花一輪を君に 


「でさぁ、聞いてよ一方通行。ちゃんと聞いてる!?」
「・・・っざってェ・・!凭れかかるなってンだよ。」

女子会ならぬ男子会でもそんな内容に話は流れ勝ちだろう。
多少のアルコールの力も借りて管巻く浜面を宥める上条。
しかし何故か一方通行にばかり話掛け、上条は肘で突かれ
その扱いに「不幸だ・・」と小さく呟いているのだった。
浜面の惚気というぼやきに努力して付き合っていた一方通行は
引き止める二人を置いて店を出た。街の外気温は往路より冷え 
飲んだわりに温まっていない体が吐く息の白さにげんなりした。

帰路にぼんやりと考えていたことは自宅のドアを開ける頃にも
解決策が見つからず、打開案もどれ一つ満足できないままだ。
「面倒くせェ・・」思わず呟いてシャワールームへ入る。
一人暮らしの彼の部屋はガランとしてまるで空家のようだった。

さっきまで一緒に居た男達の話は一方通行という男を困惑させる。
当たり前ではない奇跡的なこと。愛する相手に愛されることを。 
ぼやく浜面の幸せそうな顔、宥める上条の心当たりに頷く横顔も
おそらく知っている。自らをそんな風に眺め確かめる術はなくとも。
一方通行という男を想うどんな説明を試みても納得できない一縷の絆。

そこにどれほどの感動を抱いているにしても、また畏れているにせよ、
受け止めるだけで精一杯だったというしかない。項垂れそうになる。
そもそも受け取っていいのかと悩みに悩み苦しみつつ手を伸ばした。
彼らは不器用なりに愛する女に示す、伝えることができるのだろう。 
では己は?どうすればいいのか。驕っているとしか思えない愚行だ。
勿論愚行を誰よりも喜ぶのだろうこともわかっている。充分過ぎる程。
この世界が廻り続けているのはとある一人の女のおかげと言っていい。
そんな重くて汚くてどこまでも身勝手なこんな感情や想いの丈を、
いつも勇気を奮っては挫折している惨めな己を・・・笑うしかなく。

「おかえり」「ただいま」「いただきます」「おいしかった」
「ごちそうさま」「おやすみなさい」「ありがとう」

次から次へと覚えさせれた言葉は『日常』という非現実たち。
どれ一つとっても隔たりは遠く、現実にそぐわないと感じた。

「好きよ、あなた」「まもってあげる」「忘れないで」

与えられる眩しすぎる言葉は異世界の呪文のようでしかなく
体は硬くなり汗ばむ。焦れば言葉も出なくなり負の連鎖を呼ぶ。
お節介にああしてみろ、こうすればと助言する者も少なくない。
今晩飲んだくれていた男共もそうだし、保護者として在る教師や
同じように変革に挑んだ変わり者の科学者も、忌々しい共闘者ですら。

”大切ならば伝えなさい”と、”愛している”のだということを。

口では「面倒」だと零した。到底出来っこないと思える所業だった。
けれど不格好でも馴染めなくても、惨めでも馬鹿馬鹿しいとしても
認めてしまっている。そうとも、俺はビギナーでそれを理由に怯え、
逃げているだけなのだ。細胞の一つ一つにまで刻んでいるというのに。
あの小さな科学と悪意が生んだ生命体を、そこに宿る魂の尊さを。
愛しさだけで生きていける己を。塵となるまで燃え尽きても消えない、
そんな想いを。ふとした拍子で溺れてしまう。つまり狂気の沙汰。

哀れでならない。こんなに愛されて。こんな俺を愛しているアイツが。
離れるのが辛くて距離を置いた。心は離れるどころか更に呼び合った。
小さな体を壊すのが忍びなくてしたことなのに。アイツを泣かせてまで。

暗いままエアコンも点けていない静かな室内に着信ランプが光った。
眠れぬいつもの夜に海原に漂うような気分の一方通行はのろのろ探った。
探り当てた端末は予想通りで、重く長い溜息が彼の生存を確かにした。
返信をどうするか彼は考える。もう眠っているという言い訳は空々しい。
例え本当に深い眠りに落ちていてもあの声を聞き零す真似だけはできない。
ただ、返答に困るだけだ。幾つになっても経験を積んだところで同じだ。
ただ一人の前ではいつまでたったも出逢ったときのままの一方通行なのだ。

