「幼いキス」



「キスなんて挨拶みたいなものなんだから!」

高らかに胸を張って発せられた言葉に少しばかり驚き眉を顰めた。
間違いではない、そういった意味合いで交わされるのも事実だろう。
しかし虚勢を張ったようにしか見えない様子から裏腹な言葉なのだ。
そういった意味では彼女はあいも変らず子供だなと感じた。

「・・だから?」
「えっ、だ・だから、そんなもの気にしたりしないわ、私は。」
「ほう・・じゃあ俺がどこで誰としようが構わない、と。」
「そ、それは・・そ、そうよ!そんなことくらい・・・」
「そうだな、そんなことくらいで一々釈明するのは面倒だ。」
「なによ、アナタまさかそんなにしょっちゅう・・そういうことを!?」
「言っても信じないんなら無駄というものだろ?」
「しっ信じるとか・・私たち別に・・特別な交際があるわけじゃ・・ないし。」
「あぁ、だからそういうことで。もういいなら行くぞ。」
「勝手にすれば?私には関係ないんだから!」
「じゃあな、次に会うときはご機嫌よろしゅう?」
「んなっ!?なにするのよっ!!」
「なにって、挨拶だろ?」
「そんなこといつもはしないじゃない!」
「今まで失礼したな。挨拶もせずに。」
「わっ私はそういうことしろと言ったのじゃないわよ!ばかっ!!」
「心外だな。挨拶くらいでそんなに嫌がられるとは。」
「そこいらの女と一緒にしないでっ!炎山なんか大嫌いっ!」

少々意地が悪かったかもしれない。泣かせるつもりはなかったのだ。
涙を誤魔化すために踵を返して走り去ろうとする腕を掴んで引き留めた。

「!?はっ離してっ!」
「わからないお嬢さんだな。ただの挨拶なんだろう?」
「う・・私にはしないで・・嫌だもの・・」
「そんなに嫌われてたのか、ショックだな。」
「そうよ、大嫌いよ、どこの誰とキスしたとか、私そんなこと知りたくもない!」」
「おまえが勝手に思い違いしたんだ。俺はそんな挨拶して廻った覚えはないぞ。」
「嘘!だって・・・」
「ったく・・もう少し落ち着いて人の話を聞くことだな。」
「じゃあどうしてキスなんかしたのよ!」
「されたと言ったんだ・・オマエにも覚えはないか?子供の頃に・・」
「は!?」
「だから相手はまだ赤ん坊だ、まだ1歳ほどの。」
「・・・そ、そういうことはもっと早く言いなさいよ・・」
「聞き逃したのはそっちだろ?」
「う・・えっと・・でも・・」
「妬いて損したか?」
「誰が妬いたりなんかっ!」
「否定できるのか?説明してみろよ、怒った訳を。」
「い、嫌よ。なんでそんなに偉そうなの!?」
「勝手な想像で浮気でもしたみたいに人を責めておいて?」
「そんなことしてないわよ!ちょっとむかっとしただけなんだから。」
「だろう?!」
「ちっ違うったら!」

やいとの顔は真っ赤だ。語るに落ちるとはこのことだなと思う。
からかい甲斐があって実にいい。ついつい虐めたくなってしまう。

「いい加減に離してよ。腕・・」
「逃げないか?」
「逃げたりしないわよ。なんなの、それ・・」
「いつも走って逃げてくイメージがあってな。」
「アナタが悪いんじゃない!意地悪ばっかりして。」
「頬にキスが意地悪なのか?」
「あっあのねっいきなりは失礼よ!例え挨拶にしたって。」
「そうか、じゃあ改めて挨拶させてくれますか、レディ?」
「えっ!?な、なんでよ、そんなことしなくていいって言ってるでしょ!」
「他のお嬢さん方にはしませんからご心配なく。」
「なんなの!?私がするなと言ったみたいに。」
「嫌なんだろ?他の女と一緒に扱うのは。」
「う・・どうしてそう・・」
「してもらうのでもいいですよ、どうですか?」」
「私が!?アナタに!冗談じゃないわ。」
「挨拶みたいなものなんだろ?」
「・・・ホントウに他の誰にも挨拶とか・・しない?」
「約束しましょうか?キスしてくれるならね。」
「っとにむかつくわね・・・でも・・約束・・する・・の?」
「それが望みなら。」
「ホントにホントね?・・じゃあ・・その・・いい・・わよ。」

途惑いがちの台詞の裏には必死に近い想いが隠れて見えた。
おずおずと伸ばされた手が震えている。ただの挨拶とはとても思えない。
わかっていないのだろうか、幼さを纏っていても伝わる俺への想いを。
背伸びする小柄な彼女に差し出した頬はゆるく優しい手に包まれた。
心地よくて目を閉じるとその掌よりもさらに優しい唇が触れた。
思わず開いた瞳に恥ずかしそうな表情が映し出され、しばし見惚れた。

「約束・・よ?」
「あぁ、約束した。」

真剣な眼差しに答えるとほっとしたようにやいとの顔には微笑みが浮かんだ。
そこにあるのはいつもよりずっと女らしい、彼女の本質のようなもの。
だからどんなに幼いキスであったとしても俺には極上の味わい。
ほんのひととき、垣間見た未来への系譜に心から満足した。








まだやいとちゃんは無自覚、炎山は自覚というより確信。(^^)