Sing a Song 


 そよとやわらかな風を頬に感じバンは目を覚ました。
夜明けには未だ早いらしく、薄い藍色の空に星の瞬きが映る。
彼の寝床は大樹の頂辺だ。薄紅の葉群が優しく繭のように包んで
極上の寝心地である。少なくとも彼が知る冷たく硬いベッドとは
雲泥の差なのだが、例え王の寝所にも劣らないに違いないと思う。
そして気付いた。そこは妖精族のお姫様の寝床でもあったことを。

 そうっと傍らを覗うと、姫はいた。

 ほっと安堵したバンは神聖な眠りに着いている妖精を見つめた。
長い睫毛が薄闇に光っている。気のせいでなく金色の髪と同様に
宝石よりずっと高貴な耀きを放っている。見蕩れ覗き込んでもみた。
こんな風に穏やかに心安らかな眠りを知らない。極上の気分は寝床
のみならず、傍らに存在する花の香りの少女がもたらすものなのだ。
そんな天に昇るような眠りに二人で落ちる少し前を彼は思い出す。


「なんだかちっとも眠くならねえな?!」
「ほんと。もっとお話していたいな・・」
「へへ〜♪ んじゃもうこのまま朝まで話すっか??」
「私はいいけどバンは眠った方がいいんじゃないの?」
「ん〜俺も別にいいや、眠くなんないしな〜!♪」
「・・人間はこういう時そうするの?」
「どうだかな?俺は寝たい時寝るけどな?」
「ふぅん・・私はいつも大体おなじだけど・・そうだ!」
「お?なんだ、なんか思いついたのか?!?」

「えっと・・バン、目を閉じて。横になったままでね。」
「おう、んでから?」
「お話はまた明日にしましょうね。おやすみなさい、バン・・」
「ええっ寝るのか?!眠くないって・・わかったよ・・ほれ閉じたぜ〜!」

きゅっとエレインに睨みつけられ、バンは大人しく目を瞑った。
なんだか母親が子供を寝かせるのってこんな感じかなと思うと
微かな旋律が耳を震わせ始めた。エレインが歌っている。
緊張してほんの少し声を揺らせながら、密やかに彼に向けて。
真っ暗な目蓋の奥で星が閃めき、きらきらと降り注いだ。
バンは生まれて初めて幼子のように優しい調べに包まれた。
美しい歌が途切れると思わず目を開けてしまい、エレインと目が合う。

「・・下手だからダメなのかしら・・?ちっとも眠くならない?」
「それ何だ?初めて聴いた。」
「妖精族に伝わる歌よ。変?」
「俺、好きだ。も一回、歌ってくれよ!エレイン。」
「すっ好き・って!あ、歌のこと!気に入ったの?わかったわ。」

ワクワクしながら再び目蓋を下ろすバンにエレインはもう一度歌った。
バンは何度も繰り返しせがんだ。子守唄は逆効果となりふうと息吐く。

「もうおしまいっ!バンったらちっとも眠くならないんだもの。」
「だってよ〜!!♪ なあ、明日、明日また歌ってくれるかっ?」
「はいはい・・いいわ、明日また歌ってあげる。」
「じゃあさ、ラストにもいっちょ!な、あと一回だけ。」
「もう・・しょうがないわねえ・・」

最後の一曲を聴き終えてもバンは眠れなかったが眠った振りをした。
そうするとバンの横でエレインも横になったようだ。もしかしたら
あまり歌わせて疲れてしまったのかもしれない。けれどエレインは

「・・バン、ありがとう。私・・こんなに楽しいの・・はじめ・て・・」

呟きが途切れ寝息に変わった。満ち足りて幸せそうな寝顔が浮かぶ。
胸が焦げるように熱かった。なんとも形容のし難い気持が全身を覆う。
たった一人、気の遠くなる月日を耐えてきた姫と盗賊。妖精と人間。
何もかも違い過ぎる二人はどうしてこうも惹きつけられるのだろう。
まるで引き裂かれていた半身に出会ったかのように離れがたく思う。

「俺だって・・こんな・・どうしていいかわかんねーのは初めてだ・・!」

熱い胸を抱えて隣でうずくまった。眠ったのはそれから随分経った後だった。
目が覚めても少しも不快ではない。寧ろ傍らの存在を確かめられて満足だ。
ふと耳に残っているメロディを口ずさんでみた。すっかり覚えたそれを
夜明けの近い空へと流す。お姫様の眠りの妨げにならないよう囁くように。

 目が覚めたら、なんて言おう?おはようと告げるのも嬉しい。
寝た振りで起こしてもらうのもいい。それとも起きないお姫様に口づけ?
そうしたら怒るだろうか。そんなことするのはいけないかもしれない。
どんな顔をするかと想像する。エレインと名を心に浮かべただけでも
楽しくなるなんてどういうことだろう。バンは自分を小さく哂った。



 歌を歌ってほしい。自分一人のために
 笑ってほしい。怒ってほしい。好きなだけ
 話を聞いてほしい。一緒にいたい。ずっと


 こんなに朝が待ち遠しいのも生まれて初めてだと伝えたい



 

 いつの間にか微睡んで、バンはエレインと向かい合って眠った。
伸ばされた白い指に大きな手が偶然重なり、眠ったまま繋がれる。
朝日と鳥達のさえずりに二人が目を覚まし、握り合った手に気付くと互いに
驚き笑顔が溢れる。そしてまた大樹の葉も妖精の森も彼らの歌を聴くだろう。









バンエレで初書き。