午睡 



りんが大あくびを見られたかと気まずそうにしていた
温かな日差しでとろりと瞼も重くなるのも仕方ない
この家にも慣れ、気遣いせずに寛げるようになった
そのことを屋敷の誰も皆が喜んでいたが、実のところ
本人以上にそのことに安堵しているのは若い主人であった

「眠いなら横になれば良い」
「えっ、ううん、寝ないよ!」
驚いたように否定する理由が見つからない
訝っているとりんの方から白状し始めた
「だって、せっかく殺生丸さまも居るのに・・」
りんは「もったいないもん!」と付け加えて微笑んだ
主人は独りを好む性質もあって、暇があっても誰かと一緒は珍しい
実際はりんが彼と共に過ごす時間の最も多い人物である
そのことにりんも当の主人も気付いてはいなかったが
この日の午後も予定変更になった殺生丸の元にりんはやってきて
「殺生丸さま、お出かけしないの?」と嬉しそうに尋ねた
「しない」との答えに喜ぶりんは早速長椅子の横に陣取ったのだった
とはいえ何もせず、無口な主人を時折眺めては他愛無い話を少ししては
沈黙が訪れても気に留めずにこにこと楽しそうに隣に居続けていた
殺生丸は暇なので本を手にしてはいたが、ページはほとんど進まなかった
りんの様子を眺めては取り留めない話を聞き流して過ごした
不思議と退屈せず、寧ろ気の休まる思いを感じながら目を閉じた
少し長い沈黙の後、りんが殺生丸を見ると驚いたことに彼が眠っている
普段見ないなと感心しつつ、そっと傍へにじり寄って顔を見つめた
息がかかりそうに近寄っても、大好きな主人は微動だにしない
居眠る殺生丸を面白がって内心大はしゃぎのりんは零れる笑みが抑えられない
嬉しさに込み上げる震えを抑えながら、殺生丸にそっともたれかかった
”えへへ・・・一緒なら、りんお昼寝してもいいな・・・”
そう思って目を閉じるとすぐにりんは寝息を立て始めたのだった
ずり落ちそうなりんの小さな体を自分にたぐり寄せると頬にかかる髪をどける
殺生丸はりんの寝顔に満足気な顔を浮かべて自らも体の力を抜いた


りんは夢を見ていた
父母と兄が何処かへ出かけようとしている
私も行くと追いかけようとするのだが足が動かない
待って 待って 行かないで
りんは必死になったが皆はどんどん離れてしまう
悲しくて、涙が出て、寂しくて、途方にくれた
ただ悲しみにくれていると声が聞こえてきた
微かだが名を呼んでいるように思える
だあれ? りん 行けない どこへ行ったらいいかわかんない
ふと目の前からほんの少し先に片方の腕が見えた
手を伸ばしてみたが届きそうな距離ながら届かない
りんは重い体を引っ張り、身を前へと乗り出そうとした
精一杯手を伸ばしているのに届かない
また悲しくなって涙が込み上げてくる
すると今度ははっきりとした声が聞こえた
「りん」
その声はりんのよく知っている声だ
「殺生丸さま」
声には実際にならなかったが胸の鼓動が聞こえる
りんは目を覚ましていて、その声の主の腕にしがみついていた
「夢でも見たか」
優しい声がかかるとりんは我にかえって殺生丸を見た
「うん」と小さな返事をして声の主の胸に顔を埋めた
「よかった・・」「殺生丸さまは居てくれて」
涙の混じったか細い声を聴きながら殺生丸はりんの頭をそっと撫でた
「ああ、もう大丈夫だ」
りんは嬉しさのあまり「ずっと傍に居てね」と小さな小さな声で言った
あまりに小さくて聞えなかったかもしれないとりんは思ったが
その方がよかったと思いなおし、甘えた自分を少し戒めた
すると優しく置かれていた手が強くりんを抱き寄せたのに驚いた
「そうだ、ここに居ろ」「ずっと」
りんの耳元で聞えた声ははっきりと力強くてりんの顔が熱を帯びていく
「・・・うん」
そう呟くのがせいいっぱいのりんは目に新たなぬくもりを感じた
さっきまで寂しくて泣いてた涙となんて違うんだろうとりんは思った
温かくて、優しくて、まるで殺生丸さまみたいだね
りんは顔を上げると大好きな人の頬にそっと唇を当てた
「ありがとう、殺生丸さま」
珍しく虚を突かれて驚いた顔の殺生丸を見てりんは微笑んだ
「もう少しここでお昼ねしててもいい?」
「ああ」
もういつもの表情に落ち着いた殺生丸にりんは再び身を任せた
しっかりと抱いてくれている腕に喜びと安堵が満ちていく
柔らかな日差しを浴びて二人で過ごす午後のひととき
こんな風にいつも居たいなと浅い眠りにまどろみながらりんは思う
殺生丸もまた預かるりんの体と熱に例えようの無い想いを味わっていた
いつでもこうして私の傍に居ればいいと愚かにも確かに思っている
こうして二人で居ることが二人にとっての自然だとも
静かな時間が二人の上を流れていった


「まーたこの二人はこんなとこで昼寝じゃ!まったく・・」
屋敷では邪見に何度もこの台詞が繰り返されることになった






「いつか銀の羽で」番外編です。(って最近そればっか!)
ありがちな二人の午後でした。(^^;