行かなくちゃ



早く 早く 行かなくちゃ
逢いに行かなくちゃ あなたに
どうしても 行かなくちゃ
どうしてだかわからないけど
行かなくちゃならないの



天蓋孤独で村の厄介者であったためにりんはいつも腹を空かせていた。
だからちょくちょく森に深く分け入っては食べられる草木を探した。
そんな或る日それに出会ったのだ。
赤く染まった美しいものに。
威嚇されて一瞬怯んだがその赤さは双眸のみあらず、獣は傷ついていたのだ。
りんは救いたいと思ったわけではなかった。
手負いでも十分な生気を感じたし、獣と言うには躊躇われる美しさがあった。
初めて見る人でも獣でもない、それはもののけと言われる類だとすぐにわかった。
水を思い切って頭からかけてやるともののけは大層驚いたようだった。
りんはどうしてかその場から離れるのが躊躇われた。
それから何度も足を運び、何か食わないかと様々なものを差し出してみた。
もののけは何も口にせず、りんは途方にくれたが日毎に元気になる様子に歓んだ。
初めて口をきいてくれたのはりんの手傷を慮っての言葉だった。
久しく忘れていた笑顔をもののけはりんに思い出させてくれた。
そのことが一層りんをそこへ向かわせたのか、りんは日に何度もそこを訪れた。
元気になってしまったら、どこかへ行ってしまうだろうか。
そしたらもう二度と逢えないのだろうかとりんは焦るように足を急がせた。
その後命を落とし、もののけに救われたと知ってからりんは人里から離れている。
もののけに連れて行ってもらえたのだ。
どこへも共にとはいかず、留守番の方が多いほどであったがりんは幸せだった。
もうずいぶん昔のことになったがあの頃のことを幾たびも思い出す。
”行かなくちゃ、あそこへ”
”行ってしまう前に 早く”
行かなければならないと感じ、行きたいとりんは強く願った。
その通りになってもなお、よく空を見上げると「行かないと・・・」と思う。
魂の奥底から突き上げるような、身体の芯から急かされるようなそんな想い。
無力な子供であるから、もののけと遠くかけ離れているからなのだろうか、
りんにはわからなかったが、そうとは違う気がしていた。
”逢いたい”ただそれだけがりんを動かしていたと思う。
理由はどうでもよかった。ただひたすら想うままその姿を探す。
”逢いたい”出会ってからそう思わない日はないかもしれない。
目を閉じ、夜の眠りに落ちるとりんはよく森の中を走っていた。
急ぎ、息を弾ませ、期待と不安の入り混じった胸を抱えて。
”ああ、逢えた・・・よかった・・!”
その安堵と幸福は代えがたいものだった。
朝目覚めたときにその姿を見つけたときはなおさら嬉しかった。
逢うためにりんは生まれてきて、生きる意味もそこにあるのではないか。
そう思えるほど逢えれば幸せを感じてりんは満たされる。
「おかえりなさい、殺生丸さま。」
今もお出迎えは幸福なときの一つでりんはいつも笑顔を絶やさない。
黙ってりんのいつもと変わらぬ様子を確かめるともののけは薄く目を細める。
それが寡黙なもののけの安堵の徴だとりんは知っている。
いつものように今日のことを報告し、帰還したもののけに付き従う。
”ああ、逢えた・・・よかった・・!”
その言葉がまたりんの身体と心に染み渡っていく。
蕩けそうな妻の笑顔に夫であるもののけも満たされ、癒される。
そっと労わるように肩に手を伸ばし、包み込むと軽い溜息をつく。
まるでその腕に抱いていないと安心できないとでもいうように。
”ようやく帰れた・・・”夫はそう思う。
りんの元がもののけにとって帰る場所であるからだ。
離れればいつも心の隅で帰りたいと願う。
如何なるときもその身に何が起ころうとも、帰ることを懇望する。
それもまたもののけの常であった。
お互いにそのことを口に出すことはない。
逢えたことで想いはそれぞれの内に収まり、言葉にする意を失うのである。
今夜ももののけはりんを傍から離すことなく更けていく。
繰り返し逢いたいと願い、逢えてお互いを確かめる。
夜が更けきって目を閉じるとまたあの夢が訪れる。
幸福の始まりであったあの頃を思い出す。
そして今も確かめるこのぬくもりはあなたが在ればこそ。


早く 早く 行かなくちゃ
逢いに行かなくちゃ あなたに
どうしても 行かなくちゃ
どうしてだかわからないけど
行かなくちゃならないの
あなたに逢いに行かなくちゃ
どうしても どうやっても

逢いたいの ただ逢いたいの
それが何故でも どうしても
行かなくっちゃ・・・