Devotion 


世界は相変わらず忌々しいものであるのに
そこだけは切り取られたサンクチュアリだ
どんな理不尽にも冒されない真生の聖域に
血の一滴までも余すところなく全てを捧ぐ




重苦しさに目を覚ますと狭いソファに潜り込んだ柔らかい生物。
遠慮を知らない子供よろしく擦り寄る体から伝わる心音は早鐘。
その小さな体を己の両の腕で緩やかにぐるり廻してみると
少女の殻を被った温かな命がびくりとするのは意識ある証拠だ。

そうと知りつつ素知らぬ振りで一方通行は目を閉じた。
普段ならば忙しなく動き回って少しも安心させてはくれない。
腕に閉じ込めて今だけはここにじっとしていろと願ってみる。
一緒に寝てしまうこともままあるが、このときはそうではなかった。

”誰かと一緒にいたい”と、そう言っていた初めて出逢った夜。
”その誰かにわざわざ俺を選ぶのってェのか?!”・・そう思ったもンだ。

腕に抱えた少女はどうも眠れないらしく、体は頑く強張っている。
陽の香る茶色い髪に顔を埋めてみると怯えるかのような僅かな抵抗。
しかしその抵抗は直に鎮まり包まれたまま動かなくなった。息を凝らしたまま。

「・・・・うううう・・・・もう限界っ!てミサカはミサカはアナタに解放を求む!」
「オマエから人の懐に潜り込ンで来たンだろォが。なに文句言ってやがる。」
「どうしてこのごろぎゅううってするのって・・ミサカはミサカは恐る恐る尋ねてみたり。」
「・・オマエがじっとしてンのってこンなときくれェだから。」
「そんな泳いでないと生きていけない魚みたいな言い方ってどうなのっ?!ってミサカはミサカは」
「じっとしてろよ。俺の傍でいいってンなら。」
「!?・・・・ずるいって・・ミサカは・・なんだか顔が熱いしって文句を垂れてみたり。」

文句を無視して再び目を閉じる。抱きかかえた体は確かに体温が上がったよォだ。
ずっとなんて叶わないとわかってる。だから今はこうしていてくれたらありがたい。
このほんの僅かな重みと温もりのために生きているのだ。何にも替えられない命だからこそ。
初めにくれたのはオマエだったじゃねェか、あの日、この俺を探し、見つけてくれた。
突き放そうとした俺に食い下がるようにして、一緒にいたいと懇願したンだ。間違いじゃない。
俺といたいって言ったンだ。無邪気な笑顔を惜しげなく浮かべて文字通りその身一つで。
一緒にいたいと願ってくれ、あのときと同じように。幻にしないでほしい。
この腕と胸が感じる愛しさは幻なンかじゃない。そう確かめるようにきつく抱きしめた。


「・・・蕩けそうに熱いのに・・嬉しいなんてってミサカはミサカはちょっと変・・?」
「変でもなンでもいい。」
「うん、傍にいる。いたいのって、そう思うと胸がざわざわするよ。」
「オマエって・・・」
「なぁに?」
「・・なンでもねェ」


ほんとうに他には何も要らない。平和なぞ願っていなかったが平穏を知って
醜かった日常が変わった。それはそうだ、俺が変わったから。いや、違うな。
気付いただけだ。悪意に抵抗しているつもりでいたちっぽけな己の価値観に。
感謝しているとも言っていた。少女がこの世にあるのは俺が存在した由縁だと。

二人が二人であるためだと、この世界に存在する意味と新たな価値を与えてくれたンだ。 


「ねぇ・・眠ったの・・?ってミサカは小さな声で尋ねてみるけど・・」

眠ってはいなかったが動かない俺に甘い吐息を零したかと思うと頬に唇を押し付けた。

「おやすみなさい。ダイスキだよ・・・ってミサカはミサカはアナタに囁いてみたり・・」

好き勝手にして大きな瞳の目蓋を下ろした。体からは強張りが解れ重みが嵩を増す。
やがて安らかな寝息に変わる甘い吐息。一緒にいてくれるンだな、今このときを。
俺はオマエと出逢いをくれた何もかもに感謝する。あれほど恨んでいた世の中にさえ。
妄信と断じてもいい。都合の良い夢でも。くだらなくてどうしようもないことであっても。

すべてがいまここにある。あとはどうでもいいことだ。




「毛布掛けてあげたけど、二人共よく眠ってたわ。」
「最近は大胆にも抱きかかえるようにして眠ってるじゃん。」
「あの子も素直になったものよね。良いことだわ。」
「元は素直な子じゃん。きっと思い出していってるんじゃんか。」



どこかでわかったような顔をした保護者たちが何か言っていた。
だがあまりに心地が良いから睡魔に負けた。高い体温に眠気をうつされたのだ。
許されることがこんなに気持ちの良いことだというのも知らなかった。
深い眠りに沈みつつ、温もりを離さないように両腕にまた力を込めた。








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