Chatter box 
〜おしゃべり〜 



「赤毛のアン」というモンゴメリの有名な小説がある。
年頃になっておしゃべりをしなくなる主人公が続編で語られていたが
この小説は生憎男性読者数は女性読者数に比較すると少ないと思われる。
彼もまたそのような文学には傾倒しておらず、彼の書斎は専門書が主な書物であった。
辛うじて園芸関係の本を眺めるくらいはあるが、それも暇潰しの類で。
庭弄りの好きな老僕が居間に置いてあるのをたまに手にするくらいだった。
一般的な読みものといえば新聞であった。習慣で毎朝目を通す。
そして身を外界と遮断するのに都合のよい読書は彼にとって休息の意味合いもあった。
うっとうしい周囲から簡単に孤独を得られるものであったわけだ。それまでは。
そう、彼は確かに孤独を好む人であった。
しかし、望む望まぬは別にして、現在彼は孤独では有り得なかった。
子供の居る家庭においては普通そうだろう。
彼は独身であったが、傍らにはいつも少女が居た。
少女は引き取られて数年経ち、もう中学生になる。
「赤毛のアン」は知らなくとも、年頃になれば子供は大人しくなっていくものと
少女を引き取った彼も常識的にそう捕らえていた。

「殺生丸さま!あのね、今日あそこの通りであのメロンパン屋さんが・・・・」
「聞いて、殺生丸さま! 英語の安東先生ったら、ひどいんだよ!・・・・・」
「きゃー、可愛い! 殺生丸さま、見た?!そこを通ったわんこ!」
「そうだ、次のお休みっていつ?前に言ってた約束は?」
「あっ、もうお茶がない。殺生丸さま、お茶入れようか?!」
「邪見さまったらおかしいんだよ、この前間違ってあのお菓子の箱をね・・・・」

幼い頃と何ら変わりなく、少女は彼に様々な事を話しかけてくる。
彼はほとんど答えないのだがもちろんそんなことはお構いなしだ。
しゃべっていなければ生きていけないとでもいうのだろうかと疑う。
不快とは思わないのだが、やはり何かに集中したいときは耳に障る。
「煩い、黙れ。」と言うとぱたと止めるのだが、しばらくしか効果は持続しない。
なぜなら彼が命令すればいつまでも黙っているのだが、彼が耐えきれなくなるのだ。
沈黙と静けさを好む男なのに、少女のおしゃべりだけは途絶えると寂しいのだろうか。
つまり「もういい。」としばらくして許してしまうので持続しないのだった。
思春期とかいう時期はいつ訪れるのか、と頭を押さえる。
読みかけの新聞に視線を戻すと突然少女が後ろからかぶさるように肩へ乗ってきた。
「ああっ、殺生丸さま!これ、この記事すぐそこのことだよ!」
驚いて大きな目と口をぱっくりと開け、彼の肩へ身を摺り寄せる。
うんざりする彼はふと肩に感じた柔らかい感触に固まってしまう。
意識すればやはりそこはりんの胸で、こともあろうに下着をつけている様子でない。
「・・・りん、当たっている。」とぼそと呟く。
「え?何が?」りんはきょとんとしている。
「おまえ、下着は?」と軽く睨みつけてみる。
「あっ」と小声を発して接触していた個所を離した。
「家に居るからいいかと思って。」とりんはにっこりと笑って言った。
「あんまり好きじゃないんだもん。窮屈だし、そんなにまだ大きくないし。ほら、」
あからさまなことをけろっと話す少女はにこっと微笑むと着ている物をめくろうとした。
慌てて、「見せなくていい!」と制止した。
呆れてしまい、眩暈がしそうだった。溜息が漏れた。
「おまえは幾つになった?」
「14だよ。」
即答されていらいらが募る。
身体はすくすくと育っているようなのに、精神面はどう対処すれば良いのか。
彼は育児書を読んでおくべきだったかと一瞬思った。
いや、これは育児書などに書かれてはいまい。まして私はりんの親ではない。
困惑している彼を見て、少女は顔を曇らせた。
「りん、邪魔?傍にいないほうがいい?」
怯えるような表情に彼ははっと我に返った。
「そんなことは言ってない。」
するととたんににっこりと少女は微笑んた。
「よかった。殺生丸さまの傍にいるのが楽しいんだもん。」
「・・・」信頼と親愛の篭った言葉に彼は返答に詰まってしまった。
「そうか。」
「うん!」
どうせいつかは大人になるのだ。彼はそう思い直した。
ならば今はまだ幼いままのりんでいいかもしれないと。
結局彼もまたりんが傍に居ればそれが一番ということなのかもしれない。
いつかは少女も大人になる。それは確かなことだ。
おしゃべりがまた始まった。
そしてまた聞くとも無しにその声をBGMにして寛ぐ。
はっと思い出してこのことだけは注意しておこうとりんを振り返った。
「それでね・・・?どうしたの、殺生丸さま。」
「家でも下着はつけておけ。」
「えー?!どうしてー?」りんは口を尖らせた。
「どうしてもだ。」
殺生丸は詳しく説明するのは勘弁して欲しいと新聞に視線を戻した。
「ねえ、ねえ、どうして?」りんはまた擦り寄って来た。
「それがわからんうちはどうしようもないな・・・」
「何がどうしようもないの?殺生丸さまりんに何かしたいの?」
言われて少し動揺した。そういうつもりは・・・・
彼は複雑な表情を浮かべ、新聞に没頭するふりをした。
大人になって欲しいような、子供でいて欲しいような・・・
”何故こんなことを悩まねばならんのか”心のなかで嘆息した。
今日も子鳥がさえずるように彼の傍でおしゃべりは続いている。





ひのみさんへお礼の捧げ物です。
いただいた素敵絵はGIFTに展示させていただいてます。