天使の分け前 


 エールという酒は熟成途中で果実のような芳香を放つ。
そんな知識をエレインが得たのは一人の変わった人間からだった。
幾千の孤独の夜を経て巡りあったその男は酒を好み、エールのラベルを
態々コレクションにして大切に綴っていた。些か偏愛傾向の男らしい。
それらのコレクションを一枚一枚、懇切丁寧に説明してくれたお陰で
酒を飲む習慣などないエレインもすっかりエールに関して詳しくなった。
しかし知識を仕入れても実際に口にする機会はその後永く失われていた。


 「エレイン〜!!♪」
 「今日もご機嫌ね、バン・・」
 「エレイン!えれいん!エレインんんん!!」
 「ちゃんとここにいるわよ、あなたの傍に。」

 好きな割には酒に弱いのだ。このバンという愛しい男は。
あっというまに酔っ払い、すぐにフラフラになってしまう。
その夜もバンはエレインに恥ずかしげもなく酔態を晒していた。
けれどエレインは構わない。彼といられるだけで幸福だからだ。
彼によって人間界の知識のみならず、数百年に一度の恋を教わった。
永く辛い別れの後、再び二人でこうして過ごせる時を得たのだから。


「ん〜エレイン・・ほらこっちこっち〜♪」
「しがみつかなくても私はどこにもいかないわ、バン。」
「そんでももっとひっついてろよう!ここ、ここがおまえの場所!」
「そっ・そうだけどっ!苦しいわ!腕をゆるめて!きゃっ・・!?」

大柄なバンが小さなエレインを取り囲むように抱いてベッドへダイブすると
きゅうきゅうと甘えるように抱きしめてエレインの体に顔を摺り寄せてくる。
誰も見ていなくても恥ずかしくて顔や全身を真っ赤にさせながら息を吐くと
その吐息を深呼吸でもするように嗅いでくる様にエレインも苦笑してしまった。

「ほんとにエレインはいいにおいすんな〜!♪」
「あなたはお酒の匂いね。あなた自身の香りを忘れそうよ?」
「ええ〜!そりゃたいへんだ!俺の・・俺のってわかんのか?!へへっ?」
「まぁね。あなただけは特別。それに・・」

聞いているのかいないのかエレインの言葉はバンに吸い取られてしまった。
口付けを男女の意味合いでは知らなかったエレインにそうと示したのもバンだ。
頭がジンと痺れ、舌が絡まると息だけでなく体中が甘い痛みに縛られてしまう。
執拗に貪っているうちに酔が冷めたのか、エレインを抱く腕に力がこもった。
意識が飛びそうになるのに耐えながら、放そうとしないバンにしがみつく。
長い口付けが名残惜しげに唇から去っていくと同時に切ない吐息が両者から漏れた。

「・・・今日のは・・・アバディンエール・・ね?」
「あったり〜!!エレインすげーすげー!なんでわかるんだ?!?」
「そりゃあ・・いつもあなたに分けてもらっているようなものだもの。」
「エレインは一滴も飲んじゃいねーだろ?・・あ、そっかー!♪」
「そうよ。ワイルドベリーの香りはちゃんとしてる。昨日のだって・・」
「すっかり詳しくなっちゃったなあー!」
「バンのおかげでね。」
「ふへへっ・・なあ、もっと・・もっと味わいたくねえか?俺は・・」


 ”エレインをずっと味わってたい”

バンの囁きが最後まで耳に収まらないうちに唇が再び触れ合った。
熟成された果実の風味はほんの味付けに過ぎない。味わうには最高の伴侶が不可欠。
二人で溶けて混じり合ってしまってもいい。そんな風にいつもバンはエレインを求めては
味わい尽くしてから眠るのだ。もう二度と永い別れを味わいたくない祈りをも込めて。
狂おしい想いが二人共の息から立ち上る。何度も掠れた声で互いを呼び合って夜は更ける。


 ”いつまでもバンとこうしていたい”

熱い腕の中でエレインが呟く。エールの香りはいつしか消えていき、
代わりにバンとエレインだけが知る芳醇な香りに部屋は充ちていった。





 明くる朝、エレインはバンに告げた。お酒は飲まないままでもいいと。

「わっ・・私は・・あなたに分けてもらうのが・・いい・なって・・」
「あ〜・・そりゃあいくらでも分けてやるぜ。欲しがってくれるんならな。」
「あなたしか・・ほしいものなんてないもの。」

 朝から濃厚な誘惑だとバンは微笑んだ。愛しい女に酔いしれながら。











バンエレでいちゃいちゃv