「あいのことば」 


「アイしてる」

それは甘さの欠片もなく、血の入り混じった嗚咽のようだった。
搾り出されて重みで地に落ちる。それほどの質量を感じるほど。

「愛してるよ」
 
私の返事はその重みに反してあまりにちっぽけだったけれど
支えきれない重力を無視してその人の体に身を全て投げ出した。
あなたは私を縋るように抱きしめる。あのときもそうだったね。
よしよしと撫でるように力ない手であなたを抱き返す、いつも。

それが愛を囁いたり、交わしたりする言の葉だということは知っていた。
単語としてだけで実際の使用例は持たない。私はそんなのばかりだけれど。
だからあなたの告白が懺悔のようだったことに少しも違和感は覚えなかった。
愛することが罪だと言うのならそれは違うだろうとぼんやり感じただけだ。 

堪えきれずに体から染み出したみたいな声。痛みが伝わりそうな。
苦しいのかと不安になって大丈夫とわかってもらえるように抱きしめる。
言葉はどれも素通りしてしまいそうで、黙ったままそうしていた。
泣いているのかと思ったら、それは何故か私の方であなたの指で気付いた。
優しく拭った指をあなたは舐めた。やがて止まらない頬の雫に直接触れる唇。
冷たさと熱さが混ざっていた。唇は一滴残らず拭い取られた後、私の唇を訪れた。
塩気を含んだ冷たさは私の涙。それを過ぎると熱すぎるあなたの舌。 

どうすればいいのかわからないでいると、ゆっくりとゆっくりと解かされた。
息が苦しかったけれど、浮き上がった体も靄が掛かった頭も制御を離れて
思考すらままならないまま放棄した。あなたにされるがままに。


覚えているのはその辺りまで。気付いたら朝だった。
そのときは朝だと感じたのだ。眩しい光に目を細めたからだ。
少し視界がはっきりとしてくると、そこは私の部屋ではなくて
よくよく思い返すと訪ねたことはあっても入ったことのなかった部屋。
あなたの寝室。多分そうだと思った。自信はなかったけれど。
重い頭を回らせてあなたを探した。どうしていないのかと焦る。
そこで突然記憶がざっと戻ってきた。ぼっと体全体に火が点く。

”夢だった・・?!ううん、まさか。ここはミサカの家じゃないし。”

ベッドの上に起き上がると何も着ていないことにやっと気付く。
一番最初に目に入ったのは胸の真ん中の赤。驚いてシーツを手繰り寄せた。
シーツを頭まで引っ張りあげて被ると、そろそろとベッドを降りてみた。
ずくん!と下腹部が引き攣るように痛くて固まる。悲鳴が喉から出そうになった。
情けないがしばらくへたり込む。突き抜ける痛みの後じわりと全体のだるさも感じた。
ふとそのだるさに、初めて培養液から出て街を彷徨った過去を思い出した。
そういえばこんな風に衣服のない私は毛布を被ってあちらこちら誰かを探して歩いた。
そうだ、そしてとうとうあの人を見つけたんだ。懐かしいと思うと胸が温かくなった。

そうっと立ってみる。うん、大丈夫。やっと笑顔になれたと確認してドアを探す。
ぐるりと部屋を一望すると、広さがあるせいか殺風景な部屋。ベッドの他何もない。
小さなゴミ箱だけがすぐ傍にあって、破り捨てられた何かの袋と空き缶が見えた。
そうしてようやくドアに向かって歩き出した。ドアを開ける音がやけに響いて肩を竦めた。

あのときは後姿だったけれど、向こうからやってくるあなたが目に映る。
駆け寄ると、目を一瞬瞠った後、すっと細めた。ぱたぱたと素足が廊下を打った。

「その格好でどこ行くつもりだ?」
「今度はアナタが来てくれたね!」
「って、ミサカはミサカはあのときのことを思い出して和んでしまう。」
「大丈夫そォだな、いや無理してねェか?・・そのまま戻れ。」
「アナタも戻るところだった?ってミサカはミサカは尋ねてみるけど。」
「あァ、戻るとこだ。寝てろ、もう少し。・・黄泉川に連絡しといた。」
「あっミサカってば遅くなるとしか言ってなかったって心配掛けたことにうろたえてみたり。」
「・・・まだ早ェし、俺はこれから寝るとこなンだが・・腹減ったか?」
「なんだか普通だねってミサカはアナタとの温度差を感じて多少いじけそうなんだけど・・」
「普通なのはソッチだろォ!ンだよ、あンだけ梃子摺って心配させ・・」

