優しくなれたら






「どうしたら優しくできるだろう・・?」

威勢は良くても本当は頼りないあの小さな肩を支え、
無邪気な笑顔を浮かべるのを目の前で眺めながら、
素直じゃない態度から見える想いを感じながら、
いつかこの腕にと願うようになってから思うことだ。

少しずつ距離は縮まっているような気がしていた。
しかしそうかと思えば、ふいに逃げるように遠去かる。
もうあれから何年経ったんだ・・およそ6年と4ヶ月程か。
エレベータに閉じ込められた二人とも子供だったあの日から。

見え隠れする気弱な部分が俺が手を伸ばそうとすると邪魔をする。
俺は俺でいつもの口調を変えられず、相手には嫌味とも取れる言動。
ぽんぽんと返ってくる文句が楽しかった時期もあった。
しかしこの頃はお互いの不器用さが目立って不満が募る。
一般人より遥かに多忙な生活を送る日々のせいもあるかもしれない。
だけど言い訳はしたくない。努力して顔を見ようとしている。
ただどうすれば『これまでの関係』を進展させるのかがわかっていないのだ。
そう、俺も、あいつも。



「あ・・!」
「久しぶり・・ばかり言ってる気がするな。」
「・・そうね、相変わらずお忙しいみたいだし?」
「おまえだって結構捕まえるとなると大変だがな。」
「つ、捕まえるって何よ!?人を逃亡者みたいに。」
「そうだな、おまえから逢いに来てくれることもあるからな。」
「違うわよ!偶然だっていつも言ってるでしょ!」
「・・・偶然ねぇ・・?」
「何よ、知った風に・・ヤな感じね!?」
「だったら少し素直になったらどうだ?・・そんなに怖いのか?」
「なっ何が!?私怖くなんかないわよ!何言ってるのっ!?」
「じゃあ目を反らすな。どうしてだ!?」
「あ、あんたがそんな『怖い』目をするからじゃない!もう・・」

またいつもの調子でぶつかってやいとが逃げようと踵を返した。
その腕を引き戻すのは容易い。なのに俺は・・どうして出来ないんだろう。
知ってるのは二人とも臆病だってことだ。埒が明かないとはこのことだ。

「やいと、待て。」

走り去ろうとして背を向けていたやいとがびくりと立ち止まる。
長い髪がふわりと揺れるのをぼんやりと”綺麗だな”と感じた。
しかし、そのまま振り返ってくれないのは、多分泣いているから。

「悪かった。・・泣かせたい訳じゃないんだ・・」
「・・ごめんなさい。私・・どうしたら素直になれるのか・・わからないの・・」

言葉の終わりは小さくて消え入るようだった。肩が震えている。
後ろからその肩を抱き寄せてみた。そっと、怖がらせないように。
空気を掴むようにしたつもりだったのにやいとの身体が跳ねた。
しかし、そのまま大人しくなって、抵抗するわけでもなかった。

「なんで・・?」
「今顔見たら、怒るかと・・」
「よくわかってるじゃない・・」
「まぁ、そういうことはな。」
「・・炎山・・あのね・・少しこのままでいて。私・・」
「ああ。でもその前に俺もこのままでいいなら・・言っていいか?」
「だっだめっ!!」
「何故?」
「だめなの、ちょっと待って!ぅ・・」

折角勇気を出そうとしたところをまた俺がしくじったらしい。
堪えていた涙がまた出てきたらしく、やいとは俯いてしまった。
俺は随分待っていたから、自分のことを辛抱強いと勘違いしていたらしい。
全く堪えることをせず、やいとの言っていることを守らなかった。
そのままでいろと言われたのに無理矢理自分の方へ顔を向けたのだ。
驚いて見開かれた瞳が涙で煌いていた。文句が出る前に懐に顔を収めた。

