「あいのうた」 


昼寝から起きるとやかましくて仕方の無い声がなかった。
つい視界にないと探してしまうのは煩くて小さな子供の姿。
じっとしていない子供だからこそ、要らぬ不安も増すのだと
自分に言い訳しながらどの部屋にも居ないことを確かめ舌を打つ。
保護者の片割れは仕事だがもう片方の元研究者もいないようだ。
今日の予定を聞いてはいなかったが、保護者付きなら買物か何かか、
そう予想しつつも、様々な不安要素を思い浮かべずにいられない。
だがふと思い出して彼は台所へ足を向けた。そしてそれを目にする。
数日前に子供に強請られて買ったマグネットが冷蔵庫に張り付いている。
白いウサギのようなキャラクターのそれが一片のメモを指し示していた。
紙片を摘み上げると、そこには見慣れた文字が躍っている。

「ミサカは芳川と一緒にお買物だから心配しないでね☆」

溜息混じりにそれを放り投げ、冷蔵庫の中の缶コーヒーを取り出した。
一口飲んで彼は少しばかり安堵し、居間へ缶を持ったまま移動した。

あの子供の居ない居間はなんて静かなんだろうと彼は思う。
「反射」で音の無い世界なら慣れ親しんでいるというのに。
寧ろその雑音の遮断された空間に一人居ることが常であったのに
それを味気なくさせてしまったのは他ならぬあのやかましい子供。
ぼんやりとソファでコーヒーを啜りながら、認めてしまうのは・・


『もの足りない』とかって一体俺は幾つの子供なンだと自嘲する。


時折どうしようもなく自分が未熟な子供のように感じる。
不思議なことにそう感じるのはあの小さな子供といるときにだ。
小さいと言っても彼女の器、つまり肉体はいくらでも成長させられる。
彼女は科学によって製造されたのだから、調整すればそれも可能だ。
しかしそれは彼女単体に負担を強いるなど好ましくないことだ。
だから今も変わらず10歳ほどの子供の姿のままでいる。
姿容ではないのだ。彼が安らぎなんてことを覚えることになったのも
その小さな体に頭を預け、まるで甘えるような仕草をしてしまうことも
何もかも与えられて満足している自分を見つけて驚愕してしまう。

それらを何と言い訳すればいいのか知らない。するべきなのかどうかも。
指摘こそされてはいないが、全てを見透かされているのではないのか、
『ガキ』と言い捨てて年長を気取って誤魔化していることも何もかもを
二人の保護者たちに。そしてあの少女自身に。


「・・打ち止め」


うっかり声に出してしまい、慌てて周囲を見渡した。
誰もいないことを確かめ、一人焦ったことを恥じ入る。
ほんとうにどちらが子供なんだと思う。しかしそれとは別に
自分を抱き寄せたり擦り寄ってくる手も腕も耳も頬も幼くて
えもいわれぬ感覚に襲われる。初めはよくわからなかったが
それは『愛しい』という気持ちなんだろうと今は理解している。
想いは時に乱暴に小さな体を引き寄せたくなる。堪えるほどに。
絶対に拒まない。そう信じてしまっている自分は何たる傲慢か。
けれどそんな傲慢も詰まらないプライドも少女は笑って抱きとめるのだ。


「おっせぇな・・アイツらどこほっつき歩いてやがンだァ・・?!」


彼が寂しさに苛立ちを隠せなくなっているとき、玄関の開く音。
途端に静かだった居間にまでそこから真直ぐに声が飛び込んできた。

「ただいまーっ!お寝坊さん起きてたよー!ってミサカはミサカは報告してみる。」
玄関の方から「はいはい、まずは手を洗いなさいよ。」と保護者の声が小さく聞えた。
あっそうだったと慌てる少女だったが、思い出したように彼に向かって告げる。


「おみやげがあるんだよ!ってミサカはミサカはアナタに全力でお知らせしちゃう。」
「一緒に食べようね、ってあっこう言うとばれちゃうって今気付いた。あわわ」
「やっかましィ!・・・とっとと手ェ洗ってこいよクソガキ。」
「はーい!ってここは素直にミサカはミサカは洗面台に直行の意思を告げてみたり。」


ばたばたと勢いよく聞える打ち止めの足音と話し声、そして台所へと移行する声。
買ってきたらしいオヤツの用意を手伝おうというのだろう。楽しそうな声だ。
そういうところはあくまで子供らしい打ち止めのはしゃぎっぷりに呆れながら
戻ってきた喧騒に一方通行は顔を弛ませていた。誰かに見られれば驚かれるほど
少女に負けない嬉しそうな笑顔だ。耳に響き出した音楽はいつも彼の世界を彩る。
そしてまるで愛の歌を奏でるように彼の心の奥までも歓びで浸してゆくのだ。









寂しがる一方さん。愛の歌を奏でているのは彼自身でもある。