解ける心



殺生丸さまはあまりお話をしない方
初めのうちは邪見さまに尋ねるばかり
私を見るときも遠くからほんの少し
目を合わせたのは救われたときだけ
それなのにちっとも寂しいと思わなかった

「りん」と名を呼んでくれたとき
知っていたはずのお声にまずびっくりした
何故って邪見さまを呼ばれるときと何か違う
自分のことだとわかるのにちょっと時間がかかって
わずかばかり眉を顰められたのに気付いた
どんなお顔していても綺麗だなと思った

だんだんと殺生丸さまがわかってくると
お話しなくともどんなお気持ちかに気付く
意外にも雄弁なんだと思うようになった眼
こっそり窺って”傍に居ていいかな?”
ああ、そうなんだな・・”優しいなぁ・・”
怖い顔していても”居てもいいんだ”
わかる度に心はあったかくなった

初めは”面倒だな”という顔もよくされた
そのうち”りんをどうするか”に変って
危険があれば”離れるな”と強く訴えていた
お言葉は少ないのにとてもよくわかる

りんが少し大きくなって違ってきたのは
お顔が優しくなって目が合うようになったこと
今まで真直ぐ視線を合わせてもらえなかったから
見られたとき初めてお声を聞いたときのようにぽかんとした
そしておんなじように眉を顰められたのが可笑しかった
嬉しかったので思わず微笑んでいたらしい
そしたら珍しくお言葉が返ってきた

「・・何がおかしい?」
「そうじゃなくて嬉しかったんです。」
「・・様子を見ただけだ。」
「ごめんなさい。もう笑ったりしません。」
「・・笑うなとは言ってない。」
「?・・はい、えーと・・わかりました。」

私の返事に何を思われたのか、ほんの少し眉が寄せられた
けれどすぐにふいといつものように視線を外された
なんだか照れているような・・?気のせいだっただろうか
昔あんなに遠いと思っていた殺生丸さま
今ではこんなにも近いと感じることができる
まるで編まれていたものが解けていくようだ
するすると小気味良く ふわふわするほど軽く

「・・何がおかしい」
「幸せだからです。」
「・・ふん・・」
「殺生丸さまが居てくれてよかった・・」
「・・・・おまえが・・・・」
「え?・・ごめんなさい、なんて?」

殺生丸さまが言いかけた言葉は耳に届かなかった
またふいと顔を背けられたけれど 今度は・・・
よくわからないけれど”まだ早い”と思われた?
けれど不安になることは少しもなかった
ならば待っていればいいんだと思った
いつかその答えが分かるときが来るんだろう
私はこれから先も殺生丸さまの傍に居て良いのだ
それだけで充分過ぎるほど幸せだと感じる

「殺生丸さま、今日は良い天気ですね。」

答えはなかったけれど同じようにちらと天を仰がれた
なんだかこの頃殺生丸さまが”可愛い”だなんて・・
そんなこと思う私ってどうだろう!?知られたら怒られそう
時々胸がきゅうと締め付けられるのはこんなときもそうだ
どこまで私の思っていることをわかってらっしゃるのかな
隠すことはないはずなのにどうしてだか恥ずかしい
りんがいつも心の中に仕舞っていることを何もかもすべて
すっかりと鳥が飛び立つように解放される日が来るとしたら
同じように殺生丸さまの心も解き放ってくださるだろうか
ぼんやりとそんな夢のようなことを思い浮かべた

「りん」
「はい、何ですか殺生丸さま?」
「私が今何を考えているか・・わかるか」
「え?・・なんだろう?!」
「・・・そうか」
「あ、今がっかりされました?・・ごめんなさいわからなくて。」
「良い、謝るな」
「もしかして・・りんのことですか?」
「何故そう思った」
「うーん・・なんでだろう?そうだ!」
「・・・・」
「りんは今度いつ殺生丸さまが来てくれるのかなって思ったんです。」
「・・・?」
「それで殺生丸さまも”いつにしようか”って思ったかもしれない!?って・・」

正解かどうかはお教えくださらなかった
でも瞳が細められたので楽しそうに微笑まれたように見えた
私はそのお顔に見惚れてまたぽかんと見つめ返していた
そしてしばらくしてそんな私に眉を寄せられたのだった
嬉しさが心から溢れ出しては微笑みとなって自然に現れる
胸がまた更に深く締め付けられるのを感じながらも幸せで・・
柔らかく解れた心が重なるように大きな手が私の髪をすっと撫でた
”あ、もしかして当りだったのかな!?”と私はまた嬉しくなった