あふるる想い



どんなに見上げても遠くて
背伸びをしても足らなくて
どんなに願っても届かなくて
あなたとの距離は消えない

小さなりんと大きな殺生丸さま
薄汚れた私と綺麗なあなた
弱い人間と強過ぎる妖怪
ちっぽけな手と長い指
走っても遅い私とふうわりと飛ぶあなた
どこをどう比べても反対だらけ

ぎゅっと眼を瞑る
姿思い浮かべる
心があったかくなってくる
名を呼んでみる
とうとうと何かが身体を駆け巡る
身体をぽいと脱ぎ捨てられたら
りんは殺生丸さまとひとつになれる?


「・・・何だ。」
「あ、殺生丸さま!」
りんは嬉しそうな笑顔を惜しげなく向けた。
「えへへ、わかっちゃった?凄いなー!」
「・・・」
「呼んでみたの、心の中で。どうしてわかったの?」
表情は変えずただ見つめる妖怪に少し頬を染める。
「あの、りんは殺生丸さまと全然違うでしょ?!」
「ときどきちょっと寂しくなるの。だから、」
「眼を瞑って心だけになってね、呼んでみるの。」
「殺生丸さまって呼ぶと、不思議なんだけどここがね、」
りんは胸の辺りに両の手を当てながら言った。
「きゅう〜ってなってあったかくなるんだけど、どうしてかな?」
きらきらと黒い瞳を輝かせてさらに言った。
「心の中だけだったらりんは殺生丸さまと近くなった気がするよ。」
「そしたらなんだか嬉しくなるんだ。」
なんでかなと首を傾げながらりんは妖怪の方を見上げる。
その様は子供のくせに生意気と思うほど艶めかしい。
「・・・そうか。」
答えはそれだけだったがりんは不満な様子は微塵もなく
幸せそうな笑顔のまま「うん」と頷いた。
この頃子供子供していると思うなかでときたまこんな顔を出す。
りんはわずかだが女を漂わせるようになった。
匂いもほんの少しずつ変わってきている。
まだまだ成熟には遠かったが確かにそれは、
男の何かをつんと引っ張るかのようだった。
”生意気な”と妖怪は思った。
試されるかのような、そんな気がして腹立たしかった。
にもかかわらずそのことを快いとも感じている。
理解しかねる想いが妖怪を戸惑わせていた。
”こんな子供に・・・”舌打ちしたい想いだった。
殺生丸が心の中で呼んだのに返事をしてくれたことが嬉しい、
りんは男の内心の葛藤など露知らずただそれを喜んでいた。
そしていつものようにもこもこと温かい妖怪の毛皮に擦り寄った。
心の中でまた「あったかいな、殺生丸さま」と呟いた。
するといつもと違う感覚にりんははっとした。
妖怪の片方しかない腕がりんを引き寄せたのだ。
”あれ?どうしたんだろ。”りんは眼を丸くした。
乱暴ではなかったがりんにとっては力強く感じられた。
嫌なわけではないが落ちつかなくなった。
りんは窺うように殺生丸を見上げた。
妖怪は別段表情も変えておらず、前を向いていた。
おずおずとしながらりんも前を向きなおり、胸を押さえた。
”なんかどきどきする・・・”
そのまましばらく動かない二人だったがりんがふと振り向いた。
「ねえ、殺生丸さま。」と話し掛けた。
ちらとりんのほうに視線を投げてくれた。
眼があってりんは嬉しそうにまた微笑むと、
「りんね、心だけだったら良いのにって思ったけど」
「その方が一緒に居られるみたいなんだけど・・・」
「こうやって引っ付いてたらやっぱりあったかいから、」
「身体もあった方がいいね。」
りんは無邪気にそう言って妖怪を見つめた。
そんなりんを見つめ返す殺生丸の瞳は不可思議に揺れている。
結局は言い知れぬ敗北感に苛まれながら「・・・そうだな。」
それだけ言って諦め、りんの細い身体を感じながら眼を閉じた。
満足そうにりんも眼を閉じて身を預け、二人はそのまま動かなかった。
やがてりんは寝息を立て始め、軽い吐息とともに妖怪はりんを抱きかかえた。
夜の帳が下りてりんを冷やさないように妖怪は毛皮でくるむようにしている。
寝顔を見つめる眼差しはいつもより少し優しいのかもしれない。
りんに対してあとからあとから涌き出る不可思議な想いに
答えを出そうとはせず、妖怪は宙を見据えて嘆息した。