温かいキス 



何がなんだかわからなくなってたから気付かなかった。
邪見さまが帰って来たんだってこと。
ふっと離れた唇にくらりとした身体は支えてもらった。
不機嫌そうにゆっくりと身体を離す殺生丸さま。
りんの身体はふにゃふにゃで力が入らなかった。
でもなんとか「邪見さま、お帰りなさい。」と言えた。
「りん、お前熱でもあるんじゃないか?顔が赤いぞ。」
「えっ、そう?ううん、ダイジョウブ」
「夕食の仕度はわしがするから、お前は部屋で寝とれ!」
「ほんとに熱なんてないから!」
そんなやりとりを観ていた殺生丸さまは黙って部屋を出て行った。
私室に帰ったんだと思う。邪見さまも気に留めなかった。
その後なんとかお手伝いをしようと思ったけどぼうっとして、
失敗ばかりするので結局追い払われてしまった。
自分のベッドに倒れこんだ。クッションを抱きしめて。
さっきのことが思い浮かんできてどうしようもなかった。
まだ殺生丸さまがしたことを口も身体も覚えてる。
恥ずかしくてどうしようもない。ずっとドキドキしっぱなし。
「もうっ、やっ!」叫んでみてもちっとも効果ない。
当り前かもしれないけど殺生丸さまは平気そうだった。
「いっぱい、したことあるのかな・・・」
そんなこと想像したこと無かったけど、なんだかやだな。
「ああっもう、どうしよう〜!」
自分の告白もあんなのを予定していたわけではないけど
まさか殺生丸さまもりんを・・・そんなことはもっと考えてなかった。
そっと唇をなぞってみるとまた思い出して、熱くなる。
「・・・どうしよう・・・」
これからどんな顔してあえばいいのか、これまでのように振舞えるだろうか、
落ち着いて冷静な判断をくだせない。途方にくれる。
ぼやっとしていると、どうしたわけか古い記憶が蘇った。
そう、あれはいつのこと?まだ小学生だったと思う。
りんはお昼寝をしていてふと目を覚ますとさっきまで誰かいた気がした。
唇に温もりを感じて手で押さえてみた。なんだろう?
寝ていたのにそのじんわりと残る感触が忘れられなかった。
なんだったんだろう?そんなことが思い起こされた。
もしかして、もしかして、この感触・・・


りんは確かめたいようなそうしたくないような妙な気分だった。
気になってそわそわしながら部屋の中をうろうろした。
やがて邪見が夕食が完成したと呼び、食欲など無かったが恐る恐る階段を降りた。
しばらくしてりんを悩ませている殺生丸が降りてきた。
黙ったままの主はいつもと同じだがどうしたわけかりんも喋らない。
「りん、お前やっぱり具合悪いのと違うか?」邪見がそんなりんを心配する。
「え、何って?」「ごめんなさい、聞いてなかった。」りんの様子に顔を顰めた。
「もういい。食欲ないならあがって寝ていろ。あとで様子を見に行ってやる。」
言い方は別にして邪見は本気で心配しているとわかる。
りんは申し訳ない気がして「ごめんなさい・・」とだけ言うとささっと部屋へ戻った。
再び部屋へ戻って扉を閉めようとしたら何時の間にか殺生丸が後ろに居てぎょっとした。
「わっ、殺生丸さま!ご、ごはんは?」りんは意味もなくあたふたした。
「ほんとうに具合が悪いのか?」どうやらこちらも心配になったらしい。
「ううん、平気。ただちょっと・・・」言葉を濁したりんの傍へと近づく。
はっと顔を上げて後ずさるとむっとしたようにりんの部屋へ入った。
ドアをばたんと閉められるとりんはびくっとしてしまった。
「何を怖がっている。」りんは怖いのではないのだがうまく言えるか自信がない。
「怖がってなんか・・・」「気になることが・・」りんは迷いながら言った。
「何がだ。」それ以上りんに近づくことなく尋ねた。
「あの、昔りんが6年生くらいのとき・・・」躊躇いつつ話始めた。
「りんが居間でお昼寝してたときに何か温かいものが口に触れた気がしたの。」
「夢かもしれないけど何だか気になってたの。けどそのうち忘れて・・・」
「それを急にさっき思い出して・・・」りんは俯いて話していたがちらと顔を窺った。
「何故思い出した。」と殺生丸は訊いてきた。
「・・・えと、その・・・く、唇が・・・温かくて・・・」りんは赤くなった。
「あれか。」無表情でそう言うのをりんは驚き見詰めた。
「・・・やっぱり、そうなの?!」胸がとくんと鳴った。
「謝れと言うのか。」殺生丸の言葉に慌てて首を振る。
「う、ううん!違うよ。そうか〜って、思って・・・」
「初めてを2回も経験したみたい。」赤い頬をごまかすように笑った。
「・・・」殺生丸は黙ってそんなりんを見詰めていたが
「お前相手だと自制が効かない。」ぽつりと言われた。
「え?」りんは意味を探るように見詰め返した。
「ずっと触れたいと思っていたのかもしれん。」
「!?」
「お前だけが私をおかしくする。」
「・・・でも温かかったよ。殺生丸さま」りんは柔らかに微笑んだ。
とても美しいと思った。そう、りんは何もかも私を捕らえて離さない。
殺生丸が何も言わずに見詰めるのを少し決まり悪そうにしながらりんは言った。
「殺生丸さまに温かくしてもらえて嬉しい。りん、殺生丸さまと・・・」
「これからもずっと傍に居てもいいんだね。」少し潤んだ瞳でりんはそう付け加えた。
その幸せに包まれたりんの表情は殺生丸にとって何よりの幸福に思えた。
「そうだ。お前と居ればいつも温かい・・・」
そっと手がりんの頬に触れるのを冷静に受け止められたと内心驚くりん。
誰が教えたのでもないのにりんはゆっくりと目を閉じた。
初めて触れたときのように優しい温もりが唇を包む。
りんに触れるのはいつも初めてのように思える。
”こんな温かい口付けを教えてくれたのはお前だ。”
言葉に出せない分を込めるかのようにりんに触れてゆく。
もうお互いしか感じなくなるまで二人は温かさに浸っていた。