芳花 



りんのにおいが変った
このところ微かに違和感を覚えていた
だがその日は顕かに変っていたのだ


私が訪ねるのをいつものように待っていた
まるで一輪の花のごとく上を見つめつつ
駆け寄って来ぬことは初めてで軽く驚く

「殺生丸さまー!」

呼ぶ声も姿も手を振る様も変りないが、違うと感じる
僅かであるが所作が緩慢だとも思う

「逢いに来てくださってありがとう。邪見さまは?」

「・・・遅れて来る。」
「そうなの?最近いつもそうだね。」
「私だけでは不満か。」
「ううん、そうじゃないよ。」

りんに隠し事の気配はない、だがこのにおいは・・・
そしてこちらを窺う気配もいつもより警戒が強い
りんを預かっている巫女のものだということは判る
つまり、それは私の予想を裏付けるものであろう
りんは確かに変ったのだ

「殺生丸さま?どうなさったんですか?」

黙ったままの私を不思議そうに見上げる瞳は変らぬまま
確かめるように頤を指で軽く持ち上げる
不思議そうな瞳が驚き揺れるのが心地良い
私の毛皮を無意識に引き寄せる指もまた
”そう牽制せんでも何もしはしない”
近くで巫女が要らぬ心配をしているらしい
全く人間というものは愚かしいものだ
しかし昔のように不快とは感じなくなった

「あの・・・殺生丸さま、りんの顔に何か付いてる?」
「・・・何か身に変ったことがあったか?」
「!!・・えっと・・その・・はい・・・」

りんは大きく息を呑むと俯いて赤らんだ顔を隠した
私にはわかるのだとすぐに理解したのだ
まだ握ったままの毛皮を握る手から緊張が伝わる
どう返答すれば良いのか迷っているのだろう
少々意地が悪いと知りつつ、答えを待ってみた

「あ、あの・・りんは・・そのぅ・・少し大人に近付いたんです。」
「・・・そうか。」
「でもまだまだだって。・・・楓さまが焦らないようにって・・・」
「おまえが焦る必要はない。」
「・・?はい、ありがとうございます、殺生丸さま。」

私の言葉の意味を全て飲み込めなくて当然だ
りんには焦りなど必要ないとだけわかっていれば良い
私が指を離すとようやく自分がしがみついていたことに気付いた

「あっ!ごめんなさい、殺生丸さま。りんぎゅって握ってて・・」
「構わん。」
「痛くなかったですか?」

痛い訳がどこにあるのかと思うがりんは握っていた箇所を撫でる
さも申し訳なさげに、眉を下げ、小さな指を滑らせた

「りん」
「はい?」

俯いていた顔が私に向けて上げられるのを待ちその両の眼を捉える
私の視線に射られてもりんは怯まず、何事かと理解せんとして見つめ返した
意図があろうとなかろうと、りんは迷いなく私を見ていた
そのことに満足して視線をゆっくりと離していった
そしてりんはにこりと微笑んだ りんだけが見せる笑顔

「殺生丸さまの眼をこんなに近くで見てしまいました。」
「そうだな。」
「なんだかとっても嬉しい。どきどきするくらい。」
「そうか。」

まだ何も期待するでないりんの眼差しも心地良いには違いない
いつまでそうして何も思わず私を見つめ返してくれるのか
急激なその身の変化を緩やかに受け止めるりんはまだ花ともいえない
だがこのりんのにおいの変化のなんと芳しいことか
りんのいつもの話に耳を傾けつつ そのにおい心地にしばし浸った
私の普段よりも浮き立った気分が伝わるのかどうか、りんは首を捻り

「殺生丸さま、今日はなんだか・・いつもと感じが・・」
「・・・・違うか?」
「なんだろう?よくわからないんですけど・・・何かが・・」
「わからんで良い。」
「は・・い・・」

このままおまえを連れ去ろうかと企んだことがわかるのか
そうもゆかぬのならばしばし浸らせるがいい
近いうち、この芳しいにおいに誘われるまま浸り切りたいものだ
誰も邪魔のせぬどこかの場所で しかしそれでは返せぬか・・・

さてこの程度でこれほど浮かれる己をどうするか
悩ませてくれる こんな小娘ごときが なかなかに
こっそりと毛皮に包んで飛び立つなど容易いものを
そうさせぬは巫女の力などではない りん おまえだ
おまえのその迷いない眼差しが私を引き留める
芳しき花 たやすくは 手折るまいと
ただし それはおまえが決めること
おそらくは さらに悩ましき日々 
りん おまえならばこそ 待つもたのし







兄がりんちゃんの初潮に気付いて浮かれる話でした。(^^;
あからさまに喜んでます。書いてる私も途惑う程に。(笑)
でもまだまだ「おあずけ」な日々が続くのでありましたー!