Marriage 


毒が回り座っていることも辛くなると
異形の王は請う 傍らの盲目の少女に

「盤を汚してしまった。読み譜をするからそれでよいな?」
「わかりますた。構いません。失礼ながらお支えします。」
「・・・お前のことも汚すぞ?」
「なんの。ワダすも失礼するかもですが、お許し願えれば・・」
「構わん。」

少女は王が既に視力を失ったことも知っていた
駒を持つ手が震え咳込むと辺りに血が飛び散った
自分もそろそろと毒に冒されてきたことがわかる
それでも少女は幸せそうな笑顔が浮かべている

「こうすて王のお世話ができるなんて光栄です。」
「温かいな・・お前は・・」
「そういえば助けてくださったとき手に触れていただきましたね!」
「・・・もっと触れて・・良いか?」
「お寒いのですか?はいはい、ワダすでよければこうしましょう!」

背を支えていたがそれを抱きかかえるようにした
王は片手を伸ばし少女の片手に遠慮がちに触れる
するとしっかりと握り返され、少し途惑った
二人は視力のない瞳を交差させ微笑み合った
そうして二人のささやかな楽しみを再開する

「8−8−1 騎馬」「・・・詰みだな。」
「良い手ですた。どんどん上達されてますね。」
「早くお前を負かそうと思うに・・時間が足りぬな・・」
「いやいや、時間はたっぷりあります。もっと打ちましょう!」
「そうだな。コムギ。ずっと・・お前とこうしていたい」
「おんなじです。メルエム様。」

王が嬉しそうに笑うと見えぬはずの少女も微笑む
咳をすれば背中を摩り 互いを血に染めてもなお
二人は軍儀を止めない 楽しくて仕方ないように 
次第に王の言葉は途切れ出し 次の一手までの間が空く
しかし少女は絶えず話掛け 王は何度も少女を呼ぶ

「ここにいます。離れませんよ。ほら次はどうなさいます?!」
「2−4−1 忍・・・」
「5−5−9 弓」
「・・・詰みだ・・今のは・・少し・・考えさせてくれ・・」
「どうぞどうぞ。楽しいですね、メルエム様。」
「うむ・・お前と・・いると・・いつも楽しい・・」
「ありがとうございます!メルエム様・・」
「なんだ?・・遠慮するな・・なんでも言え」
「ずうっと、あなたとお会いすてから楽しいばっかりです。」
「おなじだ。コムギ。」
「これからもずっとお傍にいてよろしいですか?」
「・・・おなじだ、コムギ。傍にいてくれるか?」
「はい!もちろん。軍儀していなくとも、ですよ?!」
「そうだ。臨むことはおなじ・・だ」

王の言葉に感動した少女は握っていた手に縋りまた泣いた
彷徨う片方の手が少女の顔を探し当てると優しく濡れた頬を撫でた

「あう・・ずびばぜ・・」

頬を撫でた指がまた何かを探して彷徨う 
そして握り合ったもう一方の手の少女の指に
王は唇をそっと寄せて触れた
優しく慈しむような想いが指からじわり伝わる
少女は王を引き寄せると王に倣い唇で触れてみた
労わりと思慕と少女の優しさが王の頬を染める
まるで浄化され、罪が消え去るようだと感じた

「コムギ・・」
「はっはいっ!すみま・・」
「謝るな。・・お前ならば余に何をしても良いのだ」
「なんでも・・ですか。嬉しいです!」
「共に・・いてくれるのだろう・・?」
「はいな、どこまでもお供いたします」
「コムギ・・」
「なんですか、メルエム様」
「・・・・・」






蜜月は僅かな時間だったかもしれないが
二人は最期の最後まで寄り添い支え合った
互いを思いやる言葉でもって締めくくられ
握り合った手は二度と離れることはなかった
寄り添う二人の姿は黒い血に塗れているのに
まるで楽園に横たわる一組の夫婦のようで
魂が安らいでいることは誰の目にもわかる

キメラアントの世は絶えた 人との共存は元より
和解もなく 苛烈な傷跡を残したまま世界は続く

花嫁の名も花婿の名も誰も知ることはない
二人だけの誓いは二人だけの胸に納められ
密やかに旅立ち 蜜月は永久に続くのだ










王とコムギに捧げます
ありがとう 安らかに