嵐 



吹きすさぶ風の音が少女の存在をかき消す。声すらも。
今にも崩れそうに軋む家屋の悲鳴が耳を覆いたいほどである。
”このままではきっと壊れる””このまま風に身を飛ばされるか、押しつぶされるか”
”ううん、大丈夫。必ず来てくれるから”


「りん」
”ああ、来てくれた。 あなたはいつも忘れずに迎えに来てくれる。”
「殺生丸さま!」
こんな場所に置いておくとは馬鹿か、と迎えた男は従僕を蹴り上げる。
りんはその男が身に纏う毛皮にしっかりと包まれて安心して身を任す。
壊れかけた家屋を出ると外は凄まじい風である。
けれどそれを気にも留めぬように飛び上がり風に乗る。
従僕は悲鳴を上げながら必死でしがみつく。
しばらく飛んでいたが急に降下し、奥深い洞穴へと入る。
少女はあんなに烈しい嵐の中を飛んだのに少しも濡れていない。
「邪見さま、びしょびしょ! でも殺生丸さまはあまり濡れてないね?」
しかしよく見ると前髪から少し雫が滴っている。
少女が手を伸ばそうとすると、男の身体から蒼白い光がぼうと放たれ、彼の髪などが逆立つ。
ふうわりと光が収束し、消えていくと同時に髪が元通り収まっていく。
不思議な光景に少女は見惚れる。
何事もなかったように佇む彼はもう濡れていない。
「りん」
名を呼ばれた。少女はとても嬉しい顔をする。
「濡れていないか。」
「はい!」
彼はゆっくりと近づき確かめるように少女を見やり、検分する。
満足を得たようで、従僕に火を起こせと命ずる。
濡れた着物を絞りつつ、ぶつぶつと仕事をこなす様を見ながら腰を落着ける。
少女は従僕を手伝い、少し離れた場所で男は目を閉じる。
外は変わらず風雨が続き、ばりばちと生木を裂くような音がしている。
少女はもうそんな恐ろしい様子も思いも忘れたように微笑んでいる。
暖が取れると手をかざしながらいつものようにおしゃべりを始める。
少女は大層大事にされていると自覚もし、心底感謝もしていた。
この男が居てくれる限り、嵐も何者も怖れることはない。
少女を護るその男もまた怖れなき妖怪である。
彼に任せていればいい。
少女は世界中の誰よりも信頼していた。
彼は妖怪で、少女はただの人であったがそれはそれだけのこと。
迷いは一欠けらもない。
何と言われようと傍に居る。
誰が信用せずとも、理解できずとも
少女は心の中に誓いを持つ。
この命尽きるまでどんな嵐をも怖れることはないと。