「欲しがっちゃ、ダメ?」 


「うぅ・・ちっとも育たない!ってミサカはミサカは項垂れてみたり。」

風呂上りの脱衣所で目の前の鏡に向かい、打ち止めは自分自身に溜息を吐いた。
体に負担が掛かりすぎるとの医者の意見に従い彼女は自然に成長を任せてきた。
その結果、肉体的に4年程離れた妹達との差は縮まっていない。と言うか寧ろ
彼女たちの年齢に追いついているはずの打ち止めは多少未発達、とも言えた。
番外固体などは妹達よりも更に3年程成長させてから世に送り出されている。 
(実際は最も年若いはずの固体が肉体的には成熟しているということになる)
いずれにしても同じ遺伝子を持つ彼女たちの中で相変わらず群を抜いて幼い。
そのことはずっと以前から打ち止めの悩みで、深刻度は年を追って増している。


肉体的なことばかりが悩みという訳ではない。打ち止めは深い溜息を追加した。
数年の間に様々なことがあり、変化があった。打ち止めの身近なところでもだ。
保護者である黄泉川だけは同じ立場でジャッジメント兼教師であるが、芳川は就職した。
昔からの希望を叶えて今は教育機関の仕事に携わっている。独立して別所帯である。 
住居はそう遠くないので、時々遊びにやってくる。二人共変化がないのは独身という点。
番外固体も、そして一方通行も家を出た。二人共それぞれの居場所を確保している。
学園都市も大きく変わった。今こうして無事でいられることを打ち止めは感謝している。
今の平和に至るまでに打ち止めの身の回りの誰一人安穏としていた者は存在しない。

贅沢、打ち止めは自分の悩みの幾つかは本当に些細でそうと言えるものばかりだと思う。
こうしていられるだけでありがたいのだ。なのに人間、いや自分はちっぽけだ。
けれど一つだけ、それだけは誰に何と言われても譲れない。打ち止めは窓に視線を向けた。 

”あの人に会いたい・・・いま何をしてるのかな・・”

風呂から上がると黄泉川が誰かと電話をしていた。だが通話はすぐに終わったようだ。

「あ、打ち止め。週末桔梗(芳川)と番外ちゃんも来るってよ。」
「じゃあ久しぶりに皆でご飯食べられるね。ってミサカはミサカは素直に喜びを示してみる。」
「こうなったらアイツも無理にでも引っ張って来ようじゃん。あんたが病気とか言ってみようか?」
「いいけどあの人騙されてくれるかなってミサカはミサカはちょっと計画に不安を感じたり。」
「会いたがってるって言えばきっと来るじゃん。打ち止めから直接の方が効果あるかな!?」
「・・そうだったらいいな。ウン、電話してみるよ。」
「頼むよ。拗ねてやるとか色々やってみるといいじゃん。」
「ううん・・そうだね!?がんばってみるよ。」

打ち止めは明るくそう言って自分の部屋へと戻った。
直接話したことはないのだが、一方通行に対する想いは保護者達二人共にバレている。
そしてなんとなく応援ムードだということも打ち止めは感じていつもくすぐったい。
昔あれほど引き離そうとしていた番外固体にしてもそうだった。応援ムードとはいっても
番外の場合、相変わらず一方通行を困らせたりするのが趣味のように定着しているのだが。

打ち止めの胸がじくりと痛む。番外のことを考えるとよくそうなるのだ。
彼女が打ち止めが抱く想いに一番近い理解者なのだ。何故なら彼女も・・同じ立場だから。
おそらく一方通行だって気付いている。だから出来る限り距離を置こうとしているらしい。
たまに顔を出す番外はそのことをよくぼやくのだ。意識してか無意識かその両方かもしれない。
どうしてあげることもできないのが辛かった。単純に嫉妬していた頃の方がまだマシだった。
スタイルの良さだとか、一方通行の足手まといにならない強さだとか、昔は番外を羨んでいた。
子供だった。彼の傍にいられる、ただ話をたくさんするというだけで誰彼構わず嫉妬した。
打ち止めががっかりするのは、今はそうではないと言いきれない自身の未発達ぶりだ。


”ミサカはミサカは・・精神的にも身体的にもどうしていつまでも子供っぽいの?”

ベッドの上で電話を手に打ち止めは思案した。昔ならとっくにその人のところへ電話していただろう。
正直になるというなら子どもの頃のまま「会いたい」とそれだけ繰り返して駄々を捏ねてみる。
けれど未だに子ども扱いの抜けないあの人を困らせない、少なくとも少しは気遣える自分でいたい。
良く見せたいと考えるあたりが子供っぽいのだが、それでもどんなに見栄を張っても自分は自分。
ぐるぐると思考の迷路にはまり込みそうになった打ち止めは、頭をふるふると左右に振った。
時刻は少々遅めだが、きっと起きてはいる。とにかく電話してみよう、そう打ち止めは決心した。
すると手の中で電話がメールの着信を伝えたので驚いてベッドから飛んで落ちそうになった。
おっことしそうになった電話を持ち直し、慌ててメールを開いた。誰からかはもうわかっている。
(彼からの電話もメールも絶対に気が付くようにかなり派手な音声に設定してある)


『5分ほど出てこられるか』


見るなり窓際へ向かい、カーテンを開けた。すぐにわかる場所に立っている。
夜目に目立つ風貌が打ち止めの部屋を見上げていた。かなり離れているが確実だ。
こくりと大げさに頷いて見せると、打ち止めは急いで上着をパジャマの上に引っ掛けた。
心配するといけないので黄泉川に断ろうとすると、部屋からこちらへ向かってくるのが見えた。

