれなかった。
息を殺してその場を脱出した打ち止めは駆け出すと外灯の傍で立ち止まり息を吐いた。

”うああああああああっ・・・・み、見ちゃった。スゴイ!あ・あんなのって”

走ったせいだけではなく、打ち止めの胸はかなりの興奮状態を示している。
しっかりと見てしまったために、フラッシュバックするそれらのシーン。
かあっと顔だけでなく体全体が熱くなる。彼女には少々刺激の強い場面だった。
思い切り首を振って記憶を抹消しようと試みた。なんとなくいけない気がして。
そんな非常事態を乗り切ることに必死な打ち止めに聞き覚えのある声が掛かった。

「おィどォした?!なンかあったンか?」
「ひゃううっ!?あ・あくせられーた!」

打ち止めにアクセラレータ(一方通行)と呼ばれた少年は眉を顰めた。
同居している被保護者という立場の年長の彼は先ほどの恋人たちくらいの年頃だ。
顔を見るなり思い出してしまい、打ち止めは赤い顔をして意味不明の言葉を呟いた。
心配症の彼は帰宅の遅い彼女を迎えにきたのだが、無事かと思えば様子がおかしい。
赤い顔で何やらわめいている打ち止めの額に白くて男にしては繊細な手を伸ばした。

「熱でもあンのかと思やァ・・ねェな?」
「ななない!ないよっ!超元気ってミサカはミサカは腕を振り回してみたり。」
「どうもしねェなら帰ンぞ。飯ももォすぐ出来るとさ。」
「そっか。おかずはなんだろうね!?ってミサカはミサカは期待に満ちた想像をかき立てられたり。」

いつもなら彼のお迎えがあれば喜んで引っ付いてくる打ち止めが妙に距離を置いている。
そのことが一方通行には気になった。おまけに視線までもが彼を避けているようだ。
しかし答えを無理に引き出そうとはせず、彼は背を向けて二人を待つ保護者の家を目指す。
後ろから打ち止めも深呼吸した後、ぱたぱたと元気についてくる気配がしてほっとした。

帰宅後は特に変わったことはなかった。夕食のメニューがハンバーグだったことや
打ち止めを更に喜ばせることにデザートまでもが用意されていて目を耀かせていた。
機嫌の良い普段の顔に戻ったことで一方通行も多少気になりはしたがそのままにしておいた。

ところが風呂に入る段になって、一方通行のみならず保護者たちも驚きの変化があった。

「今日はミサカはミサカは一人で入りたいかなって・・・言ってみるけどダメ?」
「そりゃいいけど・・珍しいじゃん。他の誰かでもなく一人で入りたいんだね?」

風呂場へ望み通りに一人で消えた打ち止めを見送った一方通行に保護者たちは声を掛ける。

「突然だから驚いたじゃん。喧嘩した風でもないし、何かあった?」
「別に・・迎えに行ったときもいつもより距離を置いてやがったンで妙に思いはしたが・・」
「へぇ?ま、お年頃になれば寂しいけどお兄ちゃんとは入らないって日もくるものじゃん。」
「寂しかねェよ。当たり前だろ、風呂くらいはもう一人で大丈夫だろォし。」
「今日はって言っていたじゃないの。明日はけろっとして入ろうって言うかもしれないわよ?」

芳川も黄泉川も何故か同情の眼差しを向けてくるのがむかつく一方通行だったが
実のところがっかりもしていることに気付いて彼は苦虫を噛み潰したように押し黙った。

各々が入浴を済ませ自室へ籠もってしまうと、マンションは静けさに包まれる。
いつもと違うことで保護者や一方通行を途惑わせていたことを知らず打ち止めは枕を抱えていた。
眠れそうにない。どうしても今日のあの出来事をきっかけに気になることが芋蔓式に出てくる。

例えば、例のカップルの片割れの高校生は少し後姿が一方通行に似ていたせいもあり

”あくせられーたと同じ年くらい・・・ってことは私の知らないとこであの人も・・?”

