Aches for you 


端から見れば実にもどかしくもあるが、
不器用な子供のやり取りはどこか懐かしく。
事の成り行きを見守っていた保護者の一人、
芳川桔梗は思わずその光景に目を細めた。

「・・・オイ、・・泣くなよクソガキ・・」
 
口論は他愛無い原因でしばしば彼らの間に見られる。
そんな風に思ったことを言い合い出来る間柄なのだ。
けれど当事者にとってはそれなりに試練だったりする。
背中を向け合っていた二人の子供は今、仲直り寸前。
ジャマをしてしまわないように気を遣いながらも、
目に入った光景から目を離せない。野次馬というより
保護する側として二人を見守る親のような気持ちだった。

冷蔵庫からお気に入りの缶コーヒーを持って彼は戻った。 
距離を空け、膝を抱えて蹲る喧嘩相手の近くに腰を下ろす。
彼女の背中は彼を拒絶しているように感じられるのだろうか、
目にしたくないとばかりに背を向け、コーヒーに口を付けた。
しかし、ほんの一口だけ含んだ後、彼は小さく舌打ちした。
背中越しに、喧嘩相手の少女がくすんと鼻をすすったのだ。
どちらかというと泣かない少女。彼女が泣くのはいつも同じ理由。
それは喧嘩して苦い顔をして缶を見詰めている彼のことだ。
彼のことを心配したり、気遣ったり、とにかく彼を想うあまり 
年上ぶった態度になったり、必死になったり、一生懸命になる。
そしてそのことを、彼、一方通行も充分過ぎるほど理解している。
彼なりに懸命に努力して向き合ってはいるのだ。涙ぐましいほど。
そして大切に想っている。彼女を。その優しい心根を誰よりも。


彼の右腕が動いたのは声を掛けてからほんの少し逡巡した後。
少女が片方の手を床に置いていることを背を向ける前に観察していたのか、
見えていないはずなのに迷い無く握り締められた少女の小さな手に伸ばす。
彼を知る者ならきっと目を丸くするほどに柔らかな、少し怯えたような動きで。
はっと気付いた少女はその大きな掌が自分の拳を包み込むのを見詰めた。
打ち止めという名の見た目は彼よりも随分幼い少女は僅かに滲んだ瞳を見開く。
彼の手は握るというより包み込むような仕草。打ち止めは思わず頬を緩める。
握っていた彼女の、彼よりはかなり小さな手は指を伸ばしてその手を握った。

黙ったまま二人の手指が互いを確認している。きっと温かいに違いない。
もう大丈夫ねと、芳川桔梗は胸を撫で下ろし、そっとその場から退いた。


「えへへ・・ミサカは素直じゃないアナタの手を握り返したり。」
「・・コーヒーが不味いンだよ。ぐずぐず泣いてるガキなんかが見えるとよォ。」
「アナタならきっとどっかへ逃げちゃうでしょ?!そんな場面だったとしたら。」
「・・・・・」
「だから、ウレシイよ。ミサカのために戻ってきてくれたんだから。」

一方通行は口元を歪め、少し唇を噛む。どんな言葉も言訳になってしまう。
打ち止めの言う通りだと認めてしまえば楽なのだが、中々に困難だったりする。
心中複雑な彼だが、根底に流れる彼女への想いにはとっくに頭を下げている。
尊敬や憧憬、愛してやまない温かな・・・小さな体一杯に詰まった優しい感情。
決まり悪そうに彼は目を伏せた。握ってくれた打ち止めの手を彼もまた握り返す。
キラキラと眩しい笑顔を向ける打ち止めを直視できないのか伏せた目は泳いだ。

「仲直り!ってステキだね。アナタに近くなった気がするもの。」
「チッ・・」

言われて一方通行は頬を染める。誤魔化すように持っていたコーヒーを呷る。
そして二口ほど嚥下して「まぁ・・さっきよりは不味くねェ・・」と呟いた。
一瞬目を丸くした打ち止めは、大きな瞳をジトっと胡乱にして彼を見やった。

「良かったね、とミサカはアナタのそういうところも可愛いよと余裕を見せてみたり。」
「ゥっせ!つまんねェことでぴーぴーべそかいてやがったクセしやがってよォ!?」
「つまんないことで子供っぽい意地を張るアナタに言われたくなかったり!」
「ンだとォ・・オマエちょっと甘い顔すりゃ調子に乗りやがって・・」
「えー!?いつ甘い顔なんてしてくれたのってミサカはその顔を再生希望してみるよ!」


聞きなれた子供たちの声が響いてきて、芳川桔梗は眉を顰めながら居間へ戻る。
すると彼らがまたもや仲良く言い争っている場面が飛び込んでやれやれと呆れる。
けれど、今回はその後を確認することなく、元の自室へと早々に引き上げていく。

