風変わりな娘 



その娘が村へやってきたのは大体十ほどの頃であるらしい。
一見普通の娘であるのだが、知れば知るほど風変わりであった。
村の巫女である楓さまの元に身を寄せているが、身寄りが無い訳ではない。
実の親兄弟は亡くしているが、親代わりの者に預けられているのだ。
その親代わりというのが驚いたことに人間ではなく『妖怪』なのである。
それだけでも十分風変わりであったが、その育ちのためか、
娘はどこか変っていて、歳の頃にしては落ち着きがあったり、
逞しくしなやかな獣の仔といった風に感じられる一方で、
大切にされ城に住まう姫君のような優雅な雰囲気も併せ持っていた。

楓さまの仕事は広範囲で難しいことも多いが、よく覚え手伝っている。
明るく身のこなし軽く、笑うさまは花の咲くごとく愛くるしい娘である。
初めのうちは親代わりが「妖怪」ということもあり、畏れる者もいた。
『可愛らしい外見は妖怪を騙すためのものである』とか、
『いつ本性を表し、村に禍をもたらすかわからぬ』などと
陰で言う者たちも少なからず存在していた。しかしときに事件が起きた。
どこぞの山からか降りてきた質のよくない妖怪に村が襲われたのだ。
村に住む妖怪退治屋の夫婦はたまたま出払っていて、村の皆は震え上がった。
しかし、娘の親代わりであった妖怪が現れ、あっという間にそれらを退治した。
結果、村の者には誰一人傷つくこともなくその妖怪に救われたのである。
その美しく強い妖怪はその娘が余程大事と見えて、ちょくちょく逢いにやってくる。
村の外れでその再会を目にした者も何人も現れ、いつしかその妖怪と娘は
『村の護り神』とまで噂されるほど、受け入れられることとなったのである。

娘はその妖怪をよく慕っており、漏れ聞く話はどれも人々を和ませた。
次々と手土産と称して贈られる品々はどれも立派な物ばかりで女たちは羨んだ。
村に縁の深い犬耳の半妖の兄だと知れると、なおさら親しみが深まった。
名は怖ろしいが、娘に逢いに来る妖怪からは怖ろしさは微塵も感じられない。
「殺生丸さま」と娘はそれはそれは幸せそうに微笑みながら妖怪を呼び、
「りん」と言葉少ない妖怪が娘に返す声は深い情に満ち溢れていた。


年頃になるにつれ、その娘もいよいよ美しくなっていった。
村の若者たちのなかにも密かに想いを寄せる者が多々あった。
成長してもやはりどこか風変わりなところが娘の魅力に拍車をかけていた。
声は鈴を震わすように軽やかで、物腰はどんどんとたおやかになり、
大きな瞳の澄んだ眼差しは見る者を惹きつけて離さない。
時折はっとするほど大人びた表情で遠くを見つめる様子も可憐。
すると誰があの娘を嫁にするのだろうかと噂されるようになった。
しかし娘を所望するということはあの妖怪に赦しを得るということである。
それは村の若者にとっては命を懸けるほどの勇気が必要だった。
いつかあの妖怪が娘を嫁に迎えにくるらしいという話も実しやかに囁かれた。


「りんは最近避けられている気がするんです、楓さま。」
「うん?・・・ああ、村の男どもからか?」
「どうしてでしょう?何もしてないと思うのに・・」
「気にするな、お前が美しくなったので皆恥ずかしいのであろう。」
「私が!?まさか・・」
「驚くこともなかろう。殺生丸はそんなことは言わんのか?」
「殺生丸さまが私をそんな風におっしゃることはないですよ。」
「ふーむ、まぁ言っていたらそれはそれで寒々しいな・・」
「どういう意味ですか?」
「いや、どうということもない。ときにりん、お前は好いた者が村に居るのか?」
「え?いいえ、皆優しい方ばかりですけど・・」
「そうか。私はいつまでここに居っても構わんからな。」
「あの・・・楓さま・・私・・」
「ん?なんじゃ、言うてみなさい。」
「私、楓さまの元でこうして暮らせて良かったと思ってます。」
「そうか。初めは寂しがっておったがな。」
「でも・・私・・」
「案ずるな、お前はどんな将来にせよきっと幸せになれるぞ。」
「楓さま・・」
「一通りのことはお前に教えた。あとは自分で選びなさい。」
「私、もう少し楓さまと暮らしたいです。けれど・・・」
「殺生丸か?」
「はい。」
「ふふ・・何もお前に求めんとか言うわりにあいつも隠せん奴だしのぅ。」
「まだお願いしてはいないんです、私。」
「急がんでもきっと待っていてくれるじゃろう、あいつなら。」
「そうでしょうか?」
「というより近頃は他の男に取られまいと必死な様が見ていて面白い。」
「えっ!?殺生丸さまが?」
「なんじゃ知らんのか。お前らしいな。」
「殺生丸さまは私の願いを叶えてくださるでしょうか?」
「そりゃあ・・・りん、当たり前じゃろが。」


ある日娘はとうとう村から嫁いでゆくことになった。
村の若者は誰も何も言えなかった。娘が選んだことであるから。
花嫁衣裳は白く眩しく、晴れ渡った空に映えて耀き美しかった。
空の彼方へと吸い込まれていく娘を村人たちはいつまでも見送った。
娘も見えなくなるまで村へと手を振り、感謝の言葉を風に乗せた。
かつて親代わりであった妖怪の腕に抱きかかえられた娘は幸せそうだった。
子供が「りん姉ちゃんはお空に住むの?」と不思議そうに母親に尋ねていた。
雲の上には見るものを圧倒するほどの御殿があるのだとか言う者も居た。
暮らす場所が変っても娘と妖怪は少しも変らないであろうと誰もが心の中で思った。
この村へ来たときから娘が逢いに来る妖怪をいつも待ち続けたように。
娘の成長を見守りながら、この日を待ち続けたあの妖怪のように。
いつか里帰りするときも二人は空から風変わりにやって来るのだろう。






ふと思いついて村人視点で書いてみました。殺りんでは初めてかもしれない。
「変った子」という印象を持ってやってきて、大きくなっても「変った娘」のまま、
けれどちゃんと受け入れられている、というのが理想だなぁと思いつつ書きました。