或いは、自分は製造過程で不完全なまま生まれ出たがちゃんと成長できるのだろうかとか
もし成長がうまくいかなくてこのままだったら、一方通行はいつか誰か他の人と・・?とか
もっと気になるのは彼が今はともかくその将来に自分をあんな対象として選んでくれるのかと
更に欲張りな希望としてはそうなりたいと思っていると自覚してしまった自分はどうなのか、
子供のクセにと言われそうだが、自分は一方通行が好きなのだ。だからいつかのことを夢みたい。
などなど、実はたった一つのこと。いつか私もあんな風に愛し合える日が来るかどうかを
打ち止めはお迎えに来てもらってその人の顔を見てからずっと考えては悩んでぐらぐらしていた。

”はぁ・・バカみたいだねこんなことばっかり考えて。答えが見つかるわけもないのにミサカは・・”

気が引けてネットワークに繋げることもせず、打ち止めはたった一人もやもやとして眠れない。
そのうちに喉の渇きを感じてしまい、夜中にそっと部屋を出て台所へと向かった。
ところが台所の電気を点けた途端にびくりと数センチ飛び上がってしまい、思わず声も出た。

「どうして突然いるのっ!?ってミサカはミサカはアナタの神出鬼没ぶりに脅威を抱いてみたり。」
「別に・・眠れねェからコーヒーでもと思ってきたら、後からきたオマエが勝手に驚いたンだろ。」

結局、夜中だというのに一方通行はコーヒーを、打ち止めは少し分けてもらってカフェオレを啜る。
流石に時間を配慮してか打ち止めは大人しく、口を閉ざしているため台所は静かだった。
二人は昼間は気にならない壁の時計の音がやけにわざとらしく時を刻んでいることを知った。
黙って飲み物を飲み終えると、打ち止めは食卓に腰掛けたまま一方通行に「おやすみなさい」と告げた。
「あァ・・おやすみ」彼にしてはすんなりと挨拶を返されて、何故か打ち止めは寂しくなった。

”そうだよね、別に用があるわけじゃないし・・けど、そういえば夕方からこの人の顔を見てなかった”

変に意識して自ら視線を外していたことに思い当ると、打ち止めはその行動はいけなかったと反省する。

「明日は一緒にお風呂入ってね?ってミサカはミサカは予約してから眠ることにするよ。」
「もう一人で入れるだろ。・・俺はなンも気にしてねェからこれからは一人で入れ。」
「そんなこと言わないで一緒に入ったらダメって怒られるまで入ろうよってミサカは・・」
「いつまでだよ、それ。今日くらいの距離は置いていいンだ。オマエはちょっと俺を信用しすぎ・・」

俯いてコーヒーの注がれていたカップに視線を落としていた一方通行は、はっとして顔を上げた。
いつの間にか打ち止めが眼の前に立っていて、悲しそうな瞳を湛えて彼を見詰めていた。

「今日ね、いつかの夢をみたのってミサカはミサカは言訳してみたり。」
「夢?いつかって・・」
「将来そうだったらいいなっていうビジョンを他人を通してだけどミサカは映してしまった。」
「・・何かを見た・・・あのときか。公園で何かに遭遇したってンだな。」
「そうなのってミサカは今なら何故か落ち着いてるからようやく言えるんだけど・・・」
「オマエがそうなりたいってンなら夢も望みも好きに抱けばいい。誰に遠慮もいらねェよ。」
「それはね、ミサカ一人じゃ・・・アナタも望んでくれないと叶わない夢なの。」
「俺が出来ることなら叶えてやる。オマエの生死に関わることは別だが。」
「ほんとに?!なんでも叶えてくれるの!?ってミサカはミサカは希望で胸が熱くなったよ。」
「・・・一体何を見たンだかしらねェが、オマエに絶望だけはくれてやれねェから覚えとけ。」

「あのね・・いつか、いつかでいいから・・アナタと愛し合えたらいいなって・・・思うの。」
「・・・・・・・・・・あ?」
「へへってミサカはミサカは勇気を出したぞとガッツポーズしつつおやすみなさいっ!」
「お・ちょ・・ま・・」

打ち止めは眼の前で真剣に告げてくれた一方通行の言葉に全身が震えるのを感じた。そして
その想いに応えるように正直に伝えてみると急に恥ずかしくなって逃げるように部屋へと戻った。
後に残された一方通行は、打ち止めの言った台詞をよくよく反芻すると・・・白い頬を朱に染めた。

「っ・・・ンだそりゃァ!?・・・ってかなン・・・クソガキが!ガキ・・のクセしてっ!」

打ち止め同様眠れなかった一方通行だが、このときを境に違う方向性で悩み眠れなくなった。
人の心のベクトルまでは操れない。自分においても然りだ。打ち止めの望みを叶えると言った。
その言葉に偽りはない。彼の真実なのだ。ならば彼女の望む『いつか』は・・・

”まだ今はいいっつったよな?!ならこれから変わるかもしれねェだろ?だから・・・落ち着けよ!”

思いつめたような打ち止めの表情や、縋るような目付き、彼はそのときを思い描くしかなくなる。
眠れない夜は始まりに過ぎなかったと悟ると、一方通行は深い溜息を吐いて空のカップを流しに置いた。








打ち止めのいつかアナタと宣言。