手にキス



俺はお前がいい。どんなにわがままを言っても
困らせても赦して欲しい。お前にだけは何もかも曝け出す。
夢を見る暇もない現実に、それでも夢を見てくれと願う。
身勝手でもわがままでも、それでもお前がいいんだ。
理屈じゃない、魂が呼んでる。お前じゃなけりゃダメだって。




「貴方はもっと博愛の精神をお持ちかと思ってました。」
「わ、悪かったな!だから俺は王とかに向いてねぇんだよ!」
「女性の後を追いかけてばかりとうかがっておりましたからね。」
「う、そりゃその・・本能だよ、しょうがねぇだろ!?」
「私はそういった女とは違うと?」
「なんかな・・うまく言えないが・・物凄く違うんだよ。」
「私は女としての魅力には乏しいですしね。」
「いやまぁ細っこいし、きっつい性格だし頭もむかつくほどいいけど・・」
「褒めておられるのですか、それ?」
「・・・・なぁ・・どういやわかってくれっかな・・?」
「なにをです?」
「俺はお前が可愛いと思うし、好きだ。だから・・」
「私も好きですよ。」
「邑姜?」
「子供っぽいところも、本音がすぐに見えるところも。」
「あ、あのな?子供産んでくれってのは・・」
「私の産む子がやがて次代の王となる、そう思ってくださるのですね。」
「そんな気がすんだよ。でもってこれはきっとそうなると思うんだ。」
「根拠はまるでない・・でも自信はたっぷり。」

「惚れてもいるがそれだけじゃない。俺はお前に・何もかも赦して欲しくて・・」
「そんな申し訳なさそうにおっしゃらないで。光栄です、女としてこれ以上ないくらい。」
「つまりはわがまま言いたいし、勝手を聞いて欲しいし、甘えたりもしたいんだぜ?」
「どうぞ好きなだけ。私は音を上げたりはいたしませんから。」
「かっこいいな・・お前は。王にはお前のがよっぽど向いてんじゃないのか!?」
「いいえ、そんなことはないわ。やはり王はあなたです。」


邑姜は武王の足元に畏まり、片手をとると口付けした。

「おっおわっ何!?なんだよ?!」
「貴方に忠誠を尽くすという意味です。」
「そっそっか・・・じゃあ・・」
「お受けしました。貴方の妃になることを。」
「おっおう!なら俺も誓っていいか?」
「え・・?」

邑姜の手を取って立ち上がらせると、武王はその膝を着いた。
先ほどの所作を真似て片手を取ると、恭しく口付ける。

「貴方がなさることでは・・・」
「なんでだ?俺にも誓わせてくれよ。」
「武王・・」
「お前が俺の望だ。この国を護るために共に生きてくれ。」
「・・誓いましょう、共に。」

まだ歳若い王は子供のように無邪気な顔で笑うと立ち上がった。
邑姜もそんな武王に微笑みを返す。歳に似合わず大人びた表情で。

「さて、忙しくなりますね。」
「え〜!?もうちょいこう・・いちゃいちゃする時間が欲しいなぁ!」
「何贅沢なこと言ってるんです。時間がもったいない。」
「・・・わがまま聞いてくれんじゃないのか!?」
「聞きますよ。それに従うかどうかは別問題です。」
「ナニーっ!?そうなのか・・?」
「逃がしませんよ、誓ったのですから。」
「はは・・・頼もしいな・・!」
「頑張りはちゃんと見ていますよ。」
「・・・ご褒美はあるってことか?」
「ええ、勿論。」
「そっか、じゃあま、よろしく頼むわ!へへ・・」
「なんですか?」
「なんか安心したらさぁ・・照れてきた。やべー・・」
「何ばかなことを・・」
「あー、どうにもいかんなー!なぁなぁ、手じゃなくて他んとこにもしてぇv」
「なっ!?んもう・・・なんですか、そのだらしない顔!」
「しょうがねぇだろ、お前にまいってんだからさぁ・・!」
「・・・程ほどになさいませ。よくそんな歯の浮くようなこと言えますね!?」
「おおっ!?お前ひょっとして・・照れてるのか!?くわー!まいったなぁv」
「いーかげんにしなさい!怒るわよっ!!」
「怒った顔も可愛いからなー、ゆうきょうってば・・」

武王は突然悲鳴を上げて身体をくの字に曲げた。鳩尾に肘が入ったらしい。

「そう簡単にデレデレされては困ります。教育し甲斐がありそうだわ・・」

そういう邑姜の顔は明らかに赤らんでいて、武王は嬉しそうにまた笑った。



一分でも一秒でも長く、この娘の傍で笑っていたい。
もし病がこのまま俺を苛んでも、負けない、お前がいるから。
そしてどうしても旅立たねばならないときは、何もかも持っていく。
こんな幸せをかき集め、どれだけ心強いだろうと思う、一人じゃないんだ。
愛しさを包み隠さずに俺にくれ。忘れる暇もないと言って欲しい。
きっと叶うだろう、結ばれていく想いの数だけその絆は強くなるだろう。
そして俺にも言って欲しい。わがままを、俺をどんどん困らせてくれ。
何もかもを求めて済まない。俺にはお前しかいないから。

こんなにも愛せる女に出逢えて良かった。








発邑(封神演義)でプロポーズのお話。