Beautiful World  


「ミサカはミサカは感動してる!なんて綺麗なんだろうって・・」

早朝の空気は澄んでいてとても冷たい。思わず首を竦めた一方通行は
朝陽にきらきらと耀いた眼を向けて感嘆の声をあげる打ち止めを見た。

「寒くないンかよ?息が白いぞ。」
「ちっとも!ってミサカはミサカはアナタに感謝の気持ちを込めて伝えてみる!」 
「・・屋上くれェ一人でも上がれるだろォがよ。」
「アナタと見られたことを言っているんだよ!ってミサカは端的に示してみたり。」
「・・次はなンだァ?」


打ち止めはまだこの世界に生まれて間もないからか、色んな景色が見たいと言う。
画像ではなく実際に自らの目でということと、大前提があってそれは一方通行と
一緒にその場にいることだ。打ち止めは思い出の共有ということに拘っていたので。
 
打ち止めの大きな瞳には世界は美しくその懐を広げているとその表情から理解する。
そのことが、同じようにただ美しいと感じることのできる自分以上に彼を感動させた。
嬉しそうに擦り寄って幸せそうな笑顔を向ける打ち止めを一方通行は飽かず見詰める。

「アナタもちゃんと覚えていてね?ってミサカはミサカはお願いしておく。」
「何度も言わなくても覚えてるっつの。この俺様の記憶力疑ってンですかァ?」
「疑ってるわけではなくて、ミサカは・・ねぇちょっと屈んでって要求してみたり。」
「こンな朝早くて誰もいねェってのに耳打ちする必要があるンかよ。」 
「あるの!ミサカは身長差というものを全く配慮してくれないアナタにむかっとしてみる!」
「へェへェ・・仰せに従っちゃいますよォ・・」

ぐいぐいと服の袖を引っ張られ、一方通行は頭を打ち止めの傍へと近付ける。
なすがままのそんな姿の彼はそれなりに稀少なものであったが、幸い人目はない。
柔らかでさらりと落ちてくる髪に気付いて羨望の眼差しを送る打ち止めがほんの少し口を尖らせた。

「もしかすっと誘ってンですかね、このお子さんはァ・・」
「はへ!?ちょっとほっぺ挟まないで!痛い痛い!!ってミサカは理不尽に怒りを覚えたり。」

羨ましさについ尖らせた口元を意外に大きな手の一方通行が片手で挟み、更に唇が尖ってしまう。
色気はなくとも、可愛らしい少女の小さな唇が赤い。冷たい空気と挟まれて圧迫されたためか。
気付くとにやけている自分の頬に、悔しいような気持ちが込みあがる。それでも手を離さない。

「・・・?」

ほんの少し、打ち止めか一方通行が一歩踏み出せば触れ合ってしまいそうな距離だった。
世界の美しさを焼き付けていた大きくて丸い双眸はそのときは一方通行だけを映している。
じっと見つめたまま固まった彼を打ち止めは黙ったまま不思議そうに見詰め返していた。
さっきは挟まれて痛いと言ったが本当は痛くない。初めからそれほど強い力ではなかった。
けれどなんとなく抗えなくて打ち止めは困ったな、と胸の内で考えた。困るのはもう一つ、
珍しいほど素直に真直ぐ見詰められていることだ。冷静でいられない位に胸が騒ぎ出している。
朝陽を浴びて毒気が抜けたのだろうか、とも思ったがそれにしては視線が熱い気もして困る。
どうすればいいか、その対応がわからないのだ。ただ見詰め返すだけで精一杯の打ち止めだった。

どれくらいの時間そうしていただろうか。陽は少し上がって空は明るさを増していた。
不意に手が離れ、ゆっくりした動作で一方通行の顔が離れていくのをコマ送りのように眺めた。
一方通行に何か伝えようとしていたはずだったと思い出したのはいつもの距離になってからだ。

「あっ・あれっ?!なんで?・・まだ何も言ってないんだよ!?ってミサカは・・」
「・・なンも言わねェから・・忘れたンかと思った。」
「そっ・・ちょっとの間忘れてたけど、それはアナタが悪いんだからって言訳してみたり。」
「俺ェ?なンもしてませんけど?」
「何かしようとしてなかった!?」
「気のせいだろ。」
「そう・・?まぁいいか。ええっとなんだっけ。そうだ!ミサカは思い出したっ!」
「もう屈まなくていいよな?腰にわりィわ、この距離。」
「そんな年寄りみたいなこと言うアナタのもやしっぷりが心配!ってそうじゃなくってえ・・」
「なンなンだよ・・さっさと言え。」
「あのね」

