0831より永久に 


いつだったか、もう遠い昔の話をしようか。
夏の終わりも近い夜、とある少年少女のお話。
どんな御伽噺より深く胸に落ちてくるお話を。


「ねぇねぇ、それで?どうなったの!?」
「んーとね、それから二人は一緒に暮らしました。お終い。」
「それでそれで!?どうしてもっと先がないのかなぁ?!」
 
「またその話してるの?・・飽きないこと。」
「だってだって、いつ聴いてもドキドキするの!」
「そう・・お母さんも好きだったけれどアナタはもっとね。」
「あのねあのね、その男の子がカッコイイんだもの!」
「お父さんより?」
「私は私はぁ、おじいちゃんに似てると思うんだ!」
「ふふ・・おじいちゃん大好きですものねアナタは」

ふんわりと白い髪を肩で揺らして嬉しそうに子供は頷く。 
可愛らしく表情豊かで、血色良く薔薇色の頬を綻ばす。
母から幼い頃より絵本とは別に聞かされて育ったお話。
とんでもない”怪物”と呼ばれた少年が少女に出会い、
罪を受け止め生まれ変わるお話だ。現実離れしてはいるが
昔『学園都市』と称されていたこの街ならば在りそうで、
そしてその怪物少年を救った小さな女の子というのが
話を気に入っている子供の祖母を彷彿とさせるらしい。
 

「私ね私ね、おじいちゃんに似てないけど髪と目は同じでしょ!?」
「そうねぇ、顔はおばあちゃんとお母さんに似てるわよね・・・」
「っていうかいうかウチの家系って女は顔皆そっくりじゃなぁい?」
「おばさんたちのことね。確かにそっくりよね・・」

「皆大好きだけど、おじいちゃんが一等好き!」
「めったに会わないのに不思議ねぇ・・」

孫に向って目を細めると、その当人が近寄って祖母に抱きついた。
おばあちゃんも好きだから心配しないでね?と可愛い言葉を添えて。

「ありがとう。嬉しいわ。きっとおじいちゃんもね?!」

祖母はいたずらっぽく片目を瞑って孫に囁く。子供は嬉しそうだ。
それは有り触れた光景で、そのうち玄関から帰宅を告げるチャイムが響く。
すると子供はぱっと表情を変えて、出迎えするべく飛んで行ってしまった。

「お帰りなさーいっ!!って私は私は・・イイ子で待ってたよ〜!!」

「・・元気ねぇ・・ほんとに私ってあんな風だったのかしら?」
「いやぁね、お母さんたら。まだまだ若いんじゃなかったの?」
「気持ちはね。でも体にガタがきちゃって・・しょうがないわ、こればかりは。」
「・・お父さんの努力を無駄にしないで長生きしてね、お母さん。」
「そうね・・幸せ過ぎてボケちゃいそうなのかもしれないわ。」

子供の母、つまり自身の娘に促され、祖母は腰をかけた。
医者の予想を覆し平均寿命を過ぎた学園都市製の体を軋ませながら。
穏やかな表情は満ち足りて、かつての溌剌さは影を潜めてはいるものの
慈愛に満ちた笑顔はひょっとすると世に零れ落ちた時から備わっていた。
一生肺に直接空気を吸う込む予定もなかった彼女は『都市』を放浪した。
ふらふらになっていく体を必死に支え、心がくじけそうになっても諦めず
だから出会えた瞬間、鮮やかに視界は彩られたと記憶にしかと残っている。

「・・あのヒトは・・!?」

毛布一枚で包まれた弱々しい体に力が漲る気がしたものだ。
汚れた裸足の痛みも忘れ、見つけた少年に一生懸命話しかけた。
どうやら反射を発動中らしい彼は中々振り向いてくれなかった。
けれどきっとなんとかなる。理由は後付けでそのときはただただ嬉しくて
やっと見つけた少年に声を掛け続けた。怪物だなどと思えない華奢な背中に。

「懐かしい・・・昨日に思えるくらいはっきりと覚えているのに」

幸せそうに微笑みながら、眠りに落ちた。彼女お気に入りの椅子が揺れた。
どやどやと孫が待っていた人や父親など、賑やかな面々を引き連れ戻ってくると
祖母が眠っているのに気付いてそうっと息を潜めて近付いてきた。
寝顔を覗き込み、息があることを確かめると振り返って周囲に人差し指を出す。

”し〜〜〜〜〜っ!・・・おばあちゃん眠ったみたい。静かにね!?”


