For the first time  


望むものでもなければ 欲するのでもない。
息をするように必要を強く実感することもない。
選らんだとか選ばれたとかそんなでもなかった。

ただ、気付いたらそうなっていたに過ぎない。



打ち止めが久しぶりの一方通行と二人での買物において
意気込まないはずもなく、出かける前から不安が過ぎる。 
興奮してドジをやらかす程度ならまだしも、この生物は
未知の好奇心やら情報の誤入手等も含め、予期せぬ事態を
引き起こす才のようなものがある。保護者泣かせともいう。

「手を繋いでいい?ってミサカは上目遣いでアナタにお願いしてみたり」

あァとか気の抜けた相槌でも肯定は受容。子供は喜ぶ。
フラフラと心配事の多い子を繋いで置くのは親の義務だ。
恥ずかしそうにでも嬉しげに、打ち止めは手を握る。 
かつて同胞の体を引き裂き血に塗れていた彼の手を。
浮き浮きした足取り。不安なぞ微塵もない被保護者然とした態度。
一方通行に与えられる血の通う指は細く小さく柔らかく彼を包む。

もしかすると保護されているのはこちらかと一方通行は思う。
幼子のようにこうしてもらって安堵して、どこにも違いは見当たらない。
少し強く握りしめると、打ち止めは頬染めて更に笑顔を綻ばせるのだ。
そんなことをつらつらと考えていると打ち止めは言った。 

「あ、あのね、一方通行・・手の繋ぎ方を変えてもいいかなって!?」
「?・・はァ・・どーぞォ・・」
「なんとあっさり成功!?今がちゃんす!とばかりにミサカはミサカは」

何をそれほど必死になっているのか傍観していると一旦解かれた指を
互い違いに絡ませ、どういうわけか顔を真っ赤にして息まで荒い。
発熱でもしたのかと訝って一方通行はもう片方の手を伸ばしたかったが
生憎杖をついている。見た限りでは体調不良はないと判断を下した。
野望を成し遂げたかのような興奮に目を輝かせる様を不可解に見遣る視線に
打ち止めはようやく気付いた。ぱっと真面目な顔つきになり前方へ向き直る。

「”任務”完了!なので本来の目的、お買物に集中しますってミサカは・・」
「ネット接続してたンか。なンの悪戯か実験か知らンが・・」
「違うよ!そんなんじゃないってミサカはミサカは全力で大否定してみる!」
「この繋ぎ方にその興奮っぷりはどォも怪しいと思ったンだがよォ」
「怪しまないで大丈夫。これはミサカがしてみたかったことリスト上位であって」

丁度そこで横断歩道の赤信号に阻まれ、二人は並んで歩道の端に佇む。
握り合う手と手に平然な一方通行に対し、どこか落ち着かない打ち止め。
道行く人は少ない。信号が青になり歩道を渡る。少しして道を右折すると
完全に彼ら二人きりになった。この時間帯は皆会社や学校があるからだろう。
おしゃべりが途切れることの少ない打ち止めが信号辺りから黙ったままで
もうすぐ目的地のコンビニに着きそうだ。果たして今、問い質すか否か?
落ち着かない沈黙に一方通行が悩んでいるとやはり打ち止めから動いた。
身長が低いため見上げる打ち止めはさっきまでとは違い表情が硬かった。

「コンビニに着く前に離すね?ってミサカは複雑な想いで言ってみる。」
「繋いでいたいってことか?なンなンですかァ、複雑な想いってのは。」
「だってこの繋ぎ方は・・アナタが良くない人に誤解される惧れがあるし」
「元から良い人間でもねェし。どォいうこった?これのどこが・・」

「”恋人繋ぎ”!・・だもの。だから・・その;」

「・・・はァア!?」

気まずいのか目を反らしつつ宣言された”恋人”云々に一方通行が停止する。
なので反応がふた呼吸ほど遅れたのは良いとして、思わず声が荒くなった。
結局立ち止まった勢いで二人の手は離れてしまい、微妙に距離が開いていた。

「あのでも嬉しかったの!怒らないで。ネットでも中継してないからね!?」
「怒ったってしょうがねェだろ・・?ンなことしたかったってェのかよ。」
「うん・・ってミサカは正直に頭を垂れてみたり。」
「ンなしけたツラしてンな!別に・・そうしたけりゃすりゃいいだろ!?」
「えっ!?いいの?!通報とかされないかって心配するミサカもいたんだけど」
「街中で傍迷惑にベタベタしてやがる輩が取り締まられてねェンだからイイだろ!」
「そうかな!?いい?アナタと仲良しってことを主張しても構わないよね!?」
「主張・・してェのか?!そこはよくわからンが・・?」
「したい。アナタと公認になりたい。誰から見ても恋人だともっと嬉しい。」
「・・・・・・・・おい;」

認めたこと以上の、或は引き出された未来予想図に目を瞬かせていると
急に恥ずかしくなったのかだっと駆け出して打ち止めは数メートル先のコンビニへ
向っていく。取り残された一方通行がはっと我に返って後を追う頃にはかなりの差を
付けられ、一方通行はコンビニの扉が打ち止めを飲み込むのを舌打ちして見送った。
店内では買物メモを片手にぱたぱたと仔犬のごとく打ち止めが行ったり来たり。
何故か一方通行に気付かない振りで、呼んでも目を合わそうとさえしなかった。

”なンなンだ・・・まさか・・照れてンのかァ・・?”