言いかけて急に黙り込んだ。気まずそうな顔でわかったのは心配してたってこと。
顔色が悪い気がしたのは心配と寝不足?もしかして寝ていないのかなと思い当る。

「あの・・ごめんね?お腹はまだ大丈夫だから、一緒に・・寝る?」
「・・寝かせてくれンだろォな?」
「う・うん・・でも・・寂しいかもってミサカは冴えてしまった頭で正直に呟いてみたり?」

はァと溜息を吐きながら、私の頭をシーツごと抱えたかと思うとくるりと向きを変えられる。
あわあわする私は今来たところを戻されて・・・数秒後元のベッドにぽすりと腰を落とした。

「イタッ・・」
「!?大丈夫か!?」
「あ、違うの。平気だよ!ちょびっと声に出たけれどミサカはミサカは」

眉間の皺が相当の深さを示していて黙りこむ。「そんなに心配しなくてもっ・・って」
口の中でもごもごと言訳めいたことを呟くとぱくりと口を塞がれ、びっくりする。

「寝ろ。寝るまで見張ってっから。」
「ええ!?眠いアナタが起きてて眠くないミサカがっておかしくない!?ってミサカは疑問符を浮かべてみる。」
「眠いが寝たらオマエがその間どォしてっか気になってどうせ眠れねェンだ。だからもうちょっと寝ててくれ!」
「そっそんな・・かなり無茶を言ってるって自覚はあるの!?ってミサカはアナタが半分寝ぼけてるかと疑い・・」

むぎゅっとベッドの上に寝かされたかと思うと覆いかぶさる体にびくりと体が跳ねる。
こんなに密着してしまうと思い出しちゃう!とじたばたすると益々不機嫌な表情が見えた。

「・・起きたらなンにでもつきあってやるから、大人しくしてろ。」
「あう・・耳元で囁くにしては脅しが入ってる気がするってミサカは少しばかり恨み言を返してみたり。」
「ナニを期待してやがる。・・・それも後だ、後・・・」

かなり我慢していたのかもしれない。そのまま眠りに落ちてしまうところを見守った。
よいしょと体をどかせても起きない。こうなると余程のことがないと起きないのは知っている。
眉間に寄せられていた皺が消えていって、穏やかな寝顔に変わっていくところも見ていた。

「寝顔は初めて見たときのまんまだね?ってミサカは見惚れつつ囁き返してみる・・・」

シーツを二人の上にも引っ張って私も目蓋を下ろした。眠れるまでいてくれるんじゃなかったの?
あなたの言葉を嘘にしないために、眠っている振りをする。こうして傍にじっとしているからね。
この人が私にくれる言の葉は、どれも私じゃない人からすれば乱暴な言葉かもしれないけれど
どんなに辛辣でも怖くない。もしかしたら私だけがそう思ってるんだとしてもそれでもいい。

あなたのくれる言葉はどれだって愛に溢れていて私を満たしてくれる。

「愛してる」

伝わっているかしら?私の言葉は。あなたにちゃんと届いているの?
寝ぼけたみたいにあなたは私を抱き寄せたから、片方の手の指を絡めてみた。
そうしたらきゅっと握ってくれた。まるで私の言葉が聞えたみたいだった。
嬉しくて嬉しくて頬が弛む。起きるまであなたの寝顔をみていようかな。
それならきっと退屈しない。眠ってしまってもいいよね、そうしろって言ったもの。
繋いだ手から脈打つあなたの血。呼応する私の血。愛の言葉が染みこんでゆく。

あなたからはいつでももらえるから、これからは私があなたに届けるね。
ううん、私の言葉もあなたとおなじ。どれもみんなあなたへの愛が詰まっているんだよ。








初めての朝のハナシ。一睡もできなかった彼。^^