「15:30 場所:○○××」

待ち合わせる時間と所在地だけを記して送る。相変わらずの文面だった。
すると送信した途端にまた着信。前もって準備しているのだろうが。
じりじりと彼の返信を待っている姿までもがありありと脳裏に浮かんだ。
苦笑して眺めた画面には大人ぶってもあどけなさの抜けない台詞がある。
パタリと端末を落として目を閉じる。眠るのは怖い。だが眠れるだろう。
傍に小さな温もりがある。腕に抱いて眠った幼い頃と同じ温もりだ。
またあの頃のように縋るようにして眠りたい。そう思いながら眠りに着く。

”打ち止め・・”

記憶の中の笑顔を再生してやっと彼は一つの結論に至り、意識を手放した。



約束の場所に、果たして早くから待っていた様子ありありの顔があった。
珍しい踵の高い靴できっと足が痛いのだろうに背を伸ばし彼に手を振る。
そんなに気合入れて気恥ずかしくないのかといつも不思議に思う。しかし
紛れもない己自身の為にだと思うと申し訳ない気持ちにまでなる。可愛くてだ。
だがそれは常日頃思っていることなので、一方通行の表情は変わりなかった。
当たり障りない挨拶を交わすと弾丸のようなおしゃべり・・がスタートしない。
何故か緊張している。今日はなんの日だったか?と一方通行は頭の隅で考えた。
少女と言っていいのか、しかし完成した女には程遠い初々しい花のような娘を
じっと見ていると頬が薔薇色に染まった。面白いなとこれもいつもの反応の彼。

ごちゃごちゃと世間話が留まらないのにも閉口するが、沈黙もそれなりだ。
どうしたかと尋ねるのも憚られる。これはまさか別れ話かと一方通行は思い、
思ったところで打ち消した。別れ話ならこの世の終わりだ。考えない方が賢い。
元より俗に言う交際もしていないというのに彼の思考はかなり痛々しかった。

「あっあなたに・・こっこれを・・そのっ・・う・受け取って・くれる?!」

青ざめるほど緊張はピークらしく、打ち止めの姿に一方通行は不安を抱いた。
心配で思わず額の髪を退け、熱はないかと指先で遠慮がちに確かめてみる。

「なっなっ・・なんか付いてるっ!?」
「いや・・どっかで休むか。お前足が痛いンじゃねェの?」
「えっどうしてそれを?!・・っていやいや平気ってミサカはミサカは・・」
「歩き方がヘンなンだよ。・・そこの店入るぞ。いいな?」
「う、うん・・ちょっとだけ助かったかもってミサカは・・」

目を伏せてしょげた打ち止めを気遣いながら、一方通行は軽く息吐いた。
明るく感じの良いカフェで腰掛けると踵を窺う打ち止めにやっぱりなと思う。
しかしそれを指摘すれば機嫌を損ねるであろうくらいは彼にもわかった。
そこで休憩中、コーヒーの味が気に入ったらしい一方通行は無口だった。
すると落ち着いた打ち止めがふふっと小さく笑った。

「美味しいの?あなたってわかりやすい人よね。」などと余裕まで見せる。
「悪かねェ。お前が淹れた方がマシだけどな。」お世辞でなく本気の感想。

素の表情でコーヒーを啜る彼に打ち止めは目線を下げて熱い頬を誤魔化す。
心の中で”またそういうことをさらっと言うんだから!それも無自覚で!”
毒づいてみるが嬉しさは隠せない。愛しい男の何気ない行動で女は舞い上がれる。
そうして一息吐いた彼は先ほど渡された包みをツンと指で突くと尋ねた。