眠ってはいたが、孫の気配や皆がやってきたのをぼんやりと感じていた。
孫は去っていったが入れ替わりによくよく知った人物が近付くのにも気付いた。
しかし眠気が勝って起きることができない。不安を含む眼差しが向けられていても。
やがて確かめるように手に触れた温かさ。それは彼女の伴侶のものだ。

”何年経っても・・・あなたの手は優しいわね・・・”

あの日出会って少年は間違いなく生まれ変わっただろう。けれど少女もそうだった。
生まれ直した少女は彼の目覚めを待った。病院のベッドの上が再会場所だった。
穏やかな風が病室のカーテンを揺らしていた。いつの間にか眠ってしまった。
彼が目覚めるのを待ちきれずにいたのにベッドの脇で居眠り。そうしていたら、
少女の手に触れる温かさ。そう、あのときは握ることなくそうっと触れただけ。
それも怯えたようにこっそりと。そして体温を確かめるとほっとして離れた。
少年が彼女の何度も何度も差し出す手にとうとう握り返すまでは時間が掛かった。

途惑いと怖れの混じった手は、妹達を引き裂いた手と同じものでありながら
打ち止めと呼ばれる少女には初めからとても優しくて温かい手だったのだ。
長い繊細な指は今でも彼女を包み、慈しみ、愛しんでくれるもの。

「・・・打ち止め、・・タダイマ。」

祖父の大好きな孫が、夕食のチェックをしに台所から居間へと戻って来ると、
眠っている祖母の手を大切に取っている祖父を見た。壊れ物のように優しく
手を取って跪く祖父が祖母を見詰める赤い瞳は、思慕や崇拝に満ち満ちていた。
そんな様子に思わず溜息を漏らす子供に母親が後ろから肩へぽんと手を置いた。

「おばあちゃんにヤキモチ?」
「ううんううん、違う違うの。おばあちゃんに優しいおじいちゃんがいいの!」
「そうか、お母さんとおんなじだね!?」

くすっと笑う母親に釣られて子供も口角を上げると子供は肩を竦めて同意を示す。

「あっどうしよう!おばあちゃんが起きないとご馳走が食べれないかな?!」
「いいじゃない、もう少し二人をそっとしといてあげましょうよ。」
「そうかそうか。それもそうだね!」

少しだけ祖父母を振り返った子供は心の中にあることを思い描いてみる。
もし大好きなあのお話に続きがあるとしたら、そのお話はきっと・・・
子供は自分の想像に満足した。少年は青年になり、少女を護り続けて・・
そうして歳を重ね、今も祖父母のように幸せに暮らしているのだと。

「ねぇねぇ、お母さん。あのお話って誰に教わったんだっけ?」
「おばあちゃんよ?言ってなかったかしら?!」
「おばあちゃんは誰から教わったのかなぁ!?」
「それはお母さんが聞いても教えてくれなかったなぁ・・」
「ふ〜〜ん・・・」

「あ、そうそう、ヒミツだって言ってたかな?おばあちゃん。」
「秘密・・秘密かぁ・・」
「おじいちゃんに訊いても『さァな』って言ってたと思うよ。」
「うんうん、おじいちゃんには私も訊いてみたことあるんだ。」



いつかの話。いつだったか遠い昔話
とある少年と少女のお話は出会ってからその後は
どうなったのか誰も知らない、ということになっている
いつか遠い未来、自分がおばあちゃんくらいになったら
秘密が解けて何もかもわかる気がする。予感かもしれない
そんな未来も秘密めいていいかも、そんな風に思う

”よかったね!” ”二人が出会えて” ”心からおめでとう!” 








出逢ったのが8月31日なら事件は9月1日だったのでは!?
とか思いましたが、調べなおしてはいません。どっちでもいいです。
日付は忘れても一生その日のことは忘れない、それでいいと思います。