「あれはいつものじゃれあいね。仲直りしたらしたで・・可愛いこと。」

そんな呟きが思わず零れた。顔には呆れたようなそれでいて安堵の表情が浮かぶ。
多分今は気付いていないのね、と芳川は一人肩を竦める。二人は言い争っていながら
おそらくさっき彼から伸ばした手を繋いだままだ。それもしっかりと強く握られて。
どちらが先に気付くだろうか、と多少野次馬を含んだ研究者資質の強い芳川は想像する。

”打ち止めかしらね?ウン多分。しょうがないわね、男の子って・・・”

芳川桔梗にそんな予想までされているとは知らない二人は居間でまだやりあっていた。
しかし予想は的中する。打ち止めは繋いでいた手をぶんぶんと勢い良く振ったのだ。
すると自分の手がしっかりと握り締められたままだと気付いて突然に顔を赤らめた。

「あ!?・・なに唐突にそンな顔してンだ。」
「うう・・今気付いたんだもん。・・・手。」
「・・っ!!!!」

咄嗟に理解して一方通行は手を離す。勢いで打ち止めがよろけるほど乱暴に。
よろけた打ち止めを慌てて支えるあたりは無意識だ。至近距離で目ががっちり合う。
またもや大げさに後ずさった一方通行。打ち止めは何故かがっかりした様子だ。

「・・・ミサカに触れるのってそんなに怖い?」
「こっコワがってるわけじゃねェよ!ってか・・//////」
「怖くないよってミサカはお姉さんぶってにこやかに諭してみたり。」

確かにみっともない。まるでガキなのは自分だ。動揺でうっかり握りしめた缶が潰れた。
まだ缶には液体がかなり残っていたらしい。彼の手が黒く濡れ、リビングに染みが広がる。

「手っ!?大丈夫?ってミサカはミサカは・・拭くもの持ってくる!」
「・・手ならどォもしねェから慌てるな。」
「怪我してない!?慌てないでってアナタに言葉を返してみる。傷つけないようにね!」

言いながらも心配そうに打ち止めは急ぎ台所へ向かった。そしてあっという間に戻ってくる。
綺麗な布巾で彼の手をそっと包んだ。「怪我なんぞしてねェっつってンだろォが・・」
「良かった。ってミサカは溜息を吐いてみる。気が短いんだからアナタはぁ。めっ!」

「過保護、だぞ。」
「過保護なアナタにお返し。なんてミサカは言ってみたり。」
「・・・・」

二人で汚れた床などを拭いたりする間、一方通行は黙り込んでいた。
「ふぅ、ソファが無事だったことに安堵してみたり。ヨシカワも気付かないよね、これで。」
打ち止めはいつも通り一人ごとのようになんだかんだと呟いている。一方通行の返事がないことに
あまり気兼ねをしない。最初に出会ったときなど完全無視であったせいもあってか慣れてもいる。
しかし、後始末が終わっても浮かない顔の一方通行に、さすがに気遣わしげな視線を向けた。
新しい缶コーヒーを持ってきてあげようかな、とそう思ったとき、彼が座ったソファを叩いた。
自分の横に空いている間。そこをポンポンと。そこに『座れ』と示唆しているのだと気付く。
ぱっと顔を綻ばせて打ち止めは一方通行の隣に腰を下ろした。彼に嬉しそうな笑顔を向けて。

「・・ごくろォ。」
「どういたしまして。アナタも手伝ってくれたじゃない。共同責任でしょ?!」
「缶をぶっつぶして汚したのは俺で、オマエは何もしてねェのにか?」
「喧嘩両成敗って言うんでしょ?ミサカも無関係にしないでよ。水臭いなぁ!」
「・・・水臭い・・」
「違った?あれれミサカは知ったかぶってまたもや微妙に取り違え発言したのかな。」
「いや・・いいンじゃねェ?俺にはよくわからンけどよォ。」
「アナタでもわからないことってあるのね!ってミサカは単純で真っ当な驚きを示してみたり。」
「俺の知ってることなンざ・・どォでもいいことばっかりだ。特にオマエにはな。」
「??・・・アナタが落ち込んでるように見えたのは気のせいだったのかな?ならヨシとする。」
「あァ」

一方通行はそう肯定すると隣り合った打ち止めの手をさっきよりは怯えずに握る。
ほっこりと打ち止めの頬が染まった。一方通行に見惚れたのだ。言葉も忘れて見入る。
何故なら彼がとてもとても素直な、いつか見た笑顔を惜しげなく向けていたから。
いつもの居間の見慣れたソファで隣り合った二人はいつの間にかまた手を握り合っていた。


数分後、芳川桔梗は家に残る三人でお茶でもしようかと自室から再びやってきた。
すると居間では手を繋ぎあった一方通行と打ち止めが眠っていた。互いの体を支えにして。
芳川はお茶はもう少し後に予定変更し、毛布を取りに戻ると二人に掛けてやる。

”仲直りできてよかったわね” 眼差しでそう伝えながら。








黙ったまま見詰め合って・・・寝オチ。
まだそれ以上はどうすればいいかわからないんだと思う。
そんな何もしないで一緒に居られる幸せを噛み締めたり。