トロイメライ〜小さな約束〜2



素直に話せたことに驚いたのを覚えている。
誰にも話したことのない母の話などを。
似通った境遇であったこともあるだろうが、
寂しさに震える姿は自分自身にもだぶった。
だから慰めるというよりは、励まそうとした。
自分自身と更に幼い少女と、二人のために。


少女と別れて部屋へ戻ると当然お小言が待っていた。
仕事のある父の替わりに目付け役が付けられていた。
少女のことは話さなかった。ナビのブルースにこっそり調べさせた。
目付け役の説教めいた話はほとんど耳を素通りさせて空を眺めた。
いつもそうしていた。面白い話など一つもなかったからだ。

”あのこ、もう泣いてないかな?”

そのときは何も知らずにそんなことを考えていた。
やがてブルースは歓迎できそうもない情報を二つ伝えた。
一つ目は少女が発熱したらしく、夜会には欠席らしいこと。
二つめは、彼女が”綾小路”のお嬢様であったということ。
特に二つ目の情報には落胆した。親しくなるのは無理だと思った。
大人の事情はどれも理不尽だったが、当時は受け入れざるを得なかった。


「・・お見舞い・・無理だろうなぁ・・」
「それは難しいと思われます、炎山様。」
「・・・部屋の場所わかるかな?」
「はい。ではこれも”極秘”でございますね?」
「そう。」
「承知しました、炎山様。」

きっと逢えないとわかってあのこは泣いてる、そう思った。
家に戻れば次に逢うことも困難だろうということも予想はついた。
だからこっそりお別れに行った。その夜しかないと。
緑の多いその屋敷の少女の部屋には傍に大木があった。
下見をする時間はなかったが、幸い困難な作業ではなかった。
窓辺にベッドがあるだろうという予想も違わなかった。
少女は泣きながら外を見ていた。自分も同じ立場ならそうしていただろう。
『外』は二人のとって『自由』の象徴みたいなものだったから自然と目が行く。
子供だったから、それを手にする手段をまだ何も知らなかったのだ。
見上げた大きな窓に自分の姿を見つけた少女は驚いて駆け寄った。

「どうやってきたの!?お空飛べるの!?貴方ピーターパン?」
「はは・・木を登って来たんだ。思ったより元気で安心したよ。」

嬉しさと熱のためか紅潮した顔には泣きはらした跡があった。
大きな瞳はまたじわりと溢れてくるものがあって、可哀想に思った。
その夜運よく逢えたことを母の形見を握り締めて感謝した。

「・・なんでか、もうあっちゃダメって言われたの・・」
「うん・・残念だね、せっかく仲良くなれたのに。」
「どうしてこんなに我慢ばっかりしないとイケナイの?」
「・・・ごめんね、僕もどうすればいいのか今はわからない。」

悲しさでまた歪んだ表情を見て慌てて言いたかったことを切り出した。

「ほら、コレ。」
「トロイメライ・・聞かせてくれるために来てくれたの?」
「しばらくは会えないかもしれないから、これを預かっておいて?」
「えっ!?だってこれ・・大事なものなのに・・!」
「だから大事に持っていてね?泣きたいときはいつでも聴いていいよ。」
「貴方は?どうするの!?」
「僕はもう目を閉じればいつでもこのメロディが聴こえるんだ。」
「でも・・・」
「僕のお母さんならきっとそうしなさいって言うと思って。」
「貴方も、貴方のママもとっても優しいのね。ありがとう。」
「今は難しいかもしれないけど、もう少し大きくなったら逢えるといいね?」
「・・・うん・・・」
「それまで覚えていてくれるかな?」
「覚えてる。だからこれ・・ホントに持ってていいのね?」
「ああ、じゃあ約束だね。」
「約束よ!また逢うって。そうだ、アタシお嫁さんになってあげる!」
「ええっ!?そんな約束していいの?」
「いいの!ねっ、絶対よ?」
「・・・うん、わかった。」
「約束だから”きす”して。」
「えっ・・っと・・ああ!知ってるよ。こうするんでしょ?!」

その頃の知識はあやふやだったが、中世の騎士をイメージして跪いた。
少女の小さな手を取っ口付けると、きょとんとした顔をしていた。

「違った・・?」
「ううん。アタシが知ってるのはこれ。」

跪いていたから少し高いところから少女に顔を捕まえられた。
長い睫が目に入った途端、口を塞がれて少し驚いた。

「違うの?大人はこうするんでしょ?」
「僕もよく知らないけど、いいんじゃない?僕たちが良ければ。」
「そうよね。じゃあこれで”約束”したから忘れちゃダメよ!」

僕たちはそう言って微笑みあい、「おやすみなさい」をして別れた。
そのときはお互いに素直で、その後の二人がどうなるかなど知らない。
小さな少女はこんな約束も忘れてしまうかもしれないと思っていた。
だから形見を預けたとブルースに報告すると「宜しかったのですか?」と驚かれた。
後悔はしていない。あのときは寂しくて泣いている少女のためにそうしたかった。
そして少女に言った通り、母ならそうした自分を褒めてくれると信じてもいた。
勿論、それは間違いなどではなかったのだ。









第二話は炎山視点になってます。三話に続きます。