「!?ちょっ・・離して!?」
「・・スマン。素直になれなんて言わないから、許してくれ。」
「・・何を・・許すの?」
「俺は待ってるつもりだったんだ。おまえから素直になることを。」
「・・?」
「ちっともわかっちゃいなかった。だから謝る。どんな悪態吐いても構わない。」
「炎山?どうしちゃったの・・?何を謝るって言うのよ?!」
「ただ意気地がなかっただけだ。ずっとこうして抱きたかったのに。」
「・・・だって・・それは・・私もその・・逃げてばかりいたし。」
「掴まえようと思えば出来た。それをしなかったのは・・おまえのためなんかじゃない。」
「そんな・・」
「少しでも俺のことを好きでいてくれるなら、俺を許してくれ。」
「・・・だから何よっ!?もう・・私なら好きに決まってるでしょ!?知ってるくせに。」
「おまえの方が俺を好きなんだと思い込もうとしていた。・・認めたくなくて。」
「いい加減に教えなさいよ、何っ!?」
「俺の方がずっとおまえに参ってるってことをだ。」
「!?」

腕の中でやいとが真っ赤になる。思わず俺にしがみついていることに気付いていない。
俺は意外にも気恥ずかしくはなかったが、顔を伏せたやいとを抱いて目を閉じた。
俺の抱かれたまま大人しい身体を改めて抱きしめてみる。心地良くて眩暈がした。
しばらくその幸せな感覚に酔っていると、やいとが突然顔を上げた。

「んもうっ!ばかっ!!私だってねぇ、参ってるわよ!」

やいとはまだ顔を赤くしたまま、叫ぶように俺に甘い言葉を投げかけた。

「ずるいのよ!いつだって先回りして。私から言おうと思ったのに。」
「それに気持ちなら負けてないわよ!?そうよ、悔しいけど私の方が好きに決まってるわ。」
「逃げてたのは私が怖がってたのよ、その通りよ!だってだって視線で殺されそうだったもの。」
「好きなひとの目をどうやったら直視できるって言うの!?心臓が持たないじゃないの!!」

次から次へと、振ってくる『告白』に俺は呆然として口を利けずにいた。
やけっぱちの告白に息を荒くして、目には涙がまだ滲んだまま、俺と初めて目線を合わせた、
その瞳があまりに吸い込まれそうだったから、無意識に顔を近づけていた。
触れそうに近付いた瞬間、顔面に痛みが走った。やいとの両手がヒットしたのだ。

「ダメっ!!もおおおおおっ聞いてるの!?心臓がもう持たないって言ってるでしょ?」

「・・スマン、つい・・」
「『つい』ですって!?怒るわよ!そんな軽いノリで私を殺す気っ!?」
「や・・その・・;くっ・・」

俺はまた堪えられずに噴出してしまい、思い切り笑ったのでまた怒らせた。
ぽかぽかと俺を叩き出したやいとがあんまりその・・可愛くて・・どうしようかと・・

「どうしてそうなのよ、炎山ったら!ひとのこと馬鹿にしてぇ・〜!」
「馬鹿になんかしてないさ。おまえが面白・・もとい、可愛くてだな・・」
「馬鹿にしてるじゃないの!?許さなーい!どうせ私は素直じゃないし、子供ですよぉ〜!」
「泣くことないだろ?本当だ!嘘じゃない。多少子供だとは思うが・・」
「今わかったわ!あんたは正直過ぎるのよ!うわーん・・・もう知らない〜;;;」

おいおいと泣き出したやいとに俺は困り切ってしまった。対応がわからない。
「どうしたら・・優しくできるんだろう?」と俺はそう思ってきた。
そして、今もそう思っている。「どうすれば、伝わるか」と置き換えることも出来る。

「なぁ・・どうすればいいんだ?」
「知らないわよ・・私だって・・」
「そうか、お互いさまだな・・・」
「変なとこ似てるから腹が立つわ。」
「俺は腹なんか立たないぞ。」
「どうせそうでしょうよ・・いつだって偉そうで嫌になっちゃう・・」
「腹が立ったり嫌になったりするわりに、俺のこと好きなんだな?」
「う・ウルサイわよ!何よ、悪いって言うの!?」
「いいや、やっぱり似てる。素直じゃなくても口が悪くても・・好きだから。」
「・・・うー・・・気障でも、嫌味でも・・好きよぅ・・ばかぁ・・」

どうにも堪えきれずにもう一度抱きしめた。