花束を君に 



花は行く先々での旅の楽しみの一つ。
土地土地の花を見つけたり、愛でる楽しみ。
少女は幼い頃から旅をして暮らしていた。
連れ合いと知り合ってからずっとそんな暮らし。
旅は様々なことを教え、季節を肌で感じられた。
器用に花を編み、草で遊ぶ。
不遇の幼少は閉じ込められた籠の鳥であった。
それが解き放たれた出会いの歳からずっと、
花は少女の暮らしを彩る友であり象徴である。
 
りんは年頃になり、恋心も覚えた。
花はまた違う意味を持つこととなった。
伝えきれぬ想いを乗せる使者として。
今日の気持ちと明日の気持ち。
移ろう色は少女の心。
繰り返し繰り返し、花を摘んでは束にした。
私を見てください。 香りに気付いてください。
傍に咲くことの許しをくださいと。

少女の旅の連れ合いは異なる種族の男だった。
人でさえなく、獣に近い本性と神のごとき力を持つ妖。
到底傍に咲くことも許されざる者と誰もが思う。
それでも少女は傍に居たい。
いつも花を携え、その眼前に差し出す。
いずれは枯れるその花を。
ひととき見る、ただそのために。
眺めてもらえればそれで少女は満足気であった。

在る日妖は花束をその爪の毒で引き裂いた。
この花に触れるなと諭された。
見ると毒気に当てられて少女の手は青く染まっていた。
花を摘むのを止めろと言われ、少女は珍しく頭を振った。
「りん」
「嫌です。」
「私に逆らうか。」
「引き裂かれてもきけません。」
「・・・・」
「りんはどうしても花をあげたいの。」
「そんなものは要らぬ。」
「要らなくてもいいの、見てくれれば。」
「私は花など見てはいない。」
「そんなに嫌い?」
「花はみな枯れる。」
「それでもいいの、目に映してくれたら・・・」
「りん」
「はい」
「私はいつもおまえを見ている。」
「・・・?」
「花は枯れてもおまえは枯れぬ。」
「どうして?」
「私がおまえを忘れることはない。」
「りんが死んでも?」
「そうだ。」
「でも花をあげたいの。」
「欲しいのは花ではない。」
「りんは他にあげるものがないもの。」
りんの足元に散らばった花束を飛び越えて妖はりんを腕に抱く。
花束を抱えるように香りに顔を埋める。
「おまえの他に何が要る。」
「りんは何をあげられるの?」
「・・・・」
答える代わりに妖は少女の額に口付ける。
頬も睫も鼻先も確かめるように触れてゆく。
たどり着いた唇は花のように震えている。
「りんは・・・」
言葉さえも奪うように少女の花は包まれる。
”あげたいの 想いを”
”ほかにあげるものがないから”

”知らせたい 想いを”
”とどめる術を 知らない”

旅の途中でのこと。
出会ってから知ったこと。
想いのたけを伝えること。
どんなに伝えても足りないこと。
二人が全ての始まりだということ。
花束は互いの胸に収めて。
零れるほども咲き誇る。                    






「セツゲッカ」のナオさんへの捧げ物です。
お祝い絵をどうもありがとうございました。