「こっちにも連絡もらった。行ってくるじゃん。」
「あっありがとう!行ってきますっ!!」
「そんなに急いで転ぶなよっ・・・ってああ言う前に躓いてるじゃん。」

後ろで保護者の呆れたような声が聞えたが、打ち止めは何も言わずに靴を履いて外へ飛び出す。
エレベータの速度が遅く感じられたが、ようやく1階に着き扉が開くと目の前で待っていた。

「あ」

一方通行の名を叫びそうになった口が文字通りあっという間にその人の手で覆われていた。

「夜中に大声出すンじゃねェよ。」
「ふあ・・だからって・・これじゃあ誘拐犯だよってミサカはミサカは唇を尖らせてみたり。」
「さらわれるお子さんにしちゃアやけに嬉しそうなンですけどォ・・?」
「ホントにさらってくれるの?だったら嬉しいってミサカはミサカは・・」

直ぐに開放してくれた手でチョップを食らった。勿論痛くはない馴染みのものだ。

「今日はどうしたの!?遅いから泊まっていけばってミサカはナイスな提案をしてみたり。」
「泊まるンだったら真直ぐ部屋に向かってる。コレを渡しにきただけだ。」
「あっコレ!どうしてミサカが欲しがってるってわかったの!?」
「見るからに好きそうだと思ったら、案の定か。」

打ち止めの掌にぽとりと落ちてきたのはとあるマスコットキャラの小さなフィギュアだ。
抽選でしか当たらないのであきらめていたキャンペーン商戦の景品の一種類だった。

「ありがとう!嬉しい。子供っぽいって笑われてもいいやってミサカは開き直ってみる。」
「大人ンなっても好きなもンは好きでいいだろ。」
「・・・うん。そうだよね。欲しいものは欲しいって・・言ってもいいんだよね?」
「?・・当たり前だろォが。」
「やっぱりミサカはミサカは・・贅沢者かもしれない・・」
「こンなオモチャでナニをそンなに感激してやがンだ!?」
「へへ・・オモチャも嬉しいけど、もっと嬉しいことがあったんだもん。」

心なしか潤んで見える瞳が一方通行を間近で見上げていた。
少しは打ち止めの身長も伸びたのだが、彼との差はほとんど変わらない。
だから首をかなり苦しい角度で見上げていることになる。一方通行は少し屈んでやった。
すると背伸びをした打ち止めと更に間近になり、顔が近付いた。慌てて一歩下がる一方通行。

「あ・・?」
「せっかく屈んでくれたと思ったのに!ミサカはもっと屈んでと要求してみる。」
「どっちが誘拐犯だ。要求ときたぜ。ナニするつもりだ?」
「もっと!もうちょっと屈んで。そうそう・・それでヨロシイってミサカは頷いてみたり。」
「お、おイ!?」

強制的に屈まされた一方通行の首に飛びついた打ち止めは驚いている顔に唇を押し付けた。
狙いは唇だったのだが、残念なことに目を瞑って目標にうまく届かず、口横にヒットした。
瞬間、目的がわかって一方通行が顔を引いたのもズレた一因だ。そのせいで打ち止めの足が浮く。
ぶら下がった状態になって打ち止めが小さく悲鳴を上げ、慌てて一方通行は背中を抱いて支えた。

「なァにやってンだよ、オマエは・・」
「正直になってみたのってミサカはミサカは抱かれてどぎまぎしつつ言ってみたり。」
「あァ・・そォかよ。アレだな、しかし・・為りは大きくなっても変わらねェな。」
「うっ!それは一番気にしてることというかそのまんまでショックだったっていうか・・」
「・・・・」
「!?」

「ホラ、とっとと帰れ。5分オーバーだ。黄泉川に謝っとく。じゃアな・・”オヤスミ”」


打ち止めは一方通行にそっと下ろされた足がちゃんと地に着いているかわからなかった。
下ろされたとき、確かに唇が優しい弾力を感じた。ぼうっとしたままでいるとエントランスから
一方通行が去っていく。マンションのエレベータ前で数秒、打ち止めは立っていた。
唇が触れる前に彼が言ったことが気になったからだ。結局メールで「とっとと帰れ」と怒られ、
ぼんやりとしながら帰宅して、ぼうっとしたまま黄泉川の前を通り過ぎて部屋に戻った。

ベッドの上にバタンと倒れたが、眠れそうもない。手にはしっかりと握られたマスコット。
唇には触れた瞬間の感触。囁くような声。自分の悩みって一体なんだったんだろうという混乱。
夢の中にいるような気がした。足元があの瞬間から実際におかしいのだ。ふわふわしていて。

”・・変わらねェのはお互いサマか・・”

一方通行はそう言って微笑んだ。すぐに理解できなかった。彼はとても大人になって
子どもっぽい自分よりお似合いの人がいくらでも傍にいたいと希望しそうなほど素適になった。
それでも・・変わらずに打ち止めを見ていてくれてる。そういう意味に解釈してしまった。
都合が良すぎだろうか。でも優しく触れた唇は温かくて・・離れた後寂しそうに目を細めたよね。

”ミサカが想うようにアナタも想ってくれてる”

そうだよね。そうとしかもう思えない。ホラ、胸が騒いだまま・・・どうすればいい?

打ち止めは目を閉じて溜息を吐いた。その溜息は鏡の前とは違っていて、
とても甘くて切なく、歓びに満ちていた。







将来、一方サンは杖をつかなくて良くなると勝手に想像して書きました。すみません。
それと数年後には開き直ってて欲しいという願望入れました。それまでには相当深刻に
ごちゃごちゃ悩むんだろうけど打ち止めが望む限りは必ず受け入れると思うんですよ。
いつ・・いつだかはわからないですけど・・かなり待つ予感はあり・・++;