逢引 



りんの匂いがする 何処に居ても
心地良いそれが近づいてくるそれは格別
奪い去っても良いがいまは待つ
おまえが頬染めわが名を呼ぶそのときを


「殺生丸さま」嬉しそうな鈴の音が耳に届く
急ぎ足が更に速度を増し、小走りで駆け寄ってくる
おまえが向かってくるのをじっと待つ
一本の木となりさえずる小鳥をその枝に留まらせる
そんなつもりはないにしろその間は甘く切ない



りんは目を合わせるとにこと微笑み飛び込むようにやって来た
「殺生丸さま」辿り着いた達成感で幸せそうに私に擦り寄る
胸に抱き髪に鼻を埋め より強く香りに酔う
くすぐったそうに身を捩り 一層強く縋ってくる
「お仕事、いいの?」りんは少し心配そうに問う
「ああ」抱いたまま耳元に囁くととたんに紅くなる
「殺生丸さま、わざとでしょ」りんが上目で軽く睨む
「何がだ」耳たぶを噛むようにもう一度囁く
「・・・うん、もう!」困ったように言うが悦びは隠せない
「好きだろう」確かめるように言って耳に舌を這わす
「あっ・・・ん」艶のある声に変る
軽く仰け反った顎をすかさず捕らえ口付ける
ゆっくりと丹念に味わい抱いている手に力を込める
離すと甘い吐息と潤んだ瞳 その様も堪能する
「殺生丸さま・・・」りんが甘えた声色で呼ぶ
「どうした」と言うとくやしそうにまた眉を顰め
「・・・なんか、悔しい」拗ねたように呟く
答えずにいると構わず「殺生丸さまに負けてるような気がするの」と言う
面白そうに黙る私を見上げて首を傾げて「りんのほうがずっと好きなのに」などとほざく
「ほう」一応感心してみせるがますます頬を膨らませ「ほんとよ!」と抗議する
「そうか」と言ってやるのに「もう、信じてない」と酷い言われようだ
目いっぱい腕を広げこーんなによ、と子供っぽい仕草をする
「たとえばあのお空に浮かぶお月さまのところにだって届くくらい」誇らしげに胸を張る
私はただ愛しげに見詰めるのみ、”わかってくれない”とでも言いたげだ
やがてふっと表情を和らげ「それでもいいんだけど」と甘えて凭れ掛かる
髪を梳きながら胸に収めひたすらにその身体の温もりを噛み締める
「殺生丸さま」何かを望む声だ もう一度口付けてと顔に描いてある
「なんだ」そ知らぬ風にりんの眼を覗き込み訊くと
「なんでもない」恥ずかしそうに首を振る
「欲しいのか」尋ねると顔を紅くしながらもこくりと頷く
だがそうしてやらなかった これ以上味わえばそんなもので済むわけはない
切なそうな揺れる瞳に揺さぶられたが「今夜、たっぷりとしてやる」
そう言うとことさら紅くなりここのところ忍ぶように逢う夜に思いを馳せる
初めてりんを抱いてからそう経ってはいない
婚儀が済むまではと止められていたが適わず
もう何度も密会はされていた
どんどんと泉が湧き出るような想いに溺れ夢中になって求めた
りんが怖れたり拒んだりすることを危惧していたのは杞憂に終わり
留まることの無い欲望を抑える日々はりんを知って更に激しく辛い
りんもまた無意識に繋がりを誘い求めるようになった
私はそのことに深く満たされ一瞬でも永くりんと過ごしたかった
りんに逢わなければ全てに支障をきたすほどだ
これほどに私の全てを奪っておきながらりんはまだわかっていない
どうすればこの想いを伝えられるのかわからない
言葉を捜しても見つからず、壊れるほど抱いてもなお「わたしのほうが好き」だと言う
もどかしいがこの先もこうしてもつれ合いながら傍にいる そんな気がする
りんの匂いに心地よく癒されながらただ優しく抱いていると
いつのまにかりんはすやすやと眠りこんでいる いつものように
夜その身体を酷使している後ろめたさもあり起こさぬようそっと見守る
りんの髪のひと房を指で弄びながら寝顔を飽きず眺める



婚儀が済めば旅に出よう 昔のように空を翔け おまえとともに
二人だけの夜を重ねよう お互いがひとつに融け二度と離れぬよう契りを交わそう
妻となり夫となり どれほど二人に隔たりがあろうと もう意味のないこと
契りは神聖なれば 何人も冒すこと能わず われらはともに在る
近い将来に望みを抱き 殺生丸はひと時の逢瀬に心蕩かせる
”おまえの想いが月に届くほどならわたしはその月を巡りて戻るほども想おう”
愛されていまだに愛の深さを知らぬいたいけな娘は安らかな寝息で男を慰めた