明日への狭間で 



一呼吸で変ったかのような 怖ろしいまでの変化
連れ歩いた昨日までと何が違うというのだろうか
預けた巫女は「待つ」意味が違うのだとぬかした
訳知った顔は老獪というよりは慈母の様相
己の知るどの親とも似ていない 人の母とはそんなものか
我らとの過ごす時間の隔たりと言い切れるものでもない
はっきりと「意味」を持った「待っていろ」の言葉
それがあれを変えたのだ 間違いようもない事実である


人里に「預けた」ことを口に出さずともりんは悲しんだ
萎れた様子を見かねて「また来る」と言い聞かせた
その「約束」もりんにとって効果がないではなかった
だがその顔に付き纏う「不安」を拭い去るには至らない
「土産」は邪見の思いつきだが多少の慰めにはなった
我知らぬりんの居ない空の味気なさを埋めるほどでなくとも
伸びてゆく手足や大人びた表情を垣間見る手立てにもなった

りんの顔が花咲くごとく変ったのはやはりそのときか
オマエが「大人」となったとき、再び問うと告げたとき
それまでの「約束」とは確かに違う意味合いを知った瞬間の瞳は
今までに見たことのない希望と耀きに包まれ美しかった
我の答えなどは決まっていた りんの希であるならば
その短い生の端から端までをこの手に収めることに何の問題もない
迷いない問いかけであることを見て確かめたりんは力強く頷いた
「返事は急がずとも良い」とだけ言っておいた
「はい」と応えたりんの声は僅かに震えていた
魂が震えていたのだろう その手を握ってやると涙を一筋零した

「殺生丸さま、りんは・・生きていることが・・嬉しい」

かつて救ったのは小さな憐れな小娘であった
今やその憐れさは跡形なく消え去っている
己を目覚めさせたのはその小娘である
この命を捧げることになんの迷いもない
「明日」は必ず来よう、おまえがのぞむならば
おまえののぞむ「明日」は我らの未来
待つことは厭わない たどり着く路を知る限り
もっと美しくなればよい さらに耀くように
何百年経とうとも魂に消えず刻まれるほどに


小さな手は我の毒を顰めた手の中で息づいていた
その手を自らの頬に繋いだまま添え、目を閉じるりん

「あったかい・・」
「忘れるな」
「はい」
「おまえは生きねばならぬ」
「はい、殺生丸さま」
「待っている」
「はい」

微笑みを浮かべるりんは我の視線に穏やかに応える
おまえはいつでも説明せずともわかる聡い娘だ
我のどんな命にも今まで従順に応えてきた
しかしその「答え」は命によってであってはならない
「選ぶ」のはりん、おまえ自身だ
選んでくれることを信じて待とう その「明日」までは


「殺生丸さま」
「何だ」
「私、少し背が伸びたでしょう?」
「そうだな」
「でも・・あまりキレイにはなれないかもしれません。」
「何故だ」
「だって・・・大人になってがっかりされないか心配なんです・・」
「くだらん」
「そうですか?りん、キレイになりたいな・・」
「なってどうする」
「殺生丸さまが気にしないならいいです、ごめんなさい・・」
「そんなことで煩うな」
「はい、殺生丸さまがそうおっしゃるならいいです。」


幼いりんが時折見せる「女」にふいを突かれる
気掛かりが増えるだけのこと、考えずともよいものを
なるほど「待つ」のは色々と面白くないこともあろう
その透通った肌を誰の目にも触れさせぬのは困難だ
「明日」に待ち焦がれるのは・・・我かもしれぬ・・・


持ち上げた手の甲に唇を寄せるとりんは驚き手を引こうとした
目で咎めると肩をすぼめ、諦めて大人しくなる
不思議そうな目で我を見るりんはまだ「幼い」が
いつかこの指と指を絡めるとき どうなっているのか
りんの不安など杞憂に過ぎぬだろう 我は鼻が利く
この鼻を擽る香しいりんのにおいが未来の姿を形作る
「楽しみ」なことだと目を細めた先に映るりんの顔は無邪気 
おまえはきっと花咲くだろう 誰にも手折らせまいと密かに誓う






兄は自信家なのでりんたんが自分を選ぶと信じてうたがってません。
そんでもって心が狭いので牽制どんどん入れてくると思います。
「オレのもの」だと目で威嚇する兄を想像するだに微笑ましいです。(笑)