(5)氷解  



 眩暈と動悸に責められながら幸せに高まる二人はどれほど抱き合っていたのか、
 ふとりんが身じろぎ、「殺生丸さま」と小さく可愛らしい声で囁きました。
 閉じ込めていた腕の力を緩め、覗き込むとりんの笑顔が飛び込んできます。
 また抉られるような胸に痛みを感じながら、「何だ。」とやっとの返事をしました。
 「りんね、こんなに殺生丸さまとくっついたの初めてだね。」
 「・・・そうだな。」
 「何だかどきどきして嬉しいのに苦しいみたい・・・」
 「・・・そうか。」
 「もしかして殺生丸さまも?!」
 「何故そう思う。」
 「だって胸のどきどきが聞こえたの。」
 「・・・ああ。」
 「りんもね、何だか胸が壊れそうなくらいなのに治まらなくていいやって・・・」
 りんは照れたように頬を染めながら、幸せそうに微笑みました。
 殺生丸もまたこれほど苦しいと感じながら、この高鳴りを鎮めたいとは思えませんでした。
 しかしこのまま熱く滾る想いを身体ごと伝えてしまうことに怖れも残っていました。
 もう誤魔化せはしない、諦めることはできない、りんの全てを感じたい、
 だが、どこまでも優しくできるかどうかわからない・・・
 ・・鳴かせたい・・・泣かせたくはない・・・
 りんの花のような笑顔に捉えられたまま、妖怪は想い廻り追い詰められるようです。
 殺生丸が切なく見つめるのを見上げて、りんはまた縋るように妖怪を抱きしめました。
 どうしたら自分を想って辛そうな妖怪をを慰めてあげられのだろうと思いました。 
 「殺生丸さま、りん・・・こうしてお傍に居てもいいのよね?」
 「離さぬと言った。」
 「うん、離れたくない。もっと・・もっと傍に居たい。一つになれるくらい。」
 「・・・りん・・」
 りんからは殺生丸の悩みを受けとめようとする必死の想いが伝わってきます。
 なおさら辛くなりながらりんの髪を撫で、その髪に顔を埋めました。
 「何もかも私にくれるか?命も魂も・・・その身も」
 りんは広い胸に押しつけていた顔をはっとあげ、目を反らしている妖怪に視線を送り、
 「そんなのとっくに殺生丸さまのなのに。」と不思議そうに答えました。
 「・・・」
 「りんはりんだもの、妖怪みたいに殺生丸さまのお力にはなれないけど・・」
 「心と身体なんていつでもあげるよ、りんにあげられるものなら全部あげる。」
 「・・・」
 「どうしてそんなに心配するの?りん、怖いこと何もないよ。」
 「・・・」
 「何があっても殺生丸さまを嫌いになったりしないから!」
 りんが一生懸命に訴えるのを見つめながら、殺生丸は何かがほどけていくのを感じました。
 「おまえには・・・勝てぬな・・」
 「え?」
 「おそらく、おまえにだけは・・・」
 りんにもたらされる痛みと歓び、あまやかな感覚、何もかもを癒す力、
 あれほどの怖れと迷いをこの何も知らぬ少女が次第に呪縛を解いてゆくのです。
 解かれるほどに感じるあまりの愛しさに髪の先から爪の先までが震えるようでした。
 「りん」
 「はい?」
 「私は優しくはない。」
 「?そんなことな・・」
 「おまえを欲するときはそうできぬかもしれぬ。覚悟しておくが良い。」
 「??何をするときって?」
 「もう待つことも耐えることもせぬ。私に教えてくれ・・・」
 「殺生丸さま?」
 「おまえのようにただひたすらに想うことを。」
 「苦しくともよい、おまえと共にあるのなら。」
 「苦しいならりんにもちょうだい、殺生丸さま。」
 「一緒ならきっと大丈夫だよ。」
 殺生丸は今度こそその瞳を反らすことなく見つめ、りんの瞼へと唇を寄せました。
 目の前に黄金の瞳を受けてそっと降るように落ちてきた唇にりんは瞼を下ろしました。
 温かさに瞳を閉じたまま、そこに込み上げる熱いものを感じました。
 ”なんて優しいの・・・どうすれば教えてあげられるの?この優しさを”
 瞼から頬へと伝う唇。何時も間にかたどりついたりんの唇もまた温かく熱を伝えるのでした。
 吐息が互いのなかへと吸い込まれて行くのをりんは不思議な気持ちで感じていました。
 ”なんだろう・・・まるで・・・溶けて混ざり合うようだね・・・”
 りんの甘さと優しさに我を忘れて重ね合い、どこか彼方へと運ばれるような
 気の遠くなる心地に身を委ね、二人は新たな旅へと出立つ予感に包まれていました。