「雨のち晴れ」  


「あなたって雨男なのかなってミサカは責任を擦り付けてみたり。」

打ち止めは青から鉛色へと模様変えしている空を見上げ呟恨み言。
気象予報では処により俄雨とはあったが、あれほど晴れていたのにと。
逆恨んで口を尖らせる打ち止めに一方通行はやれやれと肩を竦めた。

「だからついて来ンなら傘忘れンなっつったろォが・・・」 
「む〜・・あなただって持ってないじゃない!」
「・・どっかで雨宿りした方が良さそォだな。降り出しちまった。」
「わーい!遠回りとか雨宿りって素適な展開だねってミサカは喜んでみたり。」
「クソガキ、とっとと・・」

ぽつりぽつりと頬に掛かっていたかと思うと一転して激しく降りかかる雨。
あっという間に二人を濡らす雨に一方通行は舌を打つが雨音に掻き消される。
取り合えず眼の前にあった公園の東屋に避難し、様子を見ることになった。

「・・寒くねェか?おまえいっつも薄着だか・・!!?」
「うん、ちょびっと寒いかもってミサカは・・なぁに?」

唐突に一方通行の問いかけは途切れた。打ち止めが訝ると彼は目を反らす。 

「あからさまに目を反らした理由は!?ってミサカはむっとして問いかけてみる。」
「・・・なンか・・隠すもンねェのか、そこ・・」
「そこってどこ?・・・って!?」

一方通行がほんの一瞬向けた視線の先を追って見たのは自分の胸元だった。
濡れて張り付いた服の下があからさまに見えていた。慌てて両腕で覆う。
黙り込んだ打ち止めと黙っている一方通行に激しい雨音だけが耳に響く。
 

”知らねェ間に育ってやがるし・・ンなモンいつから着けるよォになったんだ?”

”やだ・・こんな色のブラじゃなきゃよかったってミサカは後悔してみたり〜!”

雨は中々小降りにならず、二人は不自然に前だけを向いて突っ立っていた。
一方通行は空へ、打ち止めは足元へと視線は向いていたがお互いに見えてはいない。
気まずい沈黙が続いたが、打ち止めがふるっと身震いをしたことでそれは途切れた。

「俺も一枚切りで掛けてやるもンもねェし・・くっつくか?寒いンだろ。」
「あっでもそんなには寒くな・・ひっくしゅ!・・・・くっついていい?」

打ち止めは顔だけは上せて熱いのにどうしてだろうと不思議に感じながら、
両腕で抱えた冷たい肩を一方通行にそっと寄り添わせた。体温が伝わる。

「あったかい・・あなたってそんな体温高かったかしらってミサカは驚いてみたり。」
「オマエの体が冷えてるからだ。済まなかったな。傘をコンビニで買うこともできたってのに。」
「いらないって言ったのはミサカだし、あなたが謝ることないよってミサカは言い張ってみる。」
「・・・このまま止まなかったまじィな。・・走って帰るか?」
「ううん、きっともうすぐ止むと思うから節電しよ。電極のスイッチ離してね?」
「・・・・」

一方通行はやっと顔を上げた打ち止めの触れていない方の肩へ腕を伸ばすと抱き寄せた。
びくりとしたのは彼の手がやはり肩と同様に熱かったためだ。打ち止めは目を瞠る。
見上げた一方通行は眉を顰めて打ち止めを見ていた。心配と途惑いと何か、が見えた。

「・・・あ、あの・・一方通行」
「嫌なら離すが・・寒そうで見てられねェ。」
「嫌なんじゃなくてお願いしてもいいかなってミサカは遠慮勝ちに訊いてみるんだけど」
「なンだ?なンも遠慮することもねェだろ?」
「濡れててあなたが気持ち悪くなかったら、なんだけど・・もっとひっついてもいい?」
「もっとって・・どォ」

