「秘密のキス」



何が起こったのかわからなかった。気付いたときはもう・・
眩しかった車のライト、抱きかかえられて転がった地面。
頭ががんがんと痛かった。それは転んだ衝撃ではなくて、
私が車に轢かれそうな処を庇って怪我をした、よく知った顔のせい。
血が流れて意識を失ったようだったから、頭は警鐘を鳴らしていた。
だって・・だってね、心配したの。”死んじゃう!?”って思って。
”神様、助けてください!炎山を!!”そう心で叫んでいた。


私はちょっと・・いえ、かなりぼんやりしていたのは認めるわ。
グライドが必死に呼びかけていたらしいのに聞こえていなかった。
炎山がいてくれなければ、私はもしかして死んでいたかもしれない。
赤信号だったそうだから、私が悪いんだわ。炎山が私のせいで死・・?
信じたくない現実に世界は真っ白に色を失い、ぐらぐら揺らいでいた。
怪我をさせてしまった。血が地面にぽたぽたと落ちて染みを作った。
怖かった。何よりも炎山を失うかもしれないことが。

『揺すってはいけません!やいと様っ!』

ようやく聞こえたグライドの声は悲痛な叫びで私の身体を金縛りにした。
震える手を差し出すと、意識の戻った炎山が私に気付いて視線を向けた。

「・・・大丈夫か?」

涙が一気に溢れた。私の心配してる場合じゃないでしょう!?
そう思ったけれど口から出た言葉は弱々しくて、途切れ勝ちだった。

「いやよう・・死なないで・・炎山・・」

彼はふっと微笑んだ。そしてまた気を失ってしまったわ。
このまま私も死にたいと思った。胸が潰れるかと思うほど痛かった。

救急車が彼と私を運んで行ったはずだけど、よく覚えていない。
私は軽いかすり傷で、炎山は頭を打ったらしく精密検査室へ。
何度か気を失いそうになったけれど、彼は大丈夫と医師が告げてくれた。
数時間後、病室で会った彼は意外なほど普段通りだったので驚いた。

「格好悪いところを見られたな。」
「何言ってるのよ!?無理しないで。寝てなくていいの?」
「ああ、どうってことない。単なる擦り傷だ。」
「・・・ごめんなさい・・炎山、私のせいで・・」
「それより何故だ?見つけたときは心臓が止まるかと思ったぞ。」
「・・・あ、あの・・本当にごめんなさい・・」
「俺には理由を知る権利があると思うんだが?」

「・・・あなたに・・・」
「俺に?」
「こ、恋人が・・できたと聞いて・・」
「どこからの情報だ?」
「今日一緒に遊んだ熱斗とメイルちゃんが話してたの。」
「それで・・・要するにショックだったと?」
「あのときのことは・・それしか覚えてないの。」
「そんなことで命を失くしてたらとんだ災難だ。」
「ごめんなさい!あやまって済むことじゃないけれど・・」
「そうだな。」

私はまた涙が出そうになったけれど、唇を噛んで耐えようとした。
座っていたはずの炎山の手が俯いた私の顎を持ち上げたから驚くと、
唇に軽い感触が過った。ぽかんとして私は炎山を見つめたまま。

「まぁ、これでチャラってことにしておく。」

ぼんやりとした頭がその言葉でようやく覚醒したようだった。
顔が熱くなって、私は唇を手で覆って思わず後退っていた。

「な!?え!?」

「熱斗の奴には俺から言っておく。・・ったく余計なことを。」
「ちょっちょっと待って!今の、何!?」
「何って、物足りないのか?」
「そっそういうことを言ってるんじゃないわよ!」
「やっと元気が出たみたいだな、良かった。」
「炎山・・?」
「責任は俺にもあるみたいだし、それで勘弁してくれ。」
「アナタに責任・・って?」
「先日熱斗に絡まれて『好きな子ならいる』と言ったから、その話が発端だろ?」
「・・ホントだったのね。」
「オマエには秘密にしてくれと言ったから、責任を感じたってわけだ。」
「・・・・え?」
「そう言わなければ、ショックも受けなかっただろ?」
「私・・アナタとは・・恋人でもなんでもないわ・・」
「確かにまだそういう関係ではないが・・おっおい!?」

私は結局堪え切れずに泣いた。ほっとしたやら、悔しいやら、わけがわからず。
わんわん泣いてしまって、炎山もさすがに困ったらしいからちょっといい気味。
しばらくして治まったら、無性に腹が立ってきたので、私は言ったの。

「アナタに恋人がいようがいまいが、生きててくれたらいいって思ったのに!」
「アナタに何かあったら、私も生きてられないなんて思って損したじゃない!」
「バカバカバカ!秘密って何よ、私、私・・・もうわけがわかんないわ!?」

「あれしきで死ぬ訳がないだろ?怪我をしたのは俺のミスだ。」
「だって・・血が出て・・二度も気を失ったりするし・・」
「二度目は・・オマエが無事だとわかってほっとしたんだ。」
「え、どういうこと?」
「睡眠不足気味でね、ほっとした途端に眠気が襲ってしまったんだ。」
「二度目は気を失ったんじゃなかったの!?」
「まぁ、そういうこと。」
「わっ私の心配と涙を返して!ホントに怪我は大したことないのね!?」
「大したことないが、これを口実に休みを取ろうと入院にしてもらったんだ。」
「許せない!死にそうなくらい辛かったのよ!?」
「さっきからその・・そんなに俺を喜ばせてどうするつもりだ?」
「喜ばす気なんかないわよ、何言ってんの?!」
「随分大胆な告白を次々と聞かされてるんだが・・」
「そんなこと・・・っ!!??・・・わっ私・・・」

「今度はさっきよりちゃんとしたキスでお返しした方がいいか?」
「いやっ!!」

病室に私が炎山を思い切りひっぱたいた音が鳴り響いたわ。
頭を打った病人になんてことするんだとか言ってたけど、笑ってたし!
嬉しそうな炎山に抱き寄せられて、ちょっとだけしがみついた。

「心配させるんじゃないわよ、もう・・」と私がぼやくと、
「そうだな、命がいくつあっても足りない。」ですって!憎たらしい。

「私アナタなんかキライよ!」
「死にそうなくらい?」
「そうよっ!!」
「死なないでくれ。俺は好きだから。」
「っ!!??・・・・なによう・・ホントにだいっキライなんだから。」
「これ以上の告白はないな。」

そのときの炎山の微笑む顔が幸せで蕩けそうだったなんて・・・秘密なんだから!








これは『涙のキス』だったか?と悩んだんですが、こっちで!^^;