諦めて自身の興味ある缶コーヒーの場所へと向かい途中でそんなことを思う。
思った時点でどっと汗が出そうになる。

”恋人だと” ”アナタと・・” ”嬉しい。”

ポンポンと連鎖反応でさっきの打ち止めの言葉が脳内を駆け巡る。一々の記憶を
高彩度で再生すると脳内定着する。恥ずかしい行為とわかっているが止まらない。

「・・バッカじゃないですかア・・・!?」

誰にも聞き取れない程度の音量で一方通行は一人零した。

程なくして精算を済ませた打ち止めが荷物片手におずおずと近付いてきた。
まだ目を合わせられないらしいが、放って帰ることもできなかったらしい。
いつも通りに声を掛ければいいと一方通行は平静を装うが顔を見ると困難だ。
為りは子供でも表情はそうでない。彼に対する特別な想いに溢れていた。
保護者だとか被保護者だなどと考え考え歩いてきた道が馬鹿馬鹿しいほど遠い。
手を繋いで欲しがったのは打ち止めだ。その手を握り返したのは一方通行で。

「・・帰るか。」
「リストをチェックしないの?」
「いい。一つ二つ忘れたってどォってこたねェよ。」
「それはどうかなって賛同しかねるかもなんだけど」
「いいから、行くぞ。」
「はっ・ハイっ!!」

打ち止めは俯き加減だった顔を上げ、目をくるんと一回り大きくして返事した。
目の前に差し出された一方通行の手に片手を伸ばす。するとあっさり繋がれた。
無言のままコンビニの扉は開いて、彼らもまた黙ったまま店を出て歩き出す。
ゆっくりとした足取り。真直ぐ行ってもう少ししたら信号だ。まだ黙っている。
繋いだ手は幸い誰にも見咎められることはなく、多少それが寂しくもあった。
突っ込まれても職質されても構わないとか、どれだけ自分は愚かなのだろうと
家にたどり着いた先で彼らの正に保護者たる立場の者にさえ見せつけたいなどと。
残念にも彼らは職場に出勤済みで見せ付ける者は要するに誰もいないわけである。
愚行に愚考を重ね、一方通行はそれでも繋いだ手を離そうとはしない。
打ち止めは時折彼を見遣っては言葉を引っ込めてまた戻すを繰り返す。

信号はまた赤だった。立ち止まり二人はさっきと同じように並んで佇んだ。
やがて明滅する信号機のライトを見詰めながら、やはり打ち止めが口を開いた。

「ねぇ、アナタ。ミサカのしてみたいこと追加していい?」
「・・・好きにすりゃアいいだろ。」

信号は青になったが横断歩道は誰も歩いていない。
打ち止めが繋いだ手を引いて彼を引き留めたから。
背伸びをして強く腕を引くと自然と一方通行は屈む。
だがまだだ。打ち止めは更に彼にせがむように引っ張ると
思い切って両目を閉じた。伝わると信じて瞑ったのだ。
このとき一方通行は思考を止めていた。つまり無意識下だ。
打ち止めが名前では呼んでいないのに、呼ばれたと思った。
振り向くとやはり居る。近付こうとしているのがわかる。
想いを隠さない泣いてもいないのに湖面のような光る瞳が
間近に彼を引き寄せた。閉じられる目蓋と一連の動作を見守り、
自分もまた目蓋を下ろしてみた。そうせねばとは思わないが
してしまった、が正しい。礼儀作法で習った覚えも勿論だが無い。
誤ることもなく、唇同士触れ合った。磁石のように繋がった。

何もかも手放して互いだけを感じる瞬間は永い。とても永かった。
どちらからともなく波が引くように離れていく。名残は尽きず
溜息を落としたのは打ち止めで、切なさに眉を顰めたのは一方通行。


” For the first time in his life he hell in love. ” 

そんなフレーズが頭の片隅に浮んだ。”He”とは紛れもなく。
苦笑が出る。かつて怪物だった彼はそう、ただの男に為り下がり

自らが当に生まれて初めての”恋に落ちている”のだと理解した。








うっわ!恥ずかしい。書きたかったのはファーストキスなんですが;