打ち止めは一方通行が返事をする前に彼の胸元へと頬を埋めたので抱き合う格好になる。
今度は一方通行の方が驚いたが、それほど寒いのかと思うと離すこともできずに

「・・俺はいいが・・あンまり・・『そこ』押し付けンな。」
「!?・・うん・・」

言われて少し胸元を離した打ち止めだが、顔は埋めたままだった。こくりと頷きまた黙る。

”風邪引かなきゃいいが・・にしても・・コイツ・・イイ匂いさせやがる・・”

”どうしよ顔上げられないよ。すごく恥ずかしい。けど・・なんて幸せな気分だろ”

ゆるく抱き合い、そうしたまま再び言葉を忘れていた二人だが、違いがあった。
あれほど耳を打っていた激しい雨音が気にならない。というか聞えてはいなかった。




「あー・・ちゅっちゅしてなかった!?ねぇママあ!してなかったよー!?」
「これっ!す、すいませ・・ダメって言ったでしょ、まーくんったら・・!」

一方通行と打ち止めが驚いて体を離したとき、空は明るさを随分取戻していた。
まだ降ってはいたが、小降りで今にも上がりそうだ。公園にやってきた幼い子供は
黄色い雨合羽を着ていて、母親は傘をさしていた。二人の居る東屋から遠ざかっていく。

しばらく呆然として公園の向こう側へと遠ざかる親子を眺め、やがて周囲に目を向けた。

「いつの間に上がったんだろ・ね!?・・・ってミサカは・・」
「帰るぞ。帰ったらすぐ風呂入れよ。体冷えてッから。」
「あなたがあっためてくれてたからそうでもないよ?・・って」
「とっとにかく帰るからな。行くぞ!?」
「あっうん・・って待って待って!そんなに急がなくたって。おいてかないで〜!?」

先を行く彼を追いかけ、水溜りを跳ね上げて打ち止めは悲鳴を上げる。
悲鳴に驚いた一方通行は振り返ると舌打ちをして戻ってきた。

「まさかこけてねェな!?気を付けろよ、ガキじゃねェンだから。」
「あなたいつもガキって言うくせにこんなときだけ!?ってミサカは不満をぶつけてみる!」
「ホラ、手ェ出せ。」
「繋いでくれるの!?やっぱりガキでもいいってミサカは嬉しさを隠さず微笑んでみたり。」
「アホゥ・・とっとと帰るためだ。寄り道はもォ無しだ。いいな!?」
「はーい。ってミサカは素直なお返事して、お風呂久しぶりに一緒に入ろう!?って提案!」
「ホーォ・・中学でもォ入らないって宣言したンじゃなかったかよ!?いいぜ、入っても。」
「うぐ・・タオル巻いて・・なら・・いいよ!ってミサカは・・」
「ガキに戻ったみてェに・・ほんとに戻りたいってのか?」
「複雑って正直に心情を吐露してみたり。でもあなたのことは大好きなの。変わらないよ?」


一方通行は思わず急いでいた足を止めた。繋いでいた手に思わず力が入った。
小走りだった打ち止めも足を休め、彼に寄り添う。そして強く手を握り返した。

「・・・・やっぱ・・ゆっくり行くか。」
「うん、賛成。手を繋いでるからどこにも行けないし。・・行かないよ。どこにも。」
「・・・・為りは大きくなっても・・変わらねェな、オマエは。」
「変わってるよ、色々と。だけど変わらないところは覚えていてよねってミサカは懇願。」

「そこは俺も変わることはない・・・って覚えとけ!」

「はい。わかりました。」

微かな一方通行の笑みに打ち止めも返す。二人は歩みを揃えて進み始めた。前へと。
公園を後にする彼らを先ほどの親子が見ていた。「ばいばーい!」と手を振る子供。
その声に気付いた打ち止めは「ばいばい!」と振り替えした。母親が頭を下げていた。
ゆっくりと向き直ると、打ち止めは一方通行の耳元にそっと囁いた。

「ちゅーもしておけばよかった。ね?」
「・・・言ってろ。」

悪戯っ子のような顔をして打ち止めは笑った。繋いだ手を大きく振る。
雨上がりの空は青く眩しくて、打ち止めと一方通行は同時に目を細めた。








コンビニの行き帰りも二人ならデートと同じだと思う。