「で、これなンだ?」
「・・・あなたって相変わらずこういうイベントに疎いのね。」
「今日は特に・・あア!」
「今頃気付いたの!?まぁいいけど・・」
「あーそういや言ってたな、アイツ等。」
「ん?もしかしてまた飲みに行ったの?」
「仕事帰りに掴っちまった。そンなこともぼやいてた。」
「どうしてぼやくのかしら?もらう人いるんでしょう?」
「なンかな、お返しがどうとかってややこしいらしい。」
「へぇ〜・・ミサカはお返しなんていいからね、安心して。」
「欲しいもンあるなら言え。」
「あなたとこうして会えるのが一番。強いてあげるなら次の約束かな。」
「・・そォ言うだろ・・だからそのまま言ったらアイツ等怒るンだぜ。」

愚痴めいたことを口にする一方通行に打ち止めはまた笑う。笑顔が眩しい。
ふと思い出したように彼は打ち止めにポケットの中から小箱を取り出した。 

「そォだった・・コイツを・・頼めるか?」
「頼むって?何を引き受ければ・・・・・」

打ち止めは差し出された箱がごく普通の入れ物であるために驚いた。
リボンもなかったのでぱっと開けたそこに入っていたのは花かと思った。
しかしそれは花ではなく、花を象ったリングだ。小さくて細い女物の。

「コレ・・引き受けていいの?ミサカ間違ってないよね。」
「あァ、お前以外に誰にやるンだ、こンなもン・・アホか」
「語尾は余計。そんなのわかってても確かめたいんだもん。返さないよ!」
「俺も付けないとダメか?一応揃いで買ったンだがなァ・・」
「お花が付いてないならいいじゃない。きっと似合うと思う。」
「この俺にそンなモンが似合うとかお前頭だけじゃなく目も相変わらず悪ィな。」
「ええ、そうよ。あなたが一番素適だもの。おおばかでお世話様。」
「じゃアその世界一のおおばか者を、全部丸ごと俺にくれ。」
「もちろんよ。返品なんて許さないんだから!おばかさん!」
「似合いじゃねェかよ、バカ同士でな。」
「まったくだよ。大好きよ、あなた。」
「・・・・アイシテル・・・で、イイのか?」
「そのうち慣れるくらい練習させてあげる。」
「オイ・・殺す気か・・?」
「死なないわ、そんなことさせないもの。ね?」
「そォだな・・お前を置いて死ねねェしなァ?」


くすくすと打ち止めは堪えきれずにまた笑う。涙が零れ落ちても気付かない。
一方通行がその涙を拭うように再び指を伸ばすと閉じられた目蓋に驚いた。

”ここで!?オイ、待て、コラ・・ハードル上げンなよ!”

周囲を思わず振り返ると、3人ほどいた店内の店長含む全員が目を反らした。
ゴホッと咳払いして席を立つものも。一方通行は観念するよりなく

やれやれと肩を竦め、打ち止めの待つ唇へと優しい口付けを差し出した。

「よくできました。」言いながらも打ち止めは真っ赤だ。震える手を握り
そそくさと店を後にした。笑顔やらおめでとうの言葉やらに苦笑しながら。
急いだが足が痛いと引き止める打ち止めはまだ泣いたまま、寧ろ酷い顔だ。
ぼろぼろと止まらない涙は靴擦れのせいにして、打ち止めを背負い家路に着く。

「どっちの家に帰るのって・・ミサカは・・?ひっくひっく・・」
「どっちだよ、黄泉川には言ってあるのか?」
「ある・・・うっく・・ひっく・・だから、」
「じゃア俺ンちだな。知らねェぞ。色々・・」
「どんと来い。ってか帰るつもりなかったもん!」
「ガキみてェに泣いてるくせに・・更に泣きたいらしいな。」
「泣かせてよ。いいんだよ、嬉しいときは泣いてもいいの。」
「そォか・・・なら俺も・・そンときは慰めてくれよ。」

呟いた一方通行を優しい温もりが包んだ。抱き締めるような打ち止めの手だ。

「うん・・・一緒にね?いっぱいいっぱい・・泣こう。」
「・・・・あァ・・・・」



街は冷たい風が吹いていた。男の暗い部屋には今夜から明るい灯がともる。








バレンタインネタで通行止め。プロポーズにしてしまったりv
二人でいちゃいちゃしながら泣き笑いすればいいと思うんです。