一呼吸置いて嬉しそうに語り出した打ち止めを一方通行は日差しが眩しいかのように目を眇めて見た。


「ありがとう、あくせられーた!一緒に見られて嬉しい。ってミサカは正直に伝えるね!」
「・・感謝ばっかしてンじゃねェよ・・返しきれないだろォが。」
「?返さなくていいよ。ミサカが言いたいから伝えてるだけなんだし。」
「・・ありがとよ。」
「!?アナタも朝陽が綺麗だっておんなじように思ってくれた!?よかったぁ!」

一方通行が生まれてきて良かったと思えるのは打ち止めがそう思うより強いかもしれなかった。
この笑顔に出逢えたからなのだということは充分承知していたが、それ以上に感じることは
自分との記憶を共有したいとしてくれることへの感謝だ。掛け替えのない時を共にと願ってくれる。
辛い思いも痛い思いも悲しいことも全部ひっくるめて、だ。過去を消すのではなく、それも共にと。

「そんなにありがたがらなくてもいいんだよ?」
「・・・・はァ・・?」
「へへ・・なんだかアナタがものすごくミサカに頭を下げてるような気がしたので言ってみたり。」
「・・・そォか・・?」
「申し訳なくは思わないでね?ミサカはこれからもどんどんアナタに我侭言ってお願いするんだから。」
「・・願って・・いいじゃねェか。それこそ遠慮とかするなよ。オマエは・・オマエの望むことなら・・」
「アナタが叶えてくれるんだ。嬉しくってどうしていいかわかんないよ!ってミサカは飛び跳ねてみたり。」

打ち止めはそう言いながらぴょんぴょん跳ねたり、手を振ったりくるくるとその場を回ったりした。
その光景に見惚れているのか、ぼんやりしていた一方通行に打ち止めがだだっと駆け込んでいく。
咄嗟に身構えた。うっかりするとその攻撃で後ろへひっくり返る、という無様な経験が過去にあるからだ。
多少その経験を元に打ち止めも加減をしたのか、しがみつかれたときも二人で転がることはなかった。

「大好き!ダイダイだーいスキ!ってミサカの大胆発言波状攻撃だよー!」
「芸がねェ・・と言いたいとこだったが波状攻撃できたか。」
「なんのこれからだってアナタがげっそりしたって告白し続けてやるんだから!って誓ったりして。」
「そりゃまたすげェすげェ・・!打ち止めさンの攻撃半端ねェな。」
「ふふふん!とミサカはミサカは自慢げに鼻を高く掲げてみたり。」
「ちっとも高くねェけどなァ、この鼻。」
「こっこらあっ!失礼なことを乙女に言わない!ってミサカはアナタにもう少し女心を知って欲しいと」

鼻を軽くつままれた打ち止めは憤慨しかかったのだが、すぐに離され、次の瞬間固まった。
一方通行がその少しばかり低めの鼻に口付けたからだ。ぼっと顔を赤くして一方通行を見返した。
するとおかしそうに笑う顔が打ち止めの目に映った。予想外にその笑顔は素直で優しいものだったので
打ち止めの視線は釘付けになり、ぼうっと見ているしかなかった。

「・・どォした?ナニ人の顔じろじろ見てンですかァ?」
「あ、アナタだって。さっきミサカのことじっと見てたじゃないって指摘してみる。」
「・・・・したら間抜け顔で見返してきたのはどこの何方でしょうかァ!?」
「そういう言い方は意地が悪いっ!ってミサかはミサカは・・見たらいけない!?って開き直ってみたり。」

「別に・・いいけどよォ・・」

困ったような顔を一方通行が浮かべた。打ち止めにはそれが照れているように見えた。
そう感じたことがくすぐったくて肩を竦めた。顔を横に反らすとほんの僅かに頬が染まっている。
朝陽もそれはそれは美しいと思ったけれど。打ち止めは一方通行が見せてくれる素直な行動が
この世界を美しく見せる一番の理由かもしれないと思う。それがとても嬉しい。胸が疼くほどに。

「あくせられーた。手、繋いで。黄泉川たち起きた頃かも。一緒に帰ろうよ。」
「・・・腹減ったな、そういや・・帰るか。」
「うんっ!帰ろう、二人で。」

打ち止めの差し出した手を一方通行は握った。握り返す小さな掌。
手を繋ぐことにはまだ慣れないが、その度に温もりを刻み付けることができる。
何度も打ち止めが繰り返しそうしてくれるからだ。どんなことでも彼には温かい。
慣れなくてもいいか、と一方通行はこっそりと思った。初めてのようにいつも緊張しても。
横にいる打ち止めの笑顔に目を細めてしまうのも。美しい世界に存在することに慣れなくても、
どっちだって幸せに違いない。繋いだ手と手を振りながら今日も愛すべき一日が始まる。
並んで歩く二人の頭上には晴れた明るい日差しが降り注いでいた。







早朝